27 懺悔と贖罪
深いところまで探るような視線でこちらを見てくる己の従兄弟である人に、ルスカノウスは続けた。
『大言壮語するつもりはありませんし、臣として重用して欲しいというわけでもないのです。僕は己の血を恃んで、貴方にこのようなお願いをしているのではありません。ただ、愚かな僕に贖罪のチャンスを与えて欲しい…。――民に償いをしたいのです。彼らのために、自分のできる精一杯の贖罪を……』
『君が自分は王ではなかったと言い張っても、周囲はそうは思わない。そのことを、ちゃんと承知しているか? 君は紛れもない、二十五代目国王の血を引く孫であり、二十六代目国王だった人間だ。いくら私が王家の血を否定したからと言って、この思想は早々には定着しない。かなりの異端邪説であることを、私自身自覚しているくらいだ。君はそのことについて、どう考えている?』
『……貴方の言っていることは分かっているつもりです。貴方にとって僕を臣に迎えることに、危険はあっても利点はない。公約虚偽と責められる危険を伴うと同時に、僕という王家の血を継ぐ存在が後の禍根に繋がる可能性もある、そういうことですよね』
ユリウスはやはり内心で面白いと感じながらも、それを面には出さずに重々しく頷いた。
『僕は、王籍を返上しようと思っています』
『……ほお』
『国の名も返上して、母の旧姓を名乗ろうと思います』
『……王の血を捨てただの人となるか』
ユリウスは顎をさすりながらそう言い、
『面白いな』
初めて口に出して、笑った。
その、一転して人懐っこい微笑に、ルスカノウスはどぎまぎしてたじろぐ。
訥訥とこう続けた。
『ぼ、僕は、貴方の演説を聞いた時、目から鱗が落ちると同時に、しょ、正直、救われた気持ちになりました』
ユリウスは首をひねり、先を促す。
――〝血など関係ない〟
『それは、王族として生きなくてもいいという言葉に、僕には聞こえました。だから貴方の臣になりたいと、僕は思った。王族としてではなく、ただ一人の人として……
僕はこれまで王家の血を引いていたがために、玉座に座ってきました。正直、苦痛だった。ただ、その血だけで判断されることが。そこには何の道理も存在しないように僕には感じられました。王の血を引いている、それだけで、城の皆が僕に傅く。何の能力も持っていないし、実際に何もしてはいないのに。上辺だけは従順に、内心では僕を嘲っていたかもしれません。それでも彼らは何も知らない何もできない子供に対して頭を下げる。僕の周りには上辺を繕うことに長けた人間ばかりでした。聞かされるのは表面上の追従口ばかりで、それがとてつもなく、僕には気持ちが悪かった。
僕は僕という人格に見合うだけの対当な評価というものをしてもらったことがなかった。まるで、自分という人間がこの世に存在していないかのように感じられました。王家の血は、僕にとって自分を縛る鎖以外の何物でもなかったんです』
静かに聴いていたユリウスはおもむろに口を開く。
『……君はその血に、誇りを抱いたことはないと?』
『……ない、といえば嘘になるのかもしれません。遠い昔まだ自分の立場も理解していなかった、――周囲の大人の言葉を素直に信じていられた幼少の頃には、そう思うこともあったかもしれない。けれど、貴方が主張していたとおり、血は、ただの血でしかない。僕はいつからかそれを玉座の上で痛感するようになりました。己の血に実質的な能力が存在するわけでもなく、血によって優劣が決まるわけでもないのに、と。……そして、特に王家の血とは、長く続けば続くほど澱のように淀んで濁っていくものではないかと、僕は思っています』
『……なるほどな』
二人は何かに心が囚われたように互いに押し黙り、長い間、沈黙が続いた。
『……あの』
しばらくして落とされた小さな声に、思考の淵に沈んでいたユリウスは顔を上げた。
何か言いたそうにしているルスカノウスに視線で問う。
『……たぶん僕でも貴方の役に立てることがあると思うんです。僕の能力云々ではなくて、貴方が僕を臣にする、たった一つの利点が……』
『……なんだ?』
『僕は貴方と同じ王家の血を引いています。そんな僕を貴方が用いれば、周囲は公約違反だと騒ぐかもしれません。けれど、』
