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BLOODY CHAIN Ⅰ  作者:
第一章 黒衣の訪問者
12/87

11 決勝戦・前編

「これより、決勝を執り行う。両者前へ」

 審判の声が響いた。

「待ってました!!」

「がんばって、ジュークさまぁ!!」

 熱気を帯びた声援があちこちで上がる。

「今日は陛下が御観覧なされている。お互い、善戦健闘するよう」

 その言葉で、どっと会場は盛り上がった。耳を(ろう)するような歓声にジュークは両手で耳を塞いだ。

「国王様――――!!」

「ユリウス国王陛下~!!」

 選手よりも熱烈な声援が王に飛ぶ。特別席に座る国王は自身の国民に手を振って答えていた。

 そのかつてない盛り上がりにサントは泰然(たいぜん)としていた。

 外野の声は耳には残らない。

 胸は不思議なほどに静かだ。

 どれだけの人間がいようと、サントにとっては露ほどの影響もなかった。

 自分の目的はただ一人。あの人に会うためだけに、今この場に立っている。

 国王の座す、その遥か高みを見上げていた。

 民に向かって笑みを浮かべ手を振っていた王が、その視線に気が付いたのか、不意にサントを見た。

 視線が交錯する一瞬。

 王は確かに口の端を上げて笑った。


「それにしてもえらい人気だな。俺への歓声なんか吹き飛ばされちまった」

 ジュークの言葉に、サントは向き直った。

「……あいつらか」

 目の前にはなかなか屈強そうな男が二人、手を腰にあてがって立っている。一人は中肉中背で、腰には二振りの剣が差さっていた。両刀使いであるらしい。もう一人は長身で、裾の長いレザーコートに、大振りの段平(だんびら)を持ち肩で担ぎ上げるように支えていた。その目には人を見下すような色がある。

「どうやら、訊くまでもなさそうだな、あの顔は。さっさと、シャルルの居場所を吐かせちまおう」


「はじめっ!!」

 審判の声で、試合が始まる。

「どっちをやる」

 サントの問いにジュークは答えた。

「俺は背の高い方な。お前は二刀使いを頼む」

 そう言ったかと思うと、あろうことか、ジュークは持っていた剣を鞘から抜くこともせず、それを放り投げた。

 己の腕の中に落ちてきたそれを危うくキャッチした審判は、怪訝な目でジュークを見る。観客席はざわめき、客席にいるダリとボイルは、はらはらと成り行きを見つめた。

 対戦者の男達は笑った。

「おいおい、いったいどういうつもりなんだい? 国王陛下が見ていらっしゃるってのに試合放棄か?」

 これ以上面白いことはないというような愉悦の表情を隠さずに、枯草カーキ色のコートを羽織った男は歪んだ笑みを浮かべた。眼窩(がんか)の落ち(くぼ)んだ中で、ぎらぎらと、(くら)く冷たい瞳が底光りしている。やけに目つきの悪い男だ。

「まさか、そんな無礼なことはできないだろう。ハンデだよ、ハンデ。素手で相手してやる。別にルール違反には当たらないだろう?」

 そう言ってジュークは審判の顔を(うかが)った。

「それは構わないが……」

 少々、唖然としたように審判が許可したと同時だった。コートの男は距離を一気に詰め、ジュークへと襲い掛かる。

「ばかがっ!! 素手でどうやって相手をするつもりだ!」

「姑息な野郎には格の違いを見せつけてやるのが一番だと思ってな。上等のかませ犬になってもらおうか」

 そう言いながらもジュークは、最初の一振りを横跳びにかわし、そのままくるりと体を回転させる。肩透かしを食らって前方につんのめった男の後ろを取ると、男の背に向かって言った。

「シャルルは何処だ?」

「何のことだか分からんな」

 唇を歪めてにやりと笑った男は、振り向きざまに刀を薙ぎ払う。相手が武器を持っていないことが分かっていれば何も怖くない。

 だが、ジュークはその動きを最初から読んでいたかのように、難なく白刃(はくじん)が届かない範囲へと逃がれた。

「ちっ」

「馬鹿はお前だ。自分の命と金と、どっちを取るんだ?」

「何のことだ?」

「降参しろ」

「笑いばなしだなっ!!」

 男はジュークを狙って刀を振り回す。だが、正確な体捌きに不思議なほどかすりもしない。苛立ちを募らせた男は力任せな攻撃を続けた。振り下ろした刃が、勢い余って地面にぶつかりガキンと鈍い音を立てた時、ジュークは相手の体側たいそくに近づき、刀を持つ男の手首を押さえ込んだ。


