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BLOODY CHAIN Ⅰ  作者:
第二章 死者の残影
27/87

05 顔のない死体

 ジュリアがウィリアムに案内されて現場に辿り着くと、路地裏の入り口でフィオスとキーンがそれを迎えた。捜査に駆り出されていた王都警備隊の面々は親衛隊隊長のお出ましに道をあける。

「よぉ、ジュリア。ウィリアムはきっちり役目を果たしたみたいだな」

 騎乗していた馬から下りたジュリアにフィオスは彼の肩をポンと叩いて挨拶をした。

 「ハッ」とフィオスに敬礼したウィリアムは自身も馬の上から下りると、ジュリアの手から丁重な手つきで手綱(たづな)を受け取った。まるで王冠を捧げ持つ小姓のような(うやうや)しい手つきと紅潮した豊頬(ほうきょう)とに、察しのいいキーンは苦笑気味に片頬を(くぼ)ませた。

「早速ですがこちらです、シナモン少将殿。ウィリアムはそこで待っていろ」

 キーンはフィオスを軽く(たしな)めるように睨みながら、ジュリアと握手してそう言った。立ち入り禁止のために張られたロープを(また)ぐ。

「おいおい、キーン、それじゃあかえって嫌味だぜ。別にいいじゃないか、旧友だぞ」

「私用ならともかく、今は仕事中だ。立場を(わきま)えろ、お前は軍人だろう」

「そんなこと言ったらお前だって俺に敬語使っていいんじゃないか?」

「お前は同じ隊の同僚で、少将は国王陛下の側近で聖騎士だ。立場が違うし、尉官と将官じゃ格も違う。軍紀を重んじるということを少しは覚えろ」

「……お前は律儀すぎる」

 不貞腐れたように言ったフィオスに、

「……お前が無頓着すぎるんだろう。いい年して」

 呆れた声でキーンは返した。

 変わっていない二人に、ジュリアは心の内でそっと苦笑したが、今は旧友との再会に久闊(きゅうかつ)(じょ)している場合ではない。

「二人とも、今はそんなことより先にすることがある」

「あ、ああ、すまない。……――こちらです、少将」

 キーンは先頭に立って、フィオスはジュリアの横に並んだ。

「覚悟しとけよ。ウィリアムが言ったかもしれないが、見て楽しいもんじゃない」

「ああ、分かってる」

「――しかし、ウィリアムは少将を呼びに行く前より顔色がよくなっていましたね」

 キーンのその言葉に、そういえばと、隣の端正な青年を熱心に見詰めていた自分付の従士をフィオスは思い出した。

「……お前、なんかしたろう、ジュリア」

 その言葉に、前にいたキーンもちらりとジュリアの顔を盗み見る。

 士生時代は女の子みたいだと皆からちやほやされて、決まって不機嫌な顔をしていた少年を思い出した。

 あの頃の彼は、確かに守ってやりたいという庇護欲をそそらずにはおけないような少年だった。だが、大きくなって男性的になった彼は物語の中の王子様のように、眉目秀麗な若者へと変身した。女だけではない、初めて会った時には男でさえその容姿に感嘆せずにはいられないほどの。

 男女の性差を超えた普遍的な美があるのだということを、彼を見た人間は認識するだろう。人の手で造られた精緻な彫像のように、人々が思い描く王子様の理想像を彼は具現化していた。男らしく、だが男臭いのではなく、繊細さと優美さを兼ね備えて。

 そんな彼ににっこりと親しげに微笑まれて、悪い気のする人間が果たして何人いるというのだろう。

「……二人とも、そんな目で見ないでくれないか。私は何もしていない」

「嘘付け。自覚がないから始末が悪いんだ、お前は。……ああ、ウィリアムまでお前に(たぶら)かされたか」

「……フィオスさん、貴方方ならもう知っているのだろうとは思うが、昨日の今日で俺はあまり機嫌がよくない……」

 その言葉から静かな不興を感じ取ったキーンはギクリとして、勢いよくフィオスの足を踏みつけた。 士生時代、女装させられそうになって発憤(はっぷん)したジュリアが、年上相手にも関係なく毒を吐いていたのを思い出したのだ。

