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BLOODY CHAIN Ⅰ  作者:
第二章 死者の残影
38/87

16 それぞれの夜

 フフと王は笑った。

「……惜しいな」

「……?」

「貴公が男であったなら、ぜひとも我が軍に勧誘したいところだ」

「……嬉しいことを言ってくださる」

「……だが、臣を持つ身としては、己のために死ねとは言いたくないな」

「貴方に命じられれば喜んで身を捧げる者は多くいるでしょう」

「私は自分から己の命を見限る者は好きになれないよ」

「……」

「たとえ、それが護るべき主のためであろうとな。死ぬことが誇りになるとは思わない」

「……それでも、名誉ある死は存在するのでは?」

「それは死した者のために贈られる手向(たむ)け物だろう。決して〝死〟が誉れであることはない。

 フィロラオスの死も、今では英雄(たん)のように語られているが、本来は悲劇だったはずだ。少なくともディオニュシオスにとってはそうだった。彼は決して弟の死を心から讃えたいなどとは思わなかっただろう。最愛の弟を己の責任で己のために殺したのだから。

 栄誉ある死とは、死んだフィロラオスのために贈られた言葉だ。だからこそ、ディオニュシオスの決断に私は感銘を覚える。フィロラオスの思いを受け止め受け容れた、彼の大きさにな。

 死ぬこと自体が褒められることでは決してないんだよ。私は誰かのために死ぬことを生きがいにする人間を肯定することはできない」

「……そうでしょうか」

「私だったら〝己のために死ね〟と言うより、〝己のために生きることを選べ〟と言う。〝護るために死ぬな〟、〝護るために生きよ〟とな」

「……それは、」

「ああ、ある意味とても我儘(わがまま)な注文だ。『死なずに護れ』、この言葉の意味を真に理解する者にとって、これほど厄介な要求はないだろう。だが、私は、ジュリア達にそれだけの覚悟と気概を持てと言っている。私は死んでもいいと思っている者に護られたいとは思わないとな。己の命を大事にできぬ者に、人の命を護る資格はないと思っているからだ。等しく命の重さを理解できぬ者に、他人の命を守れるとは思わない。これは私の持論だがね」

「……王は騎士に〝己のために生き、己のために死ね〟と言うと聞きましたが」

「ああ、そうだ。だが、ディオニュシオスとフィロラオスの故事から、主のために死ぬことが美徳とされるような風潮が高まっていることに関して、私個人としては否定的なんだよ。王としては、失格かもしれないが」

「……いえ、貴方が慕われる訳が分かりました。ですが、」

「?」

「それでも、フィロラオスにとっては己の敬愛する主のために死ぬことは、誇りだったでしょう」

「それは、否定しない。彼にとってはまさしく誉れだったのだろう」

「……それに、護るべき主を亡くした臣が、主のいない世界をまともに生きることができたでしょうか。自分の全てを投げ打ってでも守りたいと思っている人間を護れなかった時、人はどうなると思いますか?」

 そう言った、サントの思わぬ瞳の暗さに、ユリウスは息を呑んだ。

「……フィロラオスにとって王のいない世界は、色のない酷薄な悪夢でしかなかった。だから、死を選んだ。……至極利己的な考え方かもしれません。ですが、主のために死ぬことが幸福だ、とは畢竟(ひっきょう)、その人なしには生きられないという意味ではないのでしょうか……」

 珍しく饒舌(じょうぜつ)な客人に、ユリウスは戸惑いを隠せなかった。

「……そういう考え方もあるかもしれんな」

「守りたいものを護れずに生き伸びるよりも、守りたいものを護って死にたい。そう思うのは間違っているでしょうか」

「……いや、自然な感情だろう」

「命を懸けてもいいと思える人に出会えることは幸せなことかもしれない。ですが、その人に死なれた時、人はどうすればいいのでしょう。ただ生きる意味をなくした(しかばね)のように生きていくのか……」

