8話 何者にも効く甘い蜜
五年間誰も気づけなかった魔法の扱いを指摘されたロワはアリアによって特訓を受けさせられていた。
「だから魔力こめすぎって言ってるでしょ!?」
「五年もこのスタイルでやってたんだからすぐに変えれないよ! 難しい……!!」
「魔法の才能はあるのに魔力の使い方は馬鹿ってどうなってるのよ」
「馬鹿じゃないですー!!」
「馬鹿よ」
ギャーギャーと文句を連ねるロワに呆れた様子のアリア。辺り一帯の草原は焼け焦げていたり、えぐれていたり、湿っていた。そして所々に魔力の特訓で犠牲になった魔物死骸が散らばっていた。それを見たまだ草原に残っていた魔物はロワの力に怯え、皆踵を返し逃げ去って行った。
疲れと上手く魔力を扱えないことで焦りでロワは「うがあああああ」と大声を上げ頭を抱えた。そのロワの様子を遠くで見ていたアリアは「今日はもうこの辺りでいいかな」と逃げていく魔物と空が夜の訪れを知らせているのを見て雄叫びを上げているロワに近づいた。
「今日はもう宿屋に帰りましょ」
「上手く、出来ないっ……!」
「一日で出来るだなんて思わないの。貴方が考えたスタイルを全てリセットしているのよ。そう簡単に新しいスタイルに慣れるわけないじゃない」
「……そうだけどさぁ……やっぱり早く魔力を上手く調整出来たらいいなって……だってそうすれば……もう迷惑かけずに済むし……」
眉を下げ、辛そうな悲しそうな表情を浮かべるロワを見て、アリアは肩を竦める。そして腕を組み考え込みような仕草をして、何かを思いついたアリアはロワに語り掛ける。
「そう思うなら、もう一つの方を主軸にすればいいと思うわ」
「……もう一つ?」
「貴方が無意識に私に使った洗脳よ。——と言っても私は貴方のソレがどんな条件で発動するか分からない。けど、新しいスタイルに慣れるまでソレを中心に使えば魔力の消費を抑えられるんじゃないかしら」
「アリアちゃんが言ってた”女王様””働き蜂”ってやつだよな……?」
「それ以外に何があるのよ」
「うーーーん……ない!」
昨夜の出来事とこれまでのことを思い出しアリアの語ったこと以外のモノに心当たりがなく、ロワは正直に言い放った。
嘘偽りなく言い放ったロワに、アリアは彼が魔力も使わず洗脳を行えることに心当たりがないかもう一度確認する。
「もう一度聞くけど本当にアレに心当たりはないのよね?」
「ないぞ。あんなの今までやったことないし、そもそも村で使えた人も、家族でも洗脳が出来るなんて話聞いたこともない」
「…………そう」
「ってやば! もう日が暮れる! アリアちゃん早く行こう!」
「はいはい」
アリアの心に何かが引っかかる。己が口にした言葉を思い返し、そんな力を持つ魔物は——蜂の魔物はいるの? と思考を巡らせるが500年生きてきた中で一度もそんな魔物は見たことがなかった。だけどもただの人間が魔力も込めずそんな力を使えるはずがない。
(……あの子、本当に人間? あの甘い匂いも、甘い魔力も、異常な魔力量も——ただの人間が持てるものなの?)
ロワが纏う甘い匂い。それは雌が雄を呼んでいるフェロモンのように甘く、惹かれてしまう匂い。そんな甘い匂いを常時漂わせ、匂いを嗅いだ状態で笑顔を見てしまえば『己のモノにしたい』と欲求が沸いてきてしまう。——人を魅力し食らうサキュバスを親に持つアリアですら惹かれてしまった。
ロワは何者でも無差別に魅了してしまう。魔物ですら魅了する——アリアは確信した。
(…………守らないと。あの力を制御させないともしもの時——大変なことになる)