 〝寸鉄人を殺す〟と言うが、もし言葉で人が殺せたら、間違いなく彼はあの時犯罪者になっていただろう。あまり思い出したくない、思い出だった。

〈バカヤロウ。ドリスの二の舞を演じたくなかったら大人しくしてろっ!!〉

 小声で言われたその台詞に、フィオスは無言でこくこくと頷いた。

 ジュリアは気を取り直して尋ねた。

「――身元はやはり分かりそうにないのか? 警庁をうろついていたと聞いたが……」

「ああ、見てもらえば分かると思いますが……。顔で判別するのは難しいでしょう」

 そう言って、キーンは遺体に(かぶ)せられていた覆いを、側に立って番をしていた校尉士に上げさせた。

「……っ!!」

 ジュリアはあまりのむごたらしい様に、覚悟していたとはいえ息を呑み込んだ。

 その遺体には顔がなかった。

 本来あるべき顔の凹凸が、のっぺりとした肉の断面へと変わっていた。

 両の耳が、うっかり落としてしまったアクセサリーか何かのように、地面に落ちていた。

 頭皮は剥ぎ取られ、べろんと剥がれた皮膚の下に筋肉の繊維が見える。

 肉の色と血の色とで真っ赤に染まった人間の顔だったものは、首から切断されて転がっていた。体のあちこちが切り刻まれている。

 なぶり殺しにされたのが一目瞭然だった。ウィリアム少年はよく耐えたと言うべきだろう。

「……狂ってる……」

「……ああ、同感だ」

「……常軌を逸した死体とはいえ、普通なら陛下の側近である親衛隊隊長におこしいただくまでもなく、私達だけで処理すべきところだったのですが……」

「……例の恐喝未遂事件に関わりあるかもしれない……?」

 はい、と言ってキーンは続けた。

「確証があるわけではありません。ただ、この男が出てきたタイミングがタイミングなもので……」

「?」

 眉をひそめたジュリアに、キーンとフィオスはちらりと互いの視線を合わせた。

「お前が今日、例の宝石商やら婦女誘拐の実行犯達を直接取り調べたいって言うから、俺達は正門の前でなかなか来ないお前のこと待ってたんだ。その時事件関連の話をしてな、ちょうどその時だったんだよ。この仏さんが飛び出てきて逃げ出したのが……」

「私達の会話の内容に反応した可能性もあるかと……」

「……顔は見ていないのか?」

「後姿しか見ていない。が、背格好が一致する。聞き耳を立てていたのはこいつに間違いないだろう」

「動機は何でしょう? どうやら金銭が抜き取られているようで。強盗目的とも言えなくはないんですが……」

「強盗目的にしてはこの殺し方は異常だぜ? いかれてやがる」

「快楽殺人的なものを感じますよね、怨恨の線もありますが……それにしてもこれはやりすぎだ」

「……あるいは口封じに殺されたか……」

「口封じ?」

「例の恐喝未遂事件に何らかの関わりがあった人間なら、通り魔を装って何らかの口封じのために殺された、という可能性も否めない」

 キーンはその可能性を考慮し眉をひそめながら続けた。

「……そうなると、ただの恐喝事件ではなくなりますね。こうまでして口封じをするということは……。殺した人間が背後に存在する」

「ファナン、か……?」

「今のところ一番疑わしいのはな」

 二人の会話を背にジュリアは死体の側にしゃがみこんだ。

「……切り刻みながら殺したか……」

 路上には、のた打ち回ったような血の痕が数メートル近く続いていた。

 おそらく凶行に及んだ犯人から()(つくば)ってでも逃げようとしたものだろう。指先の形に付着した血痕があちこちに残っている。その痕をつけたのだろう指も、ご丁寧に十本とも全て、不均一な長さに切断されあちこちに転がっていた。

 ジュリアは顔をしかめ、ゆっくりと死体の周囲を見回した。

「何か、犯人が残して行ったような手がかりは残っていなかったのかな、凶器とか……」

「ええ、それらしいものは何も……」

「――そう易々と証拠を残してはいかない、か……」

 ジュリアは己の下唇に指を当てながら思案げに言った。

「やはりただの愉快犯とは思えない」

「死因は失血死でしょうか……」

「……そうだな。……ん?」

「どした?」

「これだけ服も体も血だらけなのに、ここだけ不自然に血痕が途切れている」

 ジュリアはそう言って、被害者の二の腕を示した。確かにそこだけ血の汚れが不自然に途切れていた。

「本当ですね。……腕輪か何かしていたんじゃないですか? よく見ると、ここだけ他と肌の色が微妙に違う。日に焼けていないんですよ」

「と、いうことは、殺した後で犯人がわざわざ外して持ち去った?」

「何のために……?」

「……もしかしたら、この遺体の身元を特定する何かだったか。

 判別つかないほど顔を傷つけたのも、狂人の仕業と見せかけて、この遺体が誰のものなのか、簡単には分からないようにしたかったと考えたほうが自然かもしれない。このやり口はあまりにも執拗過ぎる」