 夜空の月を見上げて零されたその言葉に、ユリウスは返すことができなかった。






「今日は寝ずの番はしなくてもいいのか?」

 いつかの回廊に、ジュリアとドリスはいた。

 ドリスの左手にはやはり煙草があり、欄干(らんかん)の上に肘を着くようにして、暗闇に浮かぶ月を見上げている。対してジュリアは腕を組み柱に背を預けることで、月に背を向けていた。

 意図してこの場所で落ち合う訳ではないのだが、二人は自然とここで話し込むことが多かった。

「……陛下が必要ないと言ったのだから仕方がないだろう」

「俺としては助かるがな。それで? 何をそんなに落ち込んでるんだ?」

 見透かしたように口角を上げ、余裕ありげな流し目でこちらを見てくる相棒をジュリアは軽く睨む。

「……陛下に言われたんだ」

「あん?」

 ドリスは(かが)めていた身を起こして、その思案げな横顔を見つめた。

「サント様を疑うのはよせと。『あの者の目的は分かったから、これからは私の賓客(ひんかく)として丁重に扱ってくれ』と、そう言われた」

「……その〝目的〟とやらは聞いたのか?」

 ジュリアは溜息をついて目を閉じると、無言で首を振った。

「……訊けなかった。あの方は俺が彼の者の身について不信を抱いていたことを知っていた。それでも何も言わなかったということは、私に話すべき事柄ではないと判断したからだろう。たぶん請うたところで教えてはくれない。言えることなら話してくれていたはず。そういう方だ」

「……今日の態度といい、完璧に信用してるみたいだな」

「……ああ」

「納得いかないか?」

「いや……、正直、俺も彼に王を害する意思があるとはとは思えないんだ」


 ――……あの人の存在を、この身に感じてみたかったから……


 あの時のこの言葉は、確かに真実にジュリアには思われた。一変した声音が、隠しきれない、真情の吐露に聞こえたのだ。

「ハ? だったらいいじゃねぇか、別に。もう疑ってないんだろう?」

 予想外の台詞を聞いて、ドリスは呆れたように言った。

「……だが、彼は私に言った」

「何を?」

「『己は罪人だ、私を信じるな』」

「……どういう意味だ?」

「分からない」

 愁眉(しゅうび)を開かぬまま、暗い影を落とす相棒にドリスは苦笑した。

「思うに、それってただの牽制(けんせい)じゃないのか?」

「牽制?」

「あいつって人と歓談するようなタイプじゃないだろ。必要以上に自分に近づくなってこと。俺も言われたぜ? 素性の知れない人間を信用するのは愚かだとかなんとか」

「……だが、〝罪過の痕が刻まれている〟と…」

「まぁな。だが、(すね)(きず)を持つ男なんて探せばどこにでもいる。そんなことより、俺は陛下があの覆面の下を知っているのかどうかのほうが気になるぜ」

「……庇っているようにしか見えなかったからな」

「陛下に怒鳴られるなんて、貴重な体験だったよ。たいていお前に一任するからな、あの人は」

「……お前の日頃の行いが悪いんだろうが」

 先日の御前試合の一件に思いをめぐらせていたドリスは、不穏な空気を発しながら言われたそれに、乾いた愛想笑いで応じた。

「だ、だいたい、あいつ、俺らと陛下や姫様に対する態度が全然違うよなぁ」

「それは当然だろう。お前がおかしいんだ。臣下としての立場をろくに(わきま)えもせず……。いくら陛下が鷹揚(おうよう)な方だからといって、それに甘えることは許されない。私がいない間も無礼はなかったんだろうな」

「…堅苦しすぎるのも考えもんだろう。お前と一緒じゃ、陛下は肩がこるだろうさ」

 どんどん墓穴を掘っている自分に泣きたくなったドリスは(くじ)けずに続けたが、無言で睥睨(へいげい)されて口を閉ざした。自覚があるだけに、下手に反撃できない。ドリスは観念したように両手を顔の脇に上げた。

