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外治叔父さん

作者: 桜雲めぢろ
掲載日:2026/07/14

虫が出てきます。苦手な方はご注意をば。


 邵∬動闖ッ村に住んでいた、外治叔父(げじおじ)さんの話です。


叔父さんはお盆になると必ずうちに遊びに来ていた母方の親戚の一人で、当時まだ小さかった私の遊び相手になる等、よくお守りを引き受けてくれていたそうです。

でも、私が中学に上がった頃から急にぱったりと来なくなりました。

 家族に訳を聞いても教えてもらえず、私自身も忙しく日々を過ごしているうちに叔父さんの事を段々と忘れていきました。


 でも、ある年のお盆に、一度だけ。

 久し振りにうちへ遊びに来てくれました。


 あまり年を取った風には見えず、小さい頃によく見ていたままの顔つきだったのですぐに思い出せました。

 でも叔父さんが来た事に気付いたのは私だけで、家族の皆には見えていないようでした。


「仕方ないよ。おじさんはもう死んでるから」


 気付かないのは当たり前だよ。

 そう言って笑う叔父さんがあんまり寂しそうだったので何とかしてあげたかったのですが、父や母に訳を話してあげると言っても叔父さん本人に強く止められました。私が何度『うまく説明するから』と食い下がっても、『死んだ人が家に来てるなんて気味が悪いだろうし怖がらせても悪いから』の一点張りで。


「美香ちゃんが気付いてくれただけで嬉しいから、いいよいいよ」


 私は納得がいきませんでしたが、叔父さんがそう言うならと渋々言わずにおきました。


 叔父さんはその年のお盆の間は、ずっとうちでゆっくりくつろいでいました。

自分の家に帰っても、誰も入れてくれないのだそうです。


 お盆の時期にはお仏壇の近くに迎え火の提灯を置いたり、キュウリやナスに箸を刺して作る精霊馬などを飾る、という決まり事は、当時既に祖母から聞かされて知っていました。


 多くの家ではご先祖様を迎える支度がなされているものだけど、叔父さんの家や叔父さんの兄弟の家では、叔父さんを迎え入れる為の用意がされていないのだそうです。

 叔父さんも、兄弟のお嫁さんや子供達の顔だけでも見たいから家の近くまでは行くそうですが、家を囲む塀の四隅にお塩が盛ってあるせいで線が引かれていて、その線の中には入れないのだそう。


 我が家では、お盆になると祖母が毎年提灯を仏壇の両脇に飾っています。

その灯りを頼りにここへ来てみたら美香ちゃんが一番に気付いてくれたんだ、と、叔父さんは嬉しそうにそう言って話を締めました。


 誰からも放っておかれている叔父さんが、私は気の毒で仕方ありませんでした。

 当時まだ幼かった私は友達ともよく喧嘩して、その翌日は口を利いてもらえずずっと無視をされることもあったので、寂しいって気持ちはよく分かるつもりでした。


 でも叔父さんが『自分が来ていることは内緒にして』と言う以上、私が勝手に騒ぐわけにもいきません。

 せめて、と思った私は、叔父さんの好きな料理を聞いてご飯の献立にリクエストしたり、祖父の分と一緒にこっそりお仏壇に供えてあげたりしていました。


 そうして過ごしているうちに、叔父さんが帰らなきゃいけないと話していた日は、あっという間に訪れました。


「明日、美香ちゃんが起きる頃には、もう叔父さんはいないからね」


 叔父さんはまるで最後の挨拶のように言いました。

 ありがとうありがとう、とお礼も何度か言われました。


 その日を過ぎたら叔父さんはまた一人ぼっちになってしまう。

 名残惜しかった私は、叔父さんが通ってきたというお仏壇のある和室に布団を敷いてもらい、そこで眠りにつきました。



 二階にある自室と違って一階の仏間はとても涼しく、すぐに寝付けました。


 でも、かさこそという乾いた物音が近くでずっと聞こえている気がして怖くて、途中で目が覚めてしまいました。


 初めは祖母がトイレに起きたのかと思いました。普段も、夜更かししている日とか偶に一階の廊下をぎしぎしと歩く音が聞こえる時があったので。

 それでも、どう聞いても足音とは種類が違うし、しかも恐ろしいことに、仏間のどこかで鳴っているような気がしてならないのです。


 豆電球だけが小さく光る暗い室内でいくら目を凝らしても、時計の音が聞こえるだけで、誰かが入ってきた気配はありません。

 暗闇に目が慣れてくると、洋服箪笥の引き出しが一ヵ所だけ細く開いているらしいことが何となく分かりました。

 そしての中へ、『大きくて長細い影』が、こそこそと入っていくところも偶々見えたのです。


 虫だ。

 と、私はすぐにその正体を突き止めました。


 祖父母が昔に建てた家は、あちこち隙間だらけだからかよく虫が外から入ってくることがありました。幼稚園に入園したての頃の私はクモ一匹さえ怖くて泣いていましたが、小学校へ上がる頃には家族に頼らずともそこそこのサイズの虫はハエタタキや丸めた新聞紙などで叩き潰せる程度まで慣れてきていました。


 そんなわけもあって、その時の私はすっかりヒーロー気分でした。

 あれだけ大きな虫を退治してあげたら、きっと皆も助かるだろうと思ったのです。


 影の大きさからハエタタキじゃ心許ないサイズに見えた私は、布団をはねのけて殺虫剤を探します。電気を付けたらびっくりして逃げられると思ったので、敢えて暗い中で目を凝らしました。