「だが、高価なものだった可能性もあるだろう? こいつは他に金を盗まれていってる。金目のものと見て取れたから剥ぎ取っていったのかもしれない」

 フィオスはそう言った。

「そう考えることも可能だが……、だが、金銭を盗んでいった理由も同じ理由からだとは考えられないか?」

「どういうことです?」

「犯人は被害者の遺体からわざわざ腕輪を外していった。

 執拗なほどその顔に傷をつけていることを考慮して、快楽殺人を装ってまで犯人はこの死体が誰のものかを知られたくはなかったのだと仮定すると、この持ち去られた腕輪は被害者の身元を特定する何かだったと考えられる。

 同じように、強盗目的で盗まれたと見せかけて、金銭も被害者の特定につながるものだったとしたら?

 快楽殺人と強盗殺人に偽装して、この被害者の身元を隠し、その殺害動機をあいまいにした。真実から目を逸らさせるために……。

 何一つ、手がかりとなるような痕跡を残していかない犯人の周到さに、そういう作為的なものを私は感じるが……」

「ちょっと待てよ。高価で貴重な腕輪ならまだしも、盗まれた金がどうやって被害者の特定につながるんだ? 自分の名前を書いているわけでもあるまいし」

「じゃあ、逆に考えて所持していた金銭で相手の素性が分かる時はどんな時だと思う?」

「……尋常じゃない大金を持っていた場合とかですか? どこかの大富豪で……」

「それもある。だが、どこぞの大富豪が、一人でこんな人気のない寂れた路地裏に入るとは考えにくいし、それに服装からでもそういうのは分かるだろう。この被害者の着ている服はそれほど高価なものには見えない」

「じゃあ……」

「たとえば、この国では使われていない貨幣や紙幣を大量に持っていたとしたら?」

「あ!!」

「外国からこの街に来た人間、あるいは国外を行き来する人間、とは考えられないか?」

「貿易商とか旅商とか!?」

「……かも、しれない。まぁ、一つの可能性だが……」

「今は一年で一番、多くの行商人達がアレスに流れ込む時期です。その可能性は否定できない」

 ジュリアは考え込むようにしてから、また質問した。

「……ウィリアムの話によると、二人は被害者の悲鳴を聞いたと言ったよな」

「ああ」

「はい、確かに聞きました」

「……一度だけ?」

「ええ、そうです。断末魔の叫びだったのでしょう……」

「……」

 それを聞いて、ジュリアは眉をひそめた。

「二人が被害者の悲鳴を聞きつけてから、この遺体を発見するまでに、どのくらいの時間がかかった?」

「五分くらいかな。ここら辺はわりと複雑な道筋になってるし、建物に反響してあちこち跳ね返って聞こえたから、場所の特定が難しかったんだ。それに、人通りなんてほとんどない路地裏だから目撃者もいない。今、一応隊員使って探させてるところだけどな。あんまり期待しないほうがいいだろう。俺らと同じ悲鳴を聞いた者はいるかもしれないが……」

 ジュリアはフィオスの話に顔色を変えた。

「……それは少しおかしくないか?」

「おかしい?」

「二人が駆けつけた時には首を切り落とされて、もう事切れていたのだよな」

「……それが?」

「時間的に苦しいんじゃないかってことだ」

「金を盗んで、腕輪を外して、あとはずらかるだけだろう? 五分でも充分だと俺は思うが」

「よく、考えてみてくれ」

「何を?」

「この被害者はなぶり殺しにされている。あちこちもがいたような跡があるだろう。犯人の手から逃れようと、切りつけられながらも這いずり回っていたんだ。そして散々甚振られ、両目までも潰されて、たぶん最後に、首を切断されて死んだ」

 胸糞悪い犯人だと思いながら、あまりのむごたらしさに少なからず動揺し考えることを忘れていたキーンは、ジュリアの言葉にハッとした。

「だから、もうだめだと思った今わの際に最期の悲鳴を上げたんじゃないのか? そして、それを俺達が聞きつけて、駆けつけた時には死体だけが転がっていた。何の不満が残るんだよ」

