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BLOODY CHAIN Ⅰ  作者:
第一章 黒衣の訪問者
11/87

10 奸計

「きゃあ、ジュークさんってば、ほんとステキー」

「アリス、君こそ素敵だよ。君の前じゃ、宮殿の花園に咲き誇る花々でさえかすんで見える」

「あら、それじゃあ私は?」

「シラー、貴女の髪は、夜露に濡れる漆黒の闇のようにミステリアスで、美しい」

「まあ、お上手ね」

「ずるいわ、ジューク様、あたしは、あたしは!?」

「君の頬は赤く色づくリンゴのように愛らしいよ、サンドラ。食べてしまいたいくらいだ」

 そう言うと、男はサンドラの頬に音を立てて口付けした。女達の間で嬌声(きょうせい)と嫉妬の声が飛び交う。

 一人の男を何人もの女達が囲んでいた。男は闇色のマントに身を包み、シンプルな白い仮面を身に付けて、すっかりその役にはまっているようだった。女達は男を囲んでしきりにもてはやし、男は女の肩に馴れ馴れしく手を回す。

 それを、白い目で見ている人間がいた。

「……騙されてる」

「よくあんな恥ずかしい台詞臆面もなく言えるな。ある意味尊敬する……」

「……」

 ボイルの店、〝大男におまかせ〟一階のバーだった。店の中は既に一人の男を巡ってのハーレム状態だ。


 サントとジュークは準決勝を終え、決勝戦を明日に控えていた。今日の準決勝でも、二人は難なく圧勝した。多分、明日の優勝は決まったも同然だろう。

 一気に知名度を上げた二人は、(ちまた)の噂でもてはやされるほどの人気者に成り上がっていた。特に、ジュークの周りには女が絶えない。彼は常に黒い外套と仮面を身に付け、その奇抜な服装と巧みな話術で女性陣を(とりこ)にしていた。素顔を見せないところがまた、謎めいて魅力的らしい。

 確かに仮面をしたジュークは色気が落ちるどころか、どことなく品格まで加わって、いっそう男を上げているように見える。仮面の下から覗く漆瞳(しつどう)とその声が、ことさら女達を夢中にさせていた。『その眼に殺されてしまうわ』とは仕立て屋を営むシラー婦人の、『耳元でささやかれるだけで失神しちゃう』とは、パン屋の娘アリス嬢の言葉である。

「なぁ、聞いたか?」

「何をだ?」

 ダリの質問にボイルも質問で返した。二人とも少々羨ましげに、離れた場所からジューク達の一団を見ている。

「どうやら、明日の決勝は国王が見に来るって、話だ」

「何? 本当か?」

「あくまで噂だけどな。でも、ほんとに御前試合に召喚されちまうかもな。ジュークの一人勝ちってのは面白くねぇけど、ここまでくればやっぱ御前試合まで行って欲しいぜ。……ああ、やっぱ、俺もジューク達に賭けときゃよかった」 

 悔しげに、ダリはぐいっとジョッキの中の麦酒(ビール)をあおった。

「あんなに、強かったなんて。わざと実力を隠しておくなんて反則だ」

「まあな、今回はあいつにしてやられたってことだ。でもいいじゃねぇか。知り合いが御前試合に召喚されたっていうなら、俺達だって鼻が高……」

 その時、ガンッと勢いよく何かを打ち付けるような音が響いた。

 ダリとボイルはびっくりして振り返る。

 麦酒の入っていた筈の大ジョッキが、カウンターの上で震えていた。その、取っ手を握っているのはシャルルである。ジョッキの中は既に空で、どうやらカウンターの上に叩きつけたものらしい。うつむく横顔の、長い前髪の下からじろりと据わった目が睨みつけていた。