†††


「ほぉ」

 国王は、観覧席からその様子を値踏みするような視線で見下ろしながら顎鬚をさすった。

(なるほど。確かに手練(てだれ)だ)

 一連の動きに無駄がない。

 納得の感嘆を漏らすと、もう一人の黒衣を見やった。


†††


「どれだけすばしっこくても、俺の二刀流にはかなわねぇ。よけれるもんなよけてみなっ!」

 地を蹴って飛び込んできた相手の一閃を、サントは体をひねってよけた。かと思ったら、もう一振りの刃がサントを襲う。

(!)

 サントはとっさに後方に大きく跳び退(すさ)った。

「……」

「無口な野郎だ。攻守を兼ねる俺の撃剣に言葉もねえかっ! 暑苦しい格好しやがって、俺がその身包み剥いでやる!」

 多弁な相手に対して、サントは終始無言でその剣をかわし続けた。刃の描く軌跡を目で追う。

 男の言葉は決して驕りではなかった。攻撃が最大の防御、という言葉どおりの事を実行している。ここまで勝ちあがって来ただけはあるようだ。

 だが。

 負ける訳にはいかない。

 ちらりと、サントは観覧席の国王を見遣った。

 その時、思いがけず、鳶色の瞳と視線がぶつかる。

 予期せぬそれに、サントの時間はきれいに静止した。

 王の目が驚いたように見開かれる様がまるでスローモーションのように、網膜の上に再生される。

「よそ見してると終わっちまうぞ!! どうせならもっと楽しませてくれよなっ!!」

「!」

 その言葉と共に白刃がフードの先を掠めた。

 サントはとっさに距離をとったが、虚を衝かれたことで崩れたバランスは、地面に手をつけるという隙を生む。

 だが、体勢を崩したサントに対して、男はニヤニヤと笑いながらそれを眺めているだけだった。

 追撃のチャンスを棒に振った男は、どうやら一気に攻め落とすよりじわじわと甚振り倒す方を選んだらしい。あっさり勝ってしまっては、八百長ではないかと疑われる可能性もあるからだろう。

 男は自分が負けるとは欠片も思っていないようだった。

 そうだろう。彼らは、とっておきの切り札を隠し持っているのだから。戦況が劣勢となれば、いつそれをこれみよがしにちらつかせてくるか分からない。だが、今でもその瞳は雄弁に告げていた。

 〝お前達は勝てはしない〟〝あの女がどうなってもいいのか〟

 サントは明るく笑うシャルルの顔を脳裏に思い浮かべた。

(だが、勝つ訳にもいかない)

「早く立てよ。腰を抜かした奴を斬ってもつまらねぇだろ。そう何度も見逃してはやらないぜ」

 サントはゆっくりと立ち上がった。男は馬鹿にしたように続ける。

「もっと気張ってくれよ。あんたがそんなじゃ、あの気の強そうなかわい子ちゃんもがっかりだぜ、――サントさん?」

 フードの下できらりと瞳が炎を宿したことに、目の前で喋る男は気が付かなかった。


†††


「ギブアップしろ」

 接近した耳元で、審判には聴こえないようにジュークはささやいた。

「ふざけるな」

 己の手首を抑え続ける手を男は強引に振り払おうとする。

 だが、動かない。

「っ!?」

 肉薄したまま、ジュークは仮面の下で超然とした笑みを浮かべている。

「俺が優しい内にギブアップした方がいいぜ。こっちはお前を倒せないからな。シャルルの居場所を言え。どうせ、近くにいるんだろ?」

 ジュークのその言葉に、男は自分の優位を思い出した。

「そうだ。あの女がこっちの手にある内は、お前は俺を倒せない。女に傷をつけたいか?」

 ピクリと反応を示した彼に男は(わら)った。声を低めながら、加虐的な調子で続ける。

「あんな柔らかい肌に一生消えない醜い痕なんてつけたくないだろう? 安心しろよ。これが済んだら無事に帰してやる。髪はまあ、元に戻るには多少時間がかかるだろうが、男どものおもちゃにされたあげく命までとられてどぶ川に捨てられてよりは何倍もマシさ。お前の返事一つでお前の女はきれいな体でお前の所に戻れるんだ。お前だって女の恨みなんて買いたくないだろう?」