『けれど?』
『要は、僕を重用しなければいいんです』
『……』
ユリウスはその言葉の意味を反芻し、それから苦笑した。
『それは、私が君につらく当たればいいと、そういうことかな?』
直截に言ってのけたユリウスに、ルスカノウスは神妙な顔でぎこちなく頷いた。
『血縁である僕を取り立てたりせず、必要以上に厳しく接してくれれば、誰も貴方が王家の血を特別視しているとは思わないでしょう。僕につらく当たることが、貴方の、血に頼った政治はしないという公約の証明になる。血縁であろうと贔屓せず、無能であれば取り立てない。官吏の出自は一切関係ない。真に優秀な者が王を、国を支える土台となり柱となる。それが新しいこの国の統治方針であり政綱だと。
貴方のこの演説を聞いた時、とても理にかなったものだと、僕は思いました。だから、僕がその楔となります。貴方はそれをこの国に差せばいい。その理念が二度とこの国から離れることのないように……。そして、これは王家の血を引く僕にしかできないことです』
『……つまり、君を思想定着のための生贄にしろ、と?』
『…僕ができる唯一の、そして考えられる最大の贖罪はこれしかないと……』
ユリウスは長嘆息をついた。
『そんなに生きにくい生き方をしたいのか、君は』
『……』
『君は自分という一個の人間に対して正当な評価が欲しいのではなかったのか? それでは何も変わらない。都合のいい道具のままだ』
『いいえ! 同じではありません!』
ルスカノウスはとっさに大きな声で反論していた。
浮かされたような上ずった声で続けるその目には、ユリウスの危惧した危うい熱がちらついていた。
『執政はただ、己の利のために僕を利用しました。けれど貴方は違う。貴方は本当に心からこの国のことを考えている人です。この国のために貴方に使われるなら、僕は本望です。僕は十一年間偽りの王を演じ続けてきた。無能者として人身御供になるぐらいなんでもな――』
『ルスカノウス』
重々しい声がルスカノウスの言葉を遮った。
初めて名を呼ばれ、ビクリと、ルスカノウスの肩が揺れた。
『それは、面白くないな』
鋭い視線がルスカノウスを捉え、彼はゾクリと背筋が凍るのを感じた。
『却下だ』
勘気を悟って顔を青ざめさせた少年に、ユリウスは言い聞かせるように口を開いた。
『君は既にこの国の犠牲者の一人だったと言っても過言ではないと、私は思っている。もっと慎重になれ、ルスカ。君を生かした神とやらは、そんな消費的な生を与えるために、君にチャンスを与えたのか? ……君は何をそんなに恐れている』
『な、なにも、恐れてなど…』
『いいや、君は恐れている』
ルスカノウスはもう顔を上げることができなかった。
『ルスカノウス、恐れることは罪ではない。君は必要以上に自分に背負わせようとしている。確かに王というものは君にとって過重な負担であったに違いない。だが王も所詮はただの人間であるということを君は理解しなくてはならない。もちろん、周囲の人間にはそれを納得できない者もいるだろう。しかし、彼らは一度として君が背負っていたものを実際に背負ったことがない者達だ。そういった人間の意見を、一概に受け容れるな』
『……』
『私から言わせて貰えば、君が王として生きてきた経緯は考慮されてしかるべきものだ。自分一人に全ての罪があると思うのはよせ。それは謙虚さなどではなく、傲慢さだ。
確かに君は王だった。王としての責任は軽いものではない。それは私も承知している。それでも、君が許される余剰は残されている』
『いいえっ!! いいえ、それは違う!』
『違わない』
『あ、あなたは見ていないからそんなことが言えるんだ! 僕の事を王と呼び、助けを求める民の姿をっ!!』
ルスカノウスは泣いていた。体を大きく震わせながら、声を押し殺して。
沈痛な空気の中で、今にも消えてしまいそうな声が零れ落ちた。
『…あの、赤子を亡くして僕に返してくれと訴えていた母親は、死にました……』
『……』
『……どうしても気になって、下官の一人に金目の装具を握らせて、こっそりその女の人の行方を探ってもらいました。そうしたら……、梁の上から、首を括って、死んでいたそうです……』