 記憶を頼りに鏡台の方へ目を向けると、大きなスプレー缶が見えました。屋内で出る色々な虫に効いてくれる万能タイプの、強力なやつです。

 殺虫剤を手に洋服箪笥へ駆け寄って耳を澄ましますと、ついさっき聞こえたあの木肌を引っ掻くような乾いた音が確かに中から聞こえました。


 せっかく気付かれないよう暗い中で動いていたのに、今引き出しを動かしたらきっと勘付かれるに決まっている。

 そう思った私は、既に開いていた隙間に缶を当てて、殺虫剤を吹きかけました。


 『男の人の声』が聞こえたのは、ノズルを押した瞬間からです。


 最初はびっくりしたような短い悲鳴。その後は喉の奥に何か詰まったような苦しそうな声が少し長めに続きました。


 かなり長いこと、ノズルを押し続けていた覚えがあります。


 そのうちに段々と声は、ひゅーひゅーいう隙間風に似た音に変わっていきました。でも、やがてそれすらも小さくなって、聞こえなくなりました。


 死んだかな。

 たくさん吹きかけたし、変な鳴き声もしたもの。死んだろうな。

 あの乾いた音も聞こえなくなったので、私はようやくホッとしました。


 一仕事やり終えた心持ちで、部屋の明かりを点けました。

 ちゃんと仕留めたか確認の為にも、とそこで私は初めて引き出しを開けたのです。


 中には、巨大なゲジゲジ虫が転がっていました。


 私の腕ほどの大きさもあったと思います。それがひっくり返って、たくさんある足と大きなお腹を上に向けていました。


 お腹には、叔父さんの顔がついていました。


 細長い形に引き延ばされていたけど、確かに叔父さんの顔でした。

 白目を剥いて、口から泡を零して。


 それがただの模様じゃないことは、まだ泡がぷくぷくと吐き出され続けていたことから明確でした。

 つまりはそこにはちゃんと口の穴が開いていて、機能もしていたということです。


 そんな叔父さんの顔をくっつけたゲジゲジ虫の下に、祖母のポーチが見えました。

 赤地に白い水玉柄の、大きな口の他にポケットも何もついていないシンプルなそれは、その時の私はまだ中身を知りませんでした。


 その後私はボックスティッシュを持ってきて、何枚もわさわさと出して重ねたティッシュをミトン状にしてゲジゲジ虫をつまみ捨てました。

 薄気味が悪くてもう見たくなかったので、それを捨てたゴミ袋の口を固く縛って、他のゴミ袋の中にしれっと混ぜ入れておきました。


 そのゴミがその後どうなったかは分かりません。

 我が家はゴミを出す時、いつも大きな袋にまとめたものを父が仕事へ行きしな持っていくので、多分叔父さん顔の付いたゲジゲジ虫もまとめて燃やされたんじゃないかと思います。



 ポーチの中に通帳や印鑑が入っていたことは、それから暫く経った後で、祖母の死を切っ掛けに母より聞きました。


 夢の話をするノリでそれとなく当時の大捕り物を話してみると、それまでいくら聞いても教えてくれなかった母はようやく、外治叔父さんのことについて教えてくれたのです。


 治叔父さんは、お金の管理が全くできない人だったそうです。


 そうして過去にお金絡みのトラブルを何度か起こした事があるらしく、それが切っ掛けで我が家を含む親族から絶縁されたとの事でした。


 うちにも何度かお金の都合をして欲しいと連絡が来たそうです。


 それでも初めの内は気の毒だからと同情した祖母がいくらか貸していたようですが、それもある時を境に音沙汰がなくなったのだと言います。

 きっと夜逃げでもしたんじゃないかしら、と話を締める母は心底どうでもよさげな顔をしていました。


 お盆とお正月の時期には地獄の窯の蓋が開けられる――。

 そんな話を現代文の授業で聞いたのは、更にその後のことです。


 この期間は、ご先祖様達がこの世に戻ってくるそうです。

 だからきっと叔父さんも、その流れでどさくさ紛れに戻ってきたんじゃないかと思います。


 他の皆のようにそのままの格好で戻ってきたのでは迎え入れてもらえないだろう。多分叔父さんはそう考えて、虫に化けたのでしょう。

 ほんの数ミリの狭い隙間を縫って、人間が気付かない間にこっそりと中へ入れるように――名前の通りの、ゲジゲジ虫に生まれ変わったのでしょう。


 そうしてうまく入り込んだ先が、我が家だったんじゃないかと思います。


 もしかしたら元々ゲジゲジ虫の姿をしていたのかもしれません。

 私が叔父さんの元々の姿ばかり覚えていたせいで、見落としていただけなのかも。


 ポーチの中身と、地獄の窯。そうして今は死んでいる叔父さんの、お金に意地汚い性格。

 作り話、と言われればそれまでですが、この解釈はあながち全て間違っているとは思えません。


 外治叔父さんが家を訪れたのはその時だけで、それ以降はぱったり会わなくなりました。また虫の格好をして懲りずにあちこちの家に侵入しているのか、それとも大人しく地獄へ帰って閻魔様にでも怒られているのか。

 大体、もう死んでいるのだからお金なんて必要ないのに。

 多分お金に執着しすぎて、そのことに気が付く頭もないのかもしれません。


 それ以降。

 地獄の窯の蓋が開く期間限定で、我が家の仏間には強力な殺虫スプレーが置かれるようになりました。


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