 敵は躊躇するはずだ。

 男はそう思った。

 そして案に相違せず、ジュークは(いまし)めていた手を離した。

 男は目を細める。

 だが、次の瞬間に起こった事を彼は知覚できなかった。

「つぅっ!!」

 柄を握り締めていた右手に衝撃が走った。

 男の持っていた刀は弧を描いて飛び、ジュークの足元に落ちる。

 ジュークはそれをゆっくりとした動作で拾い上げると、己の手を押えて呆然としている男の前でしげしげと眺めた。

 へぇ、青龍刀か、いい代物だな。そんな事を呟いたかと思うと、くるりと回して、光る刃を男の左胸に差し向ける。

「もう一回言ってくれる?」

 にっこり笑ってジュークは言った。

「なっ……!!?」

 自分の得物(えもの)がいつの間にか自分の手の中から消失し、あろうことかその刃が自分の胸元に向けられている。一瞬の出来事に、男は何が起こったのか理解できなかった。

 ただ驚愕に目を見張る。刀を持っていたはずの右手がジンジンと痛むのは、ジュークの蹴り上げた足が当たったからだ。

「言っただろ? 格の違いを教えてやるってな。金儲けがしたいなら、相手を見ろ。喧嘩の売り方もなっちゃいない。火に油を注いだだけだな。せめて、敵の力量を推し量る位の頭はあってもよかったんじゃないか?」

 男の額に汗の粒が浮かぶ。乾く唇を舌で舐めた。

「……全裸で土左衛門(どざえもん)になったてめえの女が見たいのか? 俺に勝ったりしたら、お前の女は一生戻って来ないんだぜ」

「……分かってないな。命と金とどっちをとるんだ? 命あっての物種(ものだね)だ。金もまた然りだぜ」

 絶えず軽い調子で笑っていた口元が、スッと引っ込むと、低く、暗い声が零れた。


「――殺すぞ」


 男の背中にゾクリと粟立つ気配が走った。

「……故意に殺すことはこの大会では……認められていないはずだ」

 男の額から汗が流れる。

「だ、か、ら、早く教えて」

「……俺に何かあったら、女は死ぬ」

「呆れた馬鹿だな。お前は俺には勝てない。いいか、命が惜しければ降参しろ。お前達が自主的に降参するんだ」

「……嫌だと言ったら?」

「……ひとつ忠告してやる。あの女は別に俺の女じゃない。確かにいい女だったが、たった一晩の相手だ。そんな女、この街探せばごまんといるぜ。女に恨まれるのなんざ日常茶飯事だ」

