Prologue
「誰...だい?」
「はッ?」
聞き間違いだと思った。
いや、聞き間違いだと”思いたかった”だけかもしれない。
昨日まで一緒にショーをして、一緒に笑い合った類はそこには居なかった。
唯驚いた表情で、どこか怯えている瞳でオレを見詰めている類が居た。
「何を言っているんだ...?オレだ、天馬司だ!」
「ごめんね、僕は君を知らないや。」
申し訳なさそうな表情で誤った。
いつも通りの落ち着いた、静かなトーンで。
オレを忘れている事以外何も異変は無い。
理解が出来ない。理解したくない。
「冗談はよせ。」
「冗談じゃ無いさ。僕は本当に君の事を認識してない。」
淡々とさも当たり前の事のように語っている。
だからこそ、怖かった。
「...ふざけるな、」
本当は笑って否定したかった。
また何かのドッキリなのだろう、そう否定したかった。
けれど否定はできなかった。
類の視線がまっすぐすぎたから。
演技している目でも、冗談を言っている視線でも無い。
舞台で何度も見てきたから分かる。
類が”演技している時”と”演技していない時”くらい。
オレをはじめましての人として見ている視線だった。
「...類」
名前を呼ぶ声が、やけに遠く感じた。
本当に、昨日まで隣に居たのかと疑ってしまうほどに。
「本当に、覚えていないのか?」
縋るように問いかける。
けれど。
「...ああ。すまないね。」
あまりにもあっさりと、肯定された。
その瞬間、胸の奥がひどく冷たくなる。
終わった、と思った。
「...じゃあ、これもか」
震える手でスマートフォンを取り出し、アルバムを開く。
そこには確かに、オレ達の時間が残っているはずだった。
「ほら、見ろ。これ...」
差し出した画面。
そこに映っているのは笑っているオレと、その隣で少しだけ楽しそうに目を細めている類だった。
証拠だ。
これで、否定できるはずがない。
そう思ったのに。
「これは...」
画面を覗き込んだ類が、小さく呟く。
「随分と、仲が良さそうだね。」
まるで、本当に初めて見るみたいに。
他人事のように、そう言った。
「...え?」
思わず、間の抜けた声が出る。
違うだろう。
そこは、違うだろう。
思い出すとか、驚くとか...。
「...でも、やっぱり」
「僕の記憶には無い。」
その一言で、希望が完全に断ち切られる。
「...っ」
言葉が出ない。
何を言っても、意味が無い気がした。
「ねぇ、天馬くん」
また、名前を呼ばれる。
その響きだけがやけに懐かしくて、余計に苦しかった。
「君はどうして、そんな顔をしているんだい?」
「そんな顔?」
「今にも、壊れてしまいそうな顔だ。」
本当に分からないという顔で、首を傾げる。
ああ。
本当に、何も残っていないんだ。
「...やはり、少し怖いな」
ぽつりと落とされたその一言で、
何かが、完全に壊れた。
...オレは今、
”知らない人間”に怯えられている。
昨日まで、恋人だったはずのやつに。