膝の上で組まれた両手は引き攣ったように大きな振動を繰り返していた。
『……僕は何もできなかったのではなく、何もしなかった。己の罪を恐れ、目を逸らし、見なかったことにさえしようとした。臆病な僕の心が、彼女を殺したんです。彼女はきっと絶望して、王である僕を呪いながら死んでいったでしょう』
『……ルスカノウス』
感情の色の窺えない声で名を呼ばれたが、ルスカノウスは顔を上げることはできなかった。小さい声で呟くように、続ける。
『彼女のような人間がいったい何人この国にいたでしょう。これが僕の罪ではないのですか? 王がただの人だというのなら、人が死んだ罪はそれと同等に返されるべきではないのですか……? 僕も彼女達のように苦しみながら生きなくてはいけないんだ…。簡単に死ぬことなど許されない』
『君は今現在十分苦しんでいるように、私には見えるよ…』
『こんなものは、彼女達が実際に感じた苦しみの一毫にも満たないっ!!!』
『ルスカノウス!』
初めてユリウスが声を荒げて一喝した。
驚きに体を竦めて、ルスカノウスは反射的に顔を上げた。
『私の話を、聞け。目を逸らすな。年長者の言には耳を傾けるものだ』
『……』
『こっちへ来なさい』
そう言って、ユリウスは自分が座っていた椅子から腰を上げて、そのまま柔らかい絨毯の敷かれた床に座り込んだ。
呆然と自分を見下ろすルスカノウスに手で、こっちへ来いと示す。
ルスカノウスは戸惑いながらそれに従った。
離れた位置で互いに向き合うように椅子に座していた二人の距離は、今、膝が触れ合えるほどにまで縮まっていた。
胡坐を掻いたその正面に礼儀正しく端座するルスカノウスの顔を至近距離で見つめながら、ユリウスは言った。
『――お前は、間違っている』
開口一番にそう言われ、ルスカノウスはとっさに否定し返そうとしたが、そのユリウスの真っ直ぐすぎる視線に続く言葉を呑み込まされた。
『その女性が死んだのは、残念だったな。忘れろとは言わないし、君がこれから生きていくためにも、それは忘れてはいけないものだ』
食い入るように自分を見つめるルスカノウスに、ユリウスはゆっくりと言葉を続けた。
『……私もな、ルスカ、多くの民を見てきた。王宮に閉じ込められていた君と違って、私はこの国のあちこちを放浪していたから、君より民の実情には詳しい』
『え…』
『王の膝元より、地方はもっとひどかった。上意下達とはよく言ったものだ。民政機関はほとんど機能しておらず、苛斂誅求による人々の疲弊には凄まじいものがあった。その女性のように、自ら死を選ぶ者はまだマシなほうだ。外地では食べるものがなく、民は餓死していった。相次ぐ野盗の襲来で小さい村が丸ごと滅ぼされかけた所もある。もう少し、中央政府が瓦解するのが遅かったら、民は一斉蜂起していたかもしれない』
ルスカノウスは顔面蒼白になった。
その瞳が揺れ、焦点を結ばなくなると、その頬をユリウスはがっしと両手で挟みこみ、鼻の先が触れ合うほどに顔を近づけて言った。
『逃げるな。私を見ろ、ルスカノウス』
ぽたぽたと流れ落ちる涙をそのままに、空ろな目でルスカノウスはユリウスを見返した。
『君が自分を責める気持ちはよく分かる。何故なら私も同じだからだ』
『……え』
『私も王族として生まれ、王となるために育てられた人間だった。そして、そんな民の現状に、何もしてこなかったのは、お前だけではない、私とて同じだった。私も君と同罪なんだ。いや、罪の大きさで言うのなら、私のほうがはるかに大きいだろう…』
そう言って、自嘲して笑ったユリウスの顔を見て、ルスカノウスは自分の胸の痛みも忘れて瞠目した。
『そ、そんなことは、』
ない、と言い切る前に、あるんだよ、と言葉尻を取られ息を呑み込む。
『私は昔、この城から逃げた人間だ。少し前までの君と同じように、私の周りには誰一人として味方がいなかった。だから、私は早々と逃げ出した。――何も知らない幼い従弟を残して』
『で、でも、貴方は戻ってきました』
『……それは、私の功績とは言えないな』
困ったように笑ったユリウスの顔が何故かとても苦しげに見えて、ルスカノウスは目をしばたたかせた。問いたげなその視線にしかし、ユリウスは苦笑で返して、こう続けた。