「女はどうなってもいいって言うのか。薄情な野郎だな」

「……そうは言ってない。だが、降参するつもりがないならそれも仕方ないかもな。せめて冥土の土産にお前を確実に殺してやるよ」

「……」

 男は押し黙る。

 シャルルの人質は意味がない、そうほのめかしても、まだ男は考えあぐねているようだった。

 ジュークは相手の喉元に刃を据えると、声色を変えて更に言った。

「お前が俺の人質だ。自分の命が惜しければ、さっさと降参してシャルルの居場所を教えろ」

 仮面の下の目は少しも笑っていないだろうことに、対峙する男も気が付いていた。

 ――強い

 男は思った。とても、正攻法でやって勝てる相手ではない。

 だが、こちらも負ける訳にはいかないのだ。

 なんとしても、勝たなくては。

 その為には手段を選ぶ必要はない。

「……分かった。言うから、それを下ろしてくれ」

 背中に冷や汗をかきながら、男は降参の印に両手を挙げた。

 ジュークは片眉を上げると、刀の穂先をほんの少しだけ下げる。

 その切っ先を男は目で追った。喉元から嫌な汗がにじみ出る。

「……女はあんたから見て斜め右後ろの観客席の中だ」

「本当か」

 頷く相手の顔を油断無く(うかが)うと、ジュークは刀を下ろして、視線を客席へと移した。シャルルの姿を求めて、視線がさまよう。

 その時だった。

「馬鹿がっ!」

「!!」

 ばさりという音がして、声と同時にとっさに振り向けば、枯草色の〝何か〟が空中でジュークの視界を覆っていた。

 その奇襲に、反射的にジュークはその遮蔽物(しゃへいぶつ)を下から切り上げていた。

 スパンッという快音と共に見事な切れ味で、レザーコートが両断される。

 だが、その影から突如現れた細身の長剣に対して、ジュークは無防備だった。頭上に振り切ってしまった刀では間に合わない。胴ががら空きだ。

 舌打ちしながら後方へと跳び退る。が、思いの外、その衝きは伸びを見せた。

(くっ……!)

 ビッと音を立てて、黒衣の外套が破かれる。

 刃はジュークの右腕を掠めていった。鮮血が飛び、傷口から血がにじみだす。

「……やってくれる」

 完全な油断だ。衣服が破れ、ジュークの浅黒い肌を傷つけていた。

「まさかもう一振り隠し持ってるなんて、やるじゃねぇか。だが……、浅いぜ」

 残念だったな、と裂けた黒衣の外套から覗く傷口を見せてやると、男は勝ち誇るかのように顔を歪めて笑った。

「俺のお気に入りのコートが、真っ二つか。まぁ、いい。悪いが、降参はしないことにした。女の命が惜しくないって言うんなら仕方ない。自力でお前を倒すだけだ。かわいそうに。もうあの女は二度と帰ってこない」

 男は隠し持っていた剣の切っ先をジュークに向け、腕を伸ばした。独特の構えを保ったまま、剣で距離を取りながらまるで挑発するかのように先端で小さな円を描く。

「……俺に勝てると思ってるのか?」

「お前は自分が負けないと思ってるのか?」

「……」

 ジュークは仮面の下から、男を観察した。

 まだどこか余裕がありそうに口元を歪めているが、額には大粒の汗が浮かんでいる。相手の力量が読めない馬鹿には見えない。自分のかなう相手ではないと理解したはずだ。

 ジュークは心中で舌打ちしていた。おかしい、とも思い始めている。ここまで脅しているのに、諦める様子がない。

 力の差は歴然の筈だ。たった今の不意打ちでさえ、男は失敗している。その時点で勝てる見込みは完全になくなったと言っていい。

 自分の剣は相手には通用しない、それが理解できないほどの馬鹿でないなら、とっくにギブアップしていてもいい頃だった。

 相手が戦利金目的だということは分かっている。普通なら命を賭してまで、金儲けしようとは思わない。それでも降参しようとしないのは……、


①よっぽどの守銭奴

②どうしても金が入用

③単に往生際の悪い性格

④バカ


 この四つを頭の中に思い浮かべてジュークは首をひねった。

 あるいは……

(ただの金儲けじゃねぇってか?) 


⑤他にどうしても負けられない理由がある


 ジュークは刃の掠った右腕をさすりながら独りごちた。ちらりとサントの方を見遣る。

「お前の相棒は防戦一方だな。いくらもしねぇ内にレオンにやられるぜ。あいつの剣捌きは一級品だ」

 ジュークの視線に気が付き男は言った。

 両刀使いの繰り出す剣に、確かにサントは攻撃の一手を加えられないでいる。

 だが、それは問題ではない。苦戦しているように見える、それが重要なのだ。

 客席に視線を走らせてから、ジュークはフードの上から後頭部を掻くと、溜息をついた。

「しょうがねぇな。来いよ。そこまで言うなら相手になってやる」

 ジュークは相手から奪った青龍刀を片手で構える。

 それを見て男は意味深に薄く笑んだ。

聾する【ろうする】…耳が聞こえなくなる。耳を聞こえなくする。

体側【たいそく】…身体の側面。

土左衛門【どざえもん】…膨れ上がった溺死者の遺体。

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