「分かったよ、そんな睨むな。……けど、あいつは俺と同じで、権力におもねるような奴には見えないけどな」

 暗に、自分は阿諛(あゆ)追従(ついしょう)を嫌う反骨の烈士であると主張してみたが。

「……あの方はお前と違って、礼儀を重んじる方のように見受けたが?」

 ドリスは白旗を揚げざるをえなかった。以前はひどくそっけなかったサントの態度が、自分が王臣だと知れてからは若干丁寧になったことを彼は知っている。

 (らち)が明かないと(さと)ったドリスは、話題を変えることにした。

「それより……、あっちのほうはどうなったんだ?」

 真面目な顔でジュリアに尋ねると、ジュリアも気色(けしき)を改める。

「報告は陛下と一緒に聞いただろう」

「お前の印象を聞きたいんだよ」

「嫌な気しかしない」

 顔をしかめて、きっぱりと言ったジュリアをドリスは見やる。

「……お前、サントを陛下の傍に置くことは反対か?」

「何だ?」

「いやな、俺としては、あいつに傍にいてもらったほうがいいんじゃないかと思うんだよ。いざって時さ。俺達の手の回らない事態が起こった時の保険にな。まぁ、仮定の話だが」

 ジュリアは目を軽く見開いた。

「……お前は、彼を信用しているのか?」

「まさか。素性の知れない奴に絶対の信を置けるほど俺の器は大きくないし、馬鹿にもなれない」

「では……」

「でも、陛下はあいつを信用してるんだろ?」

「!?」

「あの人の目を騙せるような人間がいるとは思えないんだよ。お前だってそうだろうが」

「……」

 ――私を信じろというのは無理でしょう。だから王にもこう言いった。『自分を信じてくれとは言わない。私は貴方の見る目を信じる者だ』と

 ――貴方は貴方の主が信じられませんか?

 ジュリアは顔を歪めた。己を信じてくれとは言わずに、自分の主を信じろ、と彼は言ったのだ。

「信頼している訳じゃない。けど、信用してもいいんじゃないかなぁ…、とは思っている」

「……懐疑(かいぎ)的だ」

「そうだな。でも、そう思わせるだけのものがあいつにはあるだろ」

 それには、ジュリアも頷かない訳にはいかなかった。

 自分があの人物を疑いたくないと思い始めていることにジュリアは気がついている。だが、だからこそ……

「やはり、陛下と二人っきりにするのは、私は反対だ。お前のそれはある意味、博打(ばくち)だ」

 公私混同して己の感情に従うことで、取り返しのつかない失態を犯したくはなかった。

 「そう言うと思った」とドリスは笑った。

「まぁ、親衛隊隊長としては、それが正しいんだろ。己の使命を果たさせてくれ、って陛下に頼んでみたら?」

「……許してくれるだろうか」

「なんだかんだ言って、陛下も甘い人だからな。忠臣のお前がそう言えば考えてくれるだろ」

「……だといいが」

 だが、翌日、ジュリアはあっさりとそれを許され、虚を()かれてついドリスと顔を見合わせることになるのだった。






 同じ夜。

「初代マダリア国王は、弟の尊い犠牲を以って国を治めるに至りましたとさ」

 薄暗く閉め切った部屋の中で、男は長椅子に体を横たえながら、ケチャの実を口の中に放り込んだ。ブシュッと果肉の潰れる音と同時に、果実の甘みが口内に広がり、クチャクチャと音を鳴らして咀嚼(そしゃく)する。