「その悲鳴だ」

「へ?」

「二人とも一度しかその悲鳴を聞いてないと言ったよな?」

「ああ」

「その悲鳴は色んな意味で不自然じゃないか?」

「どこが?」

 訳が分からないというようなフィオスにキーンが口を挟んだ。

「フィオス、よく考えてみろ。被害者は最期に首を切り落とされる前に散々犯人に甚振られているんだ。まず第一に、悲鳴が一度しか聞こえないというのはおかしい」

 フィオスは、確かに、と顔をしかめて頷いた。

「だが、たまたま俺達の耳に届かなかったとも考えられるだろう? 俺達は被害者の男をあちこち探し回っていたんだ。そして、この路地裏付近に近づいて初めてその叫びを聞いた」

「まぁ、その可能性も否定できない。悲鳴が真実一度しか上げられなかったかどうかは、聞き込みをすれば分かることだろう」

 キーンの賛同に、フィオスは気をよくしてうんうんと頷いた。

「だが、まだある。第二に、私達の聞いた悲鳴が、本当に断末魔の悲鳴だったかということだ」

「どういう意味だ?」

「少将の言い分はこうだ。被害者は時間をかけてゆっくりなぶられ、痛みのためにあちこちでもがきながら、最後に首を落とされて死んだと。

 よく考えてみろよ、これだけあちこち切り落とされ切り刻まれて、既に大量の血を流している人間だ。出血の量は相当だろう。被害者は徐々に衰弱していったはずだ。いっそ早く殺してくれと懇願するほどにな。そんな人間が首を切断されようとする最後の最後に、俺たちの耳に届く範囲の声量で悲鳴を上げるなんてことが果たしてできるだろうか? そんな体力は既にその時点で残っていなかったと考える方が自然だ。

 何よりこの男は目も潰されている。自分がいつその首を落とされそうになるかなんて分からないんだよ。まぁ、目に関しては、首を落としてから潰したと考えられなくもないが、血を失いすぎて目の前がろくに見えなくなっていたと推測することは容易いだろう」

「そうだ。もし真実悲鳴が一度だけ上がったとしたなら、それはなぶり殺しに合う最初の一撃と考えるべきだ。

 悲鳴が一度しか上がらなかったのも、その後の悲鳴を犯人が抑えたと考えれば納得できる。

 被害者は最初の悲鳴は上げられても最期の叫びは上げられなかった。きっと、ほとんどもう死にかけの状態だっただろうからな」

 フィオスもその言葉にハッとした。

「じゃあ……」

「ああ、そう考えると二人が悲鳴を聞きつけた時点では、被害者はまだ生きていたはずなんだ。だがそうすると、どう考えたって五分では余裕がない。ここで時間に誤差が生じる」

「でも現に、悲鳴を聞いた俺達が駆けつけた時には既に死体だった。犯人の姿だって見ていない。……俺達が見逃してなければだが。犯人はその五分でやって見せたと考えるしかないだろう」

 フィオスの意見にキーンも顔を険しくして思案顔だ。

「そもそも、それがおかしいんじゃないか?」

 そんな二人にジュリアは言った。

「え?」

「犯人を、快楽殺人や強盗殺人を装って被害者の顔を分からなくし、その腕輪や財布の金銭を奪ってその身元を隠そうとするほど周到な人間だと考えるならば――、そんな簡単に第三者に聞こえてしまうような悲鳴を被害者に上げさせたりするものだろうか? いくら人通りがないからと言ってその声を誰かに聞きつけられる可能性を犯人が簡単に無視してしまうとは思えない。私だったら被害者の口を塞ぐか何かしてから犯行に移るだろう……」