『ルスカノウス、万人に好かれる人間が存在しないように、万人に慕われる王もまた、存在しえない。むしろ、王とは恨まれる職業だと思ったほうがいい』
『え……』
『どれだけ英主だともてはやされたとしても、王の施政に不満を覚える者は必ずどこかにいるものだ。逆恨みを受けることも珍しくはない。国家元首とはえてしてそんなものだろう。それを覚悟した上で王は王でなくてはならない。――端的に言おう。一人一人の不満や恨みにいちいち王が良心に呵責を感じてその痛みに惑っているようでは、国など立ち行かない』
『!!!』
『切って捨てろとまでは言わない。君が言った、自ら死を選んだ女性のように、決して忘れてはいけないものもある。だが、王とはそれらの痛みを抱えながら、それでも国のために前を見据えて生きていかなくてはならないんだ』
『……』
『言っている意味が、分かるか?』
『……僕のやり方では間違っていると、そういうことですか?』
『そうだ。お前の言う贖罪は、贖罪というより懺悔に近い。きつい言い方をするが、お前がそれによって苦しんだところで、死んだ人間が生き返るわけでもなし、お前の苦衷が今生きている民に伝わるわけでもなく、よしんば伝わったところで、お前自身が言っていた通り、それで民が満たされるわけでもない。少しは溜飲が下がって、心がすっとするかもしれないが、それだけだ。それこそ何の実利もないだろう。己の罪を知ったのなら、それを悔い改め、そこから学んだことを次に活かすことを考えろ。
――悔恨にばかり時間を費やすことほど無駄なことはない。懺悔したところで過去は変えられないし、過去を悔いてばかりいては今を見失う』
『けれど、今回苦しんだ民は一人二人ではありません! それらを無視することなど……!』
『君はただ、己を罰したいだけだ。違うか?』
ルスカノウスは息を呑み込んだ。だが、
『……それでも、必要なことではないのですか?』
『君が無能者を演じて、私から虐げられ、周りの者から誹謗されながら生きることで、王家の血を否定し、自ら旧態打破の礎を築く生贄となる事が――、か?』
抑揚のない殊更平坦な声音に、ルスカノウスは歯を食いしばってうつむいた。
『確かにその役割の果たす意義は大きいかもしれないが、建設的とは言えないな。もっとうまい方法などいくらでもあるだろう。……顔を上げろ、ルスカ』
ルスカノウスは言われるままに顔を上げた。
『ルスカノウス、国とは王が一人で背負うものではない。その責任は、王が一人で背負っているに等しいが、そこまでお前が自分を追い詰める必要はない。君は一度死んで生まれ変わったのだろう? だったら、もっとそのチャンスを有効に使うことを考えろ。君にも幸せに生きる余地は残されているはずだ』
『幸せになど、なりたくありません……』
顔を歪めて言ったルスカノウスにユリウスは言う。
『君は、幸せを知らない間が、人を幸せにできると思うか?』
『……』
『身を殺して仁を為すつもりでいるのかもしれないが、お前のそれはただの独りよがりだということを自覚したほうがいい』
『……では、では僕はどうすればいいのですか…? …赤ん坊の泣き声がするんです……今でも夢にあの女の人が出てくるんです……顔などほとんど覚えていないのに、とても恨めしそうに僕を見て、……梁の上からゆらゆら揺れながら、僕を…、見ているんですっ……!』
『……それは、つらいな』
うつむいたまま歯を食いしばって打ち震えるルスカノウスの頭の上にぽんと、ユリウスはその掌を置く。
『では、お前のために私が道を示そう』
ルスカノウスはこわごわと顔を上げた。
『過ちを改め己を新たにしたのなら、功を立てて罪を贖え』
ルスカノウスは瞠目した。
『〝後世、畏るべし〟とも言う。己の可能性を自ら摘み取ることは愚かなことだ。自らの能力を存分に発揮することで、生き残った民を幸せにして見せよ。それがお前の贖罪だ』
『で、ですが……』
『お前が今抱えている苦しみが、十分お前に対する罰になっている。その悔恨はお前が死ぬまで付きまとうものだろう。それ以上の罰は必要ない。それでも不安だというのなら、王の権限で私がお前を許そう。
