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BLOODY CHAIN Ⅰ  作者:
第一章 黒衣の訪問者
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04 サンカレラ騎士団

 サントは白い石畳の上を一歩一歩踏みしめながら歩いた。

 アレスの円形闘技場、サンソビーノ。

 戦いを身上とする戦士達にとっての聖地。

 ここで武闘大会に優勝しその実力を認められたなら、王と対面することも不可能ではない。忍び込むような真似などせず、正当な手段を経て。

『御前試合にまでこぎつけられたら、こっちのもんだ』

 そう、黒髪の色男は言った。

 御前試合とは、その年の武闘大会優勝者の力量が圧倒的であり、王国の誇る王騎士達にも勝るとも劣らぬと認められた場合、王城に招かれ王の御前で本職騎士と一対一の戦いを披露するというものだ。

 騎士を相手にこの御前試合にも勝利すると、王と直に言葉を交わすことが許され、自分の望みを言うことができる。そこで王騎士になる事を望み、その場で王自らに騎士に叙任してもらうというのが御前試合の慣例だった。




 騎士大国、マダリア。

 豊饒の地として知られるマダリアのもう一つの顔が、騎士の国としてのマダリアである。

 この国において〝騎士〟とは、固定された序列階級の中の一身分としてではなく、一つの職種として存在していた。主君に対して軍事奉公を行う生粋(きっすい)の武人であり、特権的身分層としての意味合いはさほど強くない。生まれや財力に依らず、たとえ貧しい農家の子息であったとしても、一念発起して騎士になることは不可能ではなかった。

 だが、なりたいと思ってなれるほど甘いものでも、もちろんない。

 人には向き不向きがある。身分による制限がなくても、騎士への道は決して平坦なものではなかった。

 敵を倒し同胞を守る業を習得するため、鍛錬を重ね自らを鍛え上げなくてはならないのだ。人間の生死を請け負う生業(なりわい)なのだから、その訓練が過酷でないはずがない。

 ただでさえマダリアは一人一人の騎兵の強さやその統率力・起動性で有名で、騎士の国とも言われるほどの騎士大国である。

 狭き門ではなかったが、そのあまりの行程の厳しさゆえに道半ばで去って行く者は決して少なくはなかったし、訓練中に命を落とす者とて珍しくはなかった。

 至って普通の家柄の者が目指すことも可能だったが、完璧な実力主義の下に成り立っているので、なりたいと思ってなれるほど簡単なものでもないのだ。生命(いのち)の保障だって効かない厳しい務めである。

 ただ逆に言えば、特権的貴族階級の腐敗が招く、家名だけを笠に着た惰弱な騎士の存在も同時に排除された。だからこそ真に強い力を誇る自国の騎士を民は尊敬するし誇りに思う。

 そもそもこの地は剣技に秀でた傑物の伝説で有名な土地だ。

 豊かな大地は外に多くの敵を作ったが、その環境こそが優れた戦士を育て、昔から多士(たし)済々(せいせい)を誇ってきた。史実の中でも多くの剣士達が国の危機を救っており、初代マダリア国王もまた然り。その土地柄も重なってアストラハンの民達は騎士に対する尊崇の念が古来より強かった。騎士大国の所以である。


 マダリアが騎士の国と称される第一の理由は、サンカレラ騎士団の前身となった騎士団の存在に由来する。

 騎士の発祥、それはマダリア王国のそれよりずっと古い。もともと外部の敵からその土地を守る自警団から発生しており、彼らは大地アストラハンの守護者として、人々に感謝と敬意をもっていつからかアストラリアと呼ばれるようになった。

 歩兵戦士だったアストラリアが騎士と称されるようになるのは彼らが騎馬兵団として馬に乗るようになってからである。多分に義勇軍としての性格が強い、極めて独立性の強い組織で、剣士団から形態を変え騎士団を形成するようになってからもその基本性格は変わらず、彼らは国とは別の次元、独自の行動理念の下に存在しようとした。

 国に協力する立場にあっても、絶対の忠誠を誓うのではなく、それぞれ別の機構として共存する道を選んだのだ。国からの要請があれば動くが、それは決して命令という形ではなく、嘆願という形で行われた。