「……」

 ――怖い

「あんな軟派男褒めるんじゃないわよっ!!」

 別に褒めていたつもりはないと二人は思ったが、今は逆らわない方が賢明だ。早々に謝って口を閉ざした。

 シャルルの機嫌は最悪である。彼女の不機嫌の理由は尋ねるまでもなかった。

「シャルルちゃんもこっち来て一緒に飲まなーい?」

 打って変わって上機嫌な声が上がると、彼女のこめかみがピクリと痙攣した。

 ダリとボイルは青ざめる。

 カウンターの上で大ジョッキを握り締めながら、無言のままうつむくシャルルに、無謀にもジュークは近寄った。

「何か、機嫌悪そうね? あ、分かった。もしかして……」

 はらはらしながら、ダリとボイルは見守った。

「あの日?」

 ――バカッ

 それはダリとボイルの無言の制止だ。言葉にして諫めるような親切心は彼らにはない。下手に介入してとばっちりを受けるのはごめんだ。我が身は誰だってかわいい。

「ジューク様、そんな女ほっときましょうよ」

 女達の声がシャルルの神経を更に逆なでする。

 シャルルは無言で立ち上がると、ジュークに満面の笑みを向けた。か、と思うと、彼女の脚が彼の股間めがけて跳ね上がる。


「………!!!!」


 その凄惨な一撃にダリとボイルは盛大に顔を歪めた。声にならなかった悲鳴が耳に痛い。胸に突き刺さるようだ。

 ――あ コレは死んだな

 つい自分の大切な箇所トコロに手がいってしまうのは、どうしようもない男の(さが)である。その衝撃を想像しただけで、脂汗が出てきそうだ。

「御機嫌よう」

 にっこり笑って、シャルルは足音荒く店を後にした。

「……かっこわるすぎるぜ、ジューク」

 ダリの呟きが、股間を押えながら膝を落として悶絶しているジュークの頭に虚しく響いた。




 シャルルは憤然と夜道を突き進んでいた。自然、悪態が口を()いて出る。

「まったく、あの最低最悪の女ったらし! 私をあんな女たちと一緒にすんじゃないってのよっ!!」

 武闘大会で一勝をあげたときは確かに見直した。だが、その後がいけなかった。

 ジュークは女に対して果てしなく軽い男だった。両手に女をはべらかせながらふんぞり返って、少しも悪びれる様子がない。考えるだけでムカムカしてくるのは、シャルルにも止めようがなかった。

「あの、フニャチン野郎!!」

 そう、叫んだ時だ。

 後ろから突如、にゅっと伸びてきた手がシャルルの口を塞いだ。

「!?」

 訳が分からずシャルルは両手を振り回す。

「んむむっ――な、に……よっ……!!?」

「大人しくしてれば、悪いようにしねぇよ」

 男の声がそう言ったかと思うと、腹部に入った一撃でシャルルは気を失った。


 その晩、シャルルがボイルの店に戻ってくることはなかった。






 決勝戦はあと一時間に迫っていた。

「てて、昨日はひどい目に合ったぜ」

 会場のトイレから戻ってきたジュークは言った。

 昨夜、うんうん唸りながら意識を失い、気が付いた時にはベッドの上で寝かされていた。

 ――使い物にならなくなったらどうしよう

 そんな下世話な心配はどうやら無用だったようだ。よかった、と安堵した表情に懲りた様子は見られない。

 サントは控え室にある椅子に座ることもなく立ったまま、沈黙を守っていた。

「……今日は、国王が見に来るってな」

「……」

 ジュークの言葉にも返事ひとつ返さない。

 緊張してるのかとも思ったが、目の前の人物はそんな感情とは無縁のように思える。もともと無口で、必要以上の事を喋ろうとはしないのだ。

 もしかしてこの前の一件で警戒されてしまったのかもしれない、とそう思案していた時、サントが急に振り返ったのでジュークはギクリと身を竦めた。

「……なんだ?」

「誰か来る」

「え?」

 眉をひそめ訊き返そうとした時、ようやくジュークの耳にもそれらしい物音が聞こえてきた。

 かなり慌てているのか、そのリズムは荒く騒々しい。それは確実に、ジューク達のいる部屋へ近づいてきている。バンッと扉が開いた時、果たして現れたのは、〝大男におまかせ〟店主、ボイルのおやっさんだった。後ろにはダリの姿も見える。