「だが、現に俺達はその悲鳴を聞いている。……犯人は泣き叫ぶ声が好きな変態野郎で、一度だけその叫び声を途中で聞きたくなったとか……」

「百パーセントないとは言い切れないが、現実的じゃないな」

「じゃあ、何なんだよ!」

 フィオスはガシガシと髪の毛を掻きむしって言った。

 キーンがおもむろに口を開く。

「少将の言いたいことは、つまり、こういうことですか? 私達が悲鳴を聞いた時点では既に被害者は事切れていた……」

 コクリとジュリアは無言で頷いた。

「何言ってるんだ、さっきと矛盾しているじゃないか。悲鳴を上げた時点ではまだ生きてるはずなんだろ!?」

「……フィオス、今思ったんだが俺達が警庁から逃げ出した被害者を見失ってから悲鳴を聞きつけるまでの時間、優に三十分はたっているはずなんだ」

「……それが何だよ」

「つまり、その時間内に既に犯行は行われていたんじゃないかってことだ」

「なっ! でも最期の今わの時に、被害者があんな大きな悲鳴を上げるのは不可能だって、さっき……」

「ああ、不可能だ」

「はぁ!? じゃあ、あの悲鳴は何だって言うんだよ」

「だから、そもそも、犯人がそんな悲鳴を被害者に上げさせることを許すことが疑問だと、少将は言っただろう」

「じゃあ、誰の悲鳴だってんだ!!」

「少なくとも……被害者の悲鳴ではない。そうですよね?」

 キーンが確認の意味を込めてジュリアを見ると、ジュリアは頷いた。

「貴方方は男の声で悲鳴を聞き、その後に殺されている男を発見して、その悲鳴がその男のものだと信じた。自己暗示にかかったんだ。そもそも二人とも被害者の声を知らない。そこが盲点だった」

 だが、フィオスは思いっきり顔をしかめた。

「……わけが分からん。じゃあ、いったいそれは誰の悲鳴で、その悲鳴を上げた人間はどこに行ったんだ」

「もしかしたら、第一発見者かもしれないだろ?」

「ああ、そうか。なるほど、それで怖くなって逃げたってことね。……当然だな。道端にこんなのが転がってたら誰だって逃げ出す。――じゃあ、とりあえずそいつを探してみればいいのか」

 その時ジュリアがぽつりと零した。

「こういうことは考えられないかな?」

 フィオスとキーンは顔を向けた。

「悲鳴を上げたのは、被害者を殺害した犯人だった」

「……な!?」

「……何故?」

「……二人にこの被害者を発見してもらいたかったから……」

「だから何のために!!」

「被害者の身元まで分からなくさせて隠しているのに、わざわざ犯人が自分から私達に知らせようとする、その理由は何ですか?」

「……何らかの目くらまし……」

「目くらまし?」

 フィオスとキーンは互いの顔を見合わせた。

 先ほどからジュリアの推理には舌を巻くが、付いてゆけなくなってきている。

 ジュリアはこの時何故かドリスのことを思い出していた。

 散々振り回してくれた張本人は、武闘大会に出て御前試合の召喚を受けていた。そして、彼は婦女誘拐と恐喝未遂の疑いのある犯人の取調べを行うよう請求してきた。散々、攪乱(かくらん)されたのだ、補佐であり相棒でもあるあの男に……。

 そして、ふと思った。ドリスが自分に犯人の取調べを頼んだのは、彼が犯人達に取り調べる必要性を感じていたから、だけではない。

 彼は自分が御前試合に召喚されて城にいる間、ジュリアには来てもらいたくなかった。だから、他の公正な用事を押し付けた。彼の思惑自体は全く公正なものではなかったが……。

(……ドリスは私を足止めしておきたかった……)

 そしてジュリアはバッと顔を上げた。

「まさかっ!!」

「ジュリアッ!?」「少将!?」

 急に顔を上げたかと思ったら、こちらなど見向きもせずに走り出したジュリアにフィオスとキーンは呆気に取られる。

「恐喝未遂関連の被疑者たちは今、警庁内の留置場だよなッ!!」

 何事かと慌てて追いかけるその背からかけられたその問いに、

「それが何だって!?」

「そうですが……少将!!」

「すまない!! ここは二人に任せた。俺は先に警庁へ行く!!」

 路地の入り口に来ると、慌ててウィリアム少年が繋いでおいた馬の手綱をジュリアに渡した。

「ありがとう」

 きちんと礼を言うことを忘れずに、ジュリアは一瞬で馬上の人となると、華麗とも言える速やかさで、駆け去って行った。


「な、なんなんだよ……」

 後には呆然としたようなキーンとフィオス、ウィリアム少年達王都警備隊の面々が残された。

豊頬【ほうきょう】…肉付きのよい、ふっくらとした頬。

久闊を叙す【きゅうかつをじょす】…久しぶりに会って話をする。

寸鉄人を殺す【すんてつひとをころす】…短く鋭い言葉で、人の急所をぐさりと突くこと。

断末魔【だんまつま】…息を引き取る間際の苦痛。

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