――ルスカノウス、お前が経世済民のため私の臣として尽力してくれた時、私はお前の罪を許し、お前が幸せを求めることも許す。だから今は、喪われた民の分まで、今生きている民のために励むことだけを考えろ』
茫然自失して固まってしまったルスカノウスにユリウスは苦笑した。
『さっきも言ったが、国とは王が一人で背負うものではない。民と臣があってこその王であり、国だ。己の手足となって動いてくれる優秀な臣下がいて、初めて王はその重責に耐えることができる。だから、ルスカ、お前も一緒に背負ってはくれないか? そうすれば、臣であるお前の罪を、私も王として背負ってやれる』
――お前の罪を許し、お前が幸せを求めることを許す
――お前の罪を、王として背負ってやれる
まるで何でもないことのように発せられたそれらの言葉に、見開かれて固まったままのルスカノウスの目から、ぽろりと、涙が零れ落ちた。
それを、ユリウスは視線を合わせながら、親指の腹で拭った。
『私には今、私を助けてくれる優秀な臣下が必要だ。信頼のできる、な。そして、その逸材がここにいるというのに、それを使い捨てる馬鹿がどこにいる?』
ルスカノウスの顔を覗き込みながら、茶化すような笑みで言ったユリウスに、ルスカノウスは涙を目に溜めたまま言った。
『……け、けれど……そ、それでは、周りの者達が……』
『もちろん最初から君を取り立てたりはしない。君の出発地点は他の者に比べれば遥かに後ろからとなるだろう。だが、堅実に歩みを進めれば、前の背に追いつくことは決して不可能ではない。周囲を納得させてみせろ、ルスカ。己の能力で、正当な評価を得て、私の純臣となれ』
『……そ、それでは……』
『お前を私の臣に迎えよう。まぁ、最初は私の側で雑用係をしてもらうがな。覚悟しろよ? 牛馬のごとく扱き使ってみせれば、誰も私がお前を特別に贔屓しているとは思わないだろう。そこから這い上がって見せろ。私は特別な厚遇も冷遇もしない。ただ、働きに見合った待遇をしよう』
ルスカノウスは一度ユリウスのその顔を呆然としたように仰ぎ見て、それからくしゃくしゃに歪めた顔をうつむかせ、しゃくりあげながらも精一杯の言葉を綴った。
『……お、お茶汲みでも、…か、肩たたきでも…、なな何でもします……!!!!』
ユリウスは大きく自信ありげな笑みをつくる。
『期待している』
上目遣いにちらりと窺った先に見えたその恩顔が、ルスカノウスの揺らいでにじんでいた世界に、まるで明けることを知らなかった暗い夜に初めて訪れた曙光のように、とても眩しいものに映った。
大言壮語【たいげんそうご】…自分の力以上の大きなことを言うこと。また、その言葉。
恃む【たのむ】…あてにする。それを力とする。
異端邪説【いたんじゃせつ】…学術・思想・宗教・芸術などの分野で、正統と認められない学説や見解のこと。
禍根【かこん】…わざわいの起るもと。
訥訥【とつとつ】…つかえつかえ話すさま。口ごもりながら話すさま。
直裁【ちょくさい】…直接。
政綱【せいこう】…政治の大綱。政策のおおもと。
楔【くさび】…物と物とをつなぎ合わせるもの。
浮かされる【うかされる】…高熱により意識が不確かになる。
一毫【いちごう】…ほんのすこし。ごくわずか。
端座【たんざ】…姿勢を正して座ること。正座。
上意下達【じょういかたつ】…上の者の意志や命令を下位の者に通じさせること。
苛斂誅求【かれんちゅうきゅう】…租税などをむごくきびしく取り立てること。
蜂起【ほうき】…蜂が巣から一時に飛びたつように、大勢の人々が一斉に立ち上がって実力行使の挙に出ること。
溜飲が下がる【りゅういんがさがる】…胸がすいて気持ちがよくなる。不平・不満が解消して気分が落ち着く。
誹謗【ひぼう】…そしること。悪口を言うこと。
建設的【けんせつてき】…物事を積極的・発展的に進めようとするさま。前向きなさま。
身を殺して仁を為す【みをころしてじんをなす】…自分の身を犠牲にして、仁の徳を成し遂げる。一身をなげうって世のため人のために尽くすこと。
後世畏るべし【こうせいおそるべし】…後進の者は努力次第で将来どんな大人物になるかわからないからおそるべきである。
恩顔【おんがん】…いつくしみのある顔つき。やさしいかおつき。主君などの顔についていう。