 この時点でこのアストラリア達が世間一般の騎士達と大きく異なっていたことが分かるだろう。

 騎士とは本来国のために働く、国家に隷属する臣下として存在するものだという概念が各国で一般化されていたからだ。国が亡びればその時は一蓮托生、運命を共にするのが普通である。

 だが、国が亡び新しい国が興っても、彼らアストラリア達は解体の憂き目にあうこともなく、千年以上もその伝統と歴史を守り続けた。

 ある時は民のために国を支え、ある時は民のために国を滅ぼし。

 長い長い年月を時代の推移に従ってその名称を変え、数々の変化を受け容れながらも、彼らは一貫してアストラハンの守護者として治乱(ちらん)興亡(こうぼう)の監察者の立場を守り通した。事実、マダリア以前に興った五つの国の興隆と滅亡は全て、民衆の嘆願の下、アストラリアの助力をもって為されている。

 そんなにも長い間彼らが存続できた理由はひとえに、彼らに絶対不可侵の禁戒が存在していたことにあるのだろう。

 即ち、決して内政に干渉しないこと。

 その存在意義をアストラハンとそこに住む人々を守ること以外に求めないこと。

 大地の守護者たることを存在理念に、勢力拡大や権力闘争に関らず、そこに住む民草の味方として在ることだけを第一の信条としていたのだ。

 自ら戒めてきた分限、その一線を越えることなく安分(あんぶん)守己(しゅき)の精神を固持してきたからこそ、彼らは堅固たる治世の番人、正実たる大地の守護者として、アストラハン代々の国々の信用とその民からの信頼を得るに至った。


 だが、その禁戒もついに破られる時がくる。

 その絶対原則が崩れることになったのが、即ちマダリア王国建国の時だった。

 それまでアストラハンの守護者としての立場に徹してきた彼らが、ストーンブール公国を滅ぼし、次代の国を自ら興した。

 それが現在のマダリア王国である。

 その初代マダリア国王が、第一神聖騎士ディオニュシオス=マダルソニア=リジュー。

 アストラリア偉人伝の中に名を残す英雄である。

 彼は暴利を貪っていたストーンブールの苛政(かせい)を改めるため、自ら騎士団を率いて公家(こうけ)を倒し、民衆に後押しされて王として即位した。

 千年以上もの間監察者の立場に徹してきた彼らが初めて国を導く立場に立った瞬間である。

 そして、現在のサンカレラ騎士団の誕生もこれと時を同じくする。

 この騎士団の総監を任されたのがディオニュシオスの弟だったフィロラオス=サンカリナ=リジュー。

 彼の名に(ちな)んでその名称を変えた騎士団は、基本的にはそれまでの性格をほぼ踏襲したが、一番の違いは、ここに来てようやく、アストラハンの守護者達――アストラリアと総称されてきた彼らが、国家に忠誠を誓う身、〝国のための従者〟になったという点だろう。

 ただし、マダリア王国の歴史の中にあっても、サンカレラ騎士団の独立性はしばしば保たれた。面白いことに、国王の代によりその度合いは変動を見せた。

 現マダリア国王ユリウス=シーザーのように、君主に対して完全なる忠誠を誓っている時世もあれば、『貴方には従えない』と面と向かって国王に戒告した例も過去にはあるという。

 マダリア国王にとって、サンカレラをどれだけ把握できるかが、おかしなことに王としての一つのステータスになっていた。

 このように、国に忠誠を誓う立場になっても、マダリアの王を見定め、服従するに足るかどうかを判じる、ある程度の権能と裁量が、サンカレラ騎士団にも認められていた。アストラハンの守護者としての名残を今も尚、留めている。

 時に民にとっての敵に豹変することもある国と違い、アストラリアはずっと民の味方として存在してきた。

 その彼らが興した国である。

 マダリアの建国はアストラハンの大地に住む民の悲願であり、夢でもあった。マダリアの民にとって騎士という存在が憧憬と同時に尊敬の対象になり、時にその尊敬が信仰にまで及ぶのは、このような歴史的背景があったからだ。

多士済々【たしせいせい】…優れた人材が多くあること。

治乱興亡【ちらんこうぼう】…世の中が治まったり乱れたり、国が興ったり亡びたりすること。

安分守己【あんぶんしゅき】…自分の分際に満足して、本分を守ること。

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