「おっ、おい、お前ら大変だ! シャルルがっ……!!」

「シャルルちゃんがどうしたって?」

「いいから、コレ見てくれよっ!!」

 ダリはボイルが手に握っていた紙切れをひったくると、ジュークとサントの二人に見せるためにバンッと机上に叩きつけた。そこにはこう書かれている。


『女は預かった。無事に帰して欲しければ、決勝戦には出場するな』


「……分かりやすくて結構なこった。脅迫状ってやつか?」

暢気(のんき)なこと言ってる場合か! お前が昨日シャルルを怒らせたりするから!! 店を出てった後でさらわれたんだ、きっと」

「落ち着けよ。どこでこれを?」

「今朝、気が付いたらうちの店の前に……」

「……ふぅん。ここに書いてある「女」がシャルルだっていう確証は?」

 これを見てくれ、と言ってボイルが慌てて取り出したのは白い紙の包みだった。

「?」

 中を開けてみると、見覚えのある長い赤茶の髪が一房でてくる。

 ジュークはすっと目の色を変えた。

「昨夜出て行ったきり、ずっと見かけていないし、シャルルはうちで住み込みで働いてるんだ。何も言わずに姿をくらますとは思えない。店の前にあったコレが何よりの証拠だ」

「……なるほど。ただのイタズラじゃあ、なさそうだ。他に心当たりは?」

「……昨日の夜、闇討ちにあった」

 その言葉に、えっ、とダリとボイルはサントを見る。

「『明日の決勝戦には出るな』とか『明日は負けろ』と、言っていた。どうやら怪我をさせて今日の決勝を辞退させたかったみたいだが」

「怪我はしてないのか?」

 ボイルは心配して尋ねたが、サントは頷いてそれに答えた。何て汚ねぇ奴らだ!! とそう吐き捨てたのはダリだ。

「捕まえなかったのか?」

 ジュークは一人冷静にそう尋ねた。

「面倒だったからまいた」

「何人だ?」

「十はいたな」

「他に何か言ってなかったか?」

「……『悪く思うな、コレも金儲けのためだ』」

 サントは昨夜言われた台詞をそのまま繰返す。

 ジュークは面倒くさそうに頭を掻いた。

「やっぱ、賭け試合の参加者か」

「八百長で賭け事するなんて許せねぇ」

 ダリは吐き捨てる。

「どうするんだ?」

「……まぁ、なんとかするさ」

「なんとかって……」

「相手の出方を待つしかない」

「出方を待つ?」

「このまま俺達が試合に出なかったところで、シャルルが帰ってくるという保証もなし。金儲けのために不正を行ったとばれれば、この国の騎士さんたちは黙っちゃいない。となれば、最悪、口封じに殺される可能性だってある。相手が紳士ならいいが、丁寧に髪の毛まで送りつけてくるような奴らだ。とにかく、このまま出場辞退をする訳にはいかない。それこそ相手の思う壺だろう」

「大丈夫なのか?」

「あっちも金が欲しいんであって、個人的な恨みはないはずだ。俺達が出たところで、すぐにシャルルに危害を加えるような真似はしないだろう。要は俺達が試合に負ければいいんだからな。忠告を無視したなら、もう一度何らかの動きを見せる。奴らの目的は大会に優勝して、掛け金を手に入れることだ」

「……俺達にできることは?」

 ジュークは首を振った。

「下手な詮索はやめといたほうがいい。相手が接触してくる可能性もある。怪我したくなけりゃじっとしてることだな。それと、このことは誰にも言うな」

 え、と目を見開いたのはダリとボイルだ。

「大会管理をしてる騎士様に言った方が……」

「大事にはしないほうがいいだろう。奴らの裏をかかなきゃ意味がない。試合進行が遅れたりしたら敵も感づく。シャルルの身の安全が第一だ。居場所も分かっていない内から騒ぐべきじゃない」

 俺に考えがあるからお前達はおとなしく客席で観戦してろ、そう説得されてしぶしぶ二人は戻って行った。

「で?」

 沈黙を守っていたサントが口を開いた。

「ん?」

「どうするつもりだ」

「直接訊くしかないだろ?」

「対戦相手にか?」

「そゆこと。お前はどっちか一人をひきつけといてくれればいい。ここまで来て負ける訳にもいかねぇだろ? お前の会いたがってた国王も見に来るってのに」

「……」

「力でものを言わせればいいだけのことだ。俺達二人で十分事足りる」

「……関与しないところだったら?」

「訊けば分かる。それにまず間違いないだろう。この紙切れ一枚と髪の毛だけじゃ、押しが弱い。試合中に、吹っかけてくる可能性が高いと考えていい。こういう場合、賭けた人間と賭けられた人間は結託していることが多いしな」

 サントは黙ってジュークを見る。ジュークは首を竦めると目線で、何だ?と尋ねた。

「なんでも」

 サントは声に出してそう言うと目を逸らした。

 ――力でものを言わせればいいだけのこと

 サントは黒衣の中で、そっと自身の両手を握り締めた。


†††


「あいつら、出てくるみたいだな」

「忠告を無視しやがって。どうします?」

「……俺達は何が何でも勝たなくてはならない。今日は国王陛下もお出ましだというしな。アピールするかつてないチャンスだ。それに、こっちには人質がいるだろ。壇上で脅してやればいいだけのこと。相手も強気には出られないはずだ。どうしたって、躊躇する」

「でも舐めてかからない方がいいですね。もう一人の方の闇討ちも失敗したし……」

「何だって? 本当か?」

「はい、傷ひとつ負わせる事できなかったって……」

 フンと、男は鼻を鳴らした。

「まったく、情けない奴らだ。まぁいいさ。これから存分に相手をしてやろう」

 そう言うと男は丈の長いコートを羽織ってにやりと笑った。

奸計【かんけい】…わるだくみ。

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