「愚かな話だ、そうは思わないか?」

 口の中にケチャの実を残したままそう問いかけられ、側に()していた女はビクリと体を震わせた。

「どういう……?」

 恐る恐るというように、行儀悪く(もた)れ掛っている己の主を女は見る。

「死にたいというなら死なせてやればよかったのさ。なぜわざわざ己の生命を差し出したのか、僕には理解できないね」

 フンと、いかにも面白くないというように男は鼻で笑う。

「……兄弟の絆が、そうさせたのではありませんか……」

 女が何気なくぽつりと漏らしたその声に、ピクリと、新しいケチャの実へと手を伸ばした男の手が止まった。

「……へぇ、お前、僕に意見するんだ」

「! めっ、滅相も……!」

 女はハッと顔を青ざめさせて、己の失態を覚った。その怯えた様を、男は楽しそうに見やる。

「いいことを教えてあげようか。兄のディオニュシオスと弟のフィロラオスは決して仲のいい兄弟ではなかったんだよ」

「……」

「弟はいつも兄の日陰にいたのさ」

 男は無理矢理笑みを作った。

「まるで僕達兄弟みたいだね」

 女はその言葉とその顔に息を呑み込む。それは美しい花が毒を持つような笑みだった。

「君もそう思うだろう? 毎日毎日ベッドに縛り付けられ、太陽の光を嫌う僕は、さながら日陰でしか生きられない吸血鬼だ」

 ビクリと目に見えて女は震えた。

「……君の血はこの甘い果実よりも赤くておいしいかな……」

 ひっと、女は喉を引き()らせる。

 ガチャリと持っていたトレイが音を立てて手から零れ落ちた。

 女の喉から絹を切り裂くような悲鳴が零れ落ちた。


「どうしたっ!?」

 その男は、聞きつけた悲鳴に驚いてその大扉を押し開いた。

 途端に、中の暗闇に外の光が射し込む。

「サムドロスっ!!」

 四角い扉の形に切り取られた明かりの中で、男が鈍く光る長剣をその手に、倒れた女を見下ろしていた。

 ポトポトと音を立てて、刃に付着していた赤い液体が絨毯に染みをつける。

「……君は、いったいっ……!!」

 その怒声に、赤く濡れた刃を持った男が神経質そうに口をヒクヒクと歪めた。その唇は血を塗ったような毒々しい(あか)に彩られている。

 闖入(ちんにゅう)してきた男が倒れ伏した女の元に血相を変えて駆け寄ると、剣を持った男は狂ったような笑い声を上げた。

「っく、あはっあはっあはははあははははははははっ」

 突然笑い出した彼を男は驚いて見上げる。

「いやだな、兄さん。これ、ケチャの実だよ。僕が彼女を殺したとでも思った?」

 そう言って、男は刃に付着した赤い液体をその指でとると口に運んで舐めて見せる。

 見れば女は青ざめた顔で気絶しているだけのようだ。その白い前掛けには赤い染みが広がっていた。

「暗くて分からなかったかな。兄さん、人間の血っていうのはね、もっとどす黒いんだよ。それになまぐさい。鼻をつんと刺激するせ返るような臭いさ。人間の体の中を駆け巡っている生命の水みたいなものだよね。僕たちの父親はこの血に尊卑を認めていたんだ。僕の中に流れる血は……」

「よさないか、サムドロスっ!」

 兄は弟の姿を直視できず、きつく眉をひそめて続く言葉を遮った。

 興()めだというように口をつぐんで目線を下げた弟を無視して兄は声を張り上げる。

「誰かっ、誰か来てくれっ!」

「どうしました、ルスカ様」

 慌てたようにばたばたと音を立てて女達が駆けつけた。

 そして、その場の惨状にしばし絶句して、恐れるように剣を持ったままの男を見た。

「彼女を運んでやってくれ。大丈夫。気絶しているだけだ」

 その言葉にほっとして女達は素早く動いた。一刻も早くこの場から立ち去りたいのだろう。

「……つまらないな」

 ぽつりと漏らされたその言葉に、兄は弟を振り返る。

「……剣をこっちに寄越して」

「これは僕のだけど」

「君に必要なのは、剣じゃない。十分な休養だ」

「はっ、休養だって? 生まれてこの方休養をとらなかった日なんて一日だって僕にはなかったよ。毎日毎日ベッドの中さ」

「そうじゃない。近頃の君は気が立っているみたいだ。何か悩んでいることがあるのなら僕に話してくれ。自分の内に溜め込むのはよくない」

 弟はクッと唇の端を歪めた。

「お優しいお兄様でいらっしゃる。さすが領民達に慕われている領主様だ。情け深い」

「サムドロス……」

「でもそれが弟のプライドをどれだけ傷つけているか分かっているか? 憐れみなぞもらったって何の役にも立たないよ」

「そんなつもりじゃ…」

「そうさ、そんなつもりはないだろう。心優しいお兄様は誰かを傷つけることには()えられない。だから、争うことを嫌う。だから、一地方領主なんて地位に甘んじていられる。愚かだね。その血に宿った誇りはどこにいった?」

「やめてくれ」

 兄の口調が強くなった。

 弟に近づき、その手に握られた剣の柄を取った。

「手を放して」

 その言葉に意識せずともあっさりと力が抜けた。途端によろつく。

 それを支えるために兄はさっと手を伸ばしたが、弟はうっとうしというように己の腕に添えられた兄の手を振り払う。その反動でよろめいた体はいとも容易く絨毯(じゅうたん)の上に沈みこんだ。

 ちっと舌打ちが漏れた。

「まったく、忌々しい体だ。剣を持つことさえろくにできないなんて、自分の血を疑いたくなるね」

 暗く陰鬱な声が漏れた。だが、次の瞬間には、自分の言った言葉がよほど面白かったのか、地べたに腰を落とした状態で、アハハと狂ったように(わら)い始めた。

「だが、それでも僕の血は誰にも(おか)せない。だって、僕は騎士ではないからね。そうさ、騎士なんていうものは所詮は王の下僕だ」

「やめないかっ!!」

 兄の怒声に弟の嗤い声がぴたりと止まった。そして、ひどく陰惨な目で己の兄を見上げる。

「ああ、アンタも飼い犬だったか。自ら飼われることを望んだ臆病者」

 兄は黙って弟を見下ろした。

「君はもっと自分を大切にしたほうがいい」

 声を押し殺して兄は言った。

「何を言ってる? 僕の大切なものは己の身一つしかないよ」

 せせら笑うように口を歪めて答えた。

「……」

「でも、アンタには大切なものがいっぱいあるね」

「サムド、」

「もういいや。疲れたから寝る」

 弟は兄の言葉を遮ってそう言うと、震える手で己の身を助け起こした。兄の差し出した手は当然のように無視される。

「アンタはもし己の主に危険が迫ったら、フィロラオスみたいに己の命を捧げるのかなぁ」

「?」

「アンタは僕の兄じゃないものね」

「……何を言っているんだ?」

 怪訝な顔つきの兄に弟は引き付けを起こしたようにくっくと嗤った。

「わからなきゃいいさ。それより早く出てってくんない? ああ、剣は元の場所に戻しておいてよ」

「……サムドロス、この剣は没収するよ。他の蒐集(しゅうしゅう)品もだ」

「なに?」

 弟の目が光った。それを厳しい目で兄は見つめる。

「いたずらに侍女を怖がらせるのは止めてくれ。君は彼女達にいろいろ助けてもらっているのに…。彼女達がいなければ、困るのは君だよ」

「何言ってるんだ、アンタ。あの女達は僕に仕えるのが仕事だ。主の不興を買えば、それなりの罰を受けるのは当然だろう。それに僕はちょっと脅かしてやっただけで本当に傷つけた訳じゃない。随分優しい処遇だったと思うけど? 侍女に対する(しつけ)でいちいちアンタに文句を付けられる筋合いはないな」

 冷たく(さげす)むような視線を兄に送ると、弟はバタンと寝室に通じるドアの奥に消えた。

「……」

 残された兄は、憂いを含んだ目で閉ざされたそのドアをじっと見つめていた。

愁眉【しゅうび】…うれえでひそめた眉。うれわしげな顔つき。

脛に疵持つ【すねにきずもつ】…隠した悪事がある。やましいことがある。うしろぐらいことがある。

阿諛追従【あゆついしょう】…人におもねって、こびへつらうこと。

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