18話 防衛/目覚め
幼児は鏡を見ていた。鏡に映るは笑顔を浮かべる自分自身。まるで他人のようだと幼児は思った。鏡に手を当て、自分自身をじっと眺めた。すると――
『守ってあげる♪』
鏡の中の自分が声を発した。その声はとても優しく、安心できる声色だった。
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「っ――ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!?」
ロワに手を伸ばしていたゼルは突如叫び声をあげその場に倒れ込んだ。倒れ泣き叫ぶ彼の足元に赤い水溜まり――血だまりがあった。ゼルはその血だまりの中で伸ばしていた手を、手首を掴んでいた。——ひしゃげた手を。
「い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛!!!!」
「はぁ……騒がしいな」
ひしゃげた手から与えられる激痛にゼルはその場から動くことが出来ずただ泣き叫ぶだけ。そんな彼に場が凍るような冷めた声が発せられた。冷めた声を発したのは先程まで怯えていたロワであった。彼の髪色と目は金色になっており少し光っていた。
「『静まれ』」
「ッ、ッ!!? ッ~~!?」
ロワは冷めた視線をゼルに向け彼に向かって命令した。途端ゼルの絶叫は消え、ぱくぱくと口を開閉させているだけの惨めな姿となった。ロワは声を発そうと何度も口を開閉させているゼルを見て、ストレスを発散するかのように彼の腹を勢いよく蹴り上げる。
「ッ~~~~!!!!!?」
「あーあ靴が汚れちゃった♪」
「ッ、ッ!?」
「そんなに驚いてどうしたんだ?」
蹴り上げられ、絶叫を上げるゼル。だがロワの命令のせいでその口から声が発されることはない。ゼルは激痛に目尻に涙を溜めた状態で、ロワを見た。その顔は恐怖や驚愕、疑問等が含まれていた。ストレスが解消されたのかご機嫌な顔を見せるロワは、ゼルの表情を見てわざとらしく首を傾げた。
「ッ、ッ……!」
「何を言いたいのか分からないな~♪ 仕方ないなあ♪ 『声を出すことを許可する。悲鳴、大声は許可しない』」
「ッぁ、ひぃ……! ろ、ロワイヤル、き、みは一体……!?」
考え込むような仕草でゼルに発声を許可した。するとゼルの口から声が、言葉が発されるようになり、恐怖に歪んだ表情でゼルは”ロワの姿をした何か”に問いかけた。何者かという問いにロワはまるで可笑しなことだと言うかのようにくすくすと笑いを溢す。
「何をそんなに驚いているんだ? オレは『ロワイヤル』。アンタのよく知ってる『ロワイヤル』だよ♪」
「ち、ちがう、わ、わたしのロワは……!!」
「誰がアンタのモノだって?」
「ぐぇッ!!? げほっ……!!?」
「分を弁えろよ♪ アンタは”ただの働き蜂”なんだから♪」
私のロワというワードを耳にした『ロワイヤル』は機嫌のよい顔つきから無表情となり、またゼルの腹を蹴り上げた。そしてゼルの脇腹辺りに足を乗せ、また機嫌のよい顔つきをした。
「アンタとオレたちが出会ってからあと二日で一年半になるけど、まさかこんなにも無能な蜂だなんて思わなかったな~♪」
「ぐ、ぁ……」
「アンタに『フェロモン』の耐性があるように思えないんだよな♪ あ~さっき『君と出会ってから私は狂ってしまった』って言ってたよな? それならフェロモンがかかりすぎたんだな♪ それにしても~フェロモンのかかりすぎてこんな変態になるだなんて思わなかった♪ これは是非記憶しておかないと♪」
「はぁ……せ、んのう……? オレ、たち……?」
「内容として保護欲が暴走して支配欲に昇華させてしまったってところかな~♪」
ぐりぃ。と足に体重をかけゼルの体に足を食い込ませていく。ゼルが苦痛に声を漏らすのも気にせず『ロワイヤル』は自身の力である洗脳について考察していく。彼の言葉にゼルは疑問を口にした。
「そうなると常にフェロモンを出しておくのは危険か? 保護欲が他のモノに昇華してしまうなら出さない方がいい。五年前のデッキ音と、直近での出来事を考えると出さなくてもいいかもな。ならオレがすることは他の面でロワイヤルを守ればいい」
ゼルの疑問を無視し『ロワイヤル』はぶつぶつと独り言を呟いた。独り言の内容は一貫して「どうすれば安全にロワイヤルを守れるか」たったそれだけ。
「ふむ……そうだな、まずオレがするべきことは――ん?」
ぶつぶつと考えこんでいた『ロワイヤル』は、ふいにゼルが入ってきた入口の方へ視線を向けた。何者かが二人のいる場所に向かってきているような気配を『ロワイヤル』は感じ取り、ゼルの腹から足を退け、入口の方へ歩を進める。
『ロワイヤル』の意識が、視線が自身から逸れたのを見たゼルは、今が好機だと思いひしゃげた手を抑えながら『ロワイヤル』に向かっていく。
「か、えせ……!!」
「——ははっ♪ 『デストラクション♪』」
ゼルが『ロワイヤル』からロワを取り戻そうと無事な片手で彼を殴ろうと掴もうとした――しかし『ロワイヤル』はゼルの行為に気づいており、ゼルの手が自身の体に当たる前に彼の指を刺し、手に向かって魔法を使用した。途端ゼルの片手が最初に壊れた手と同じようにひしゃげた。
「ッァ゛、ッ!!! ~~~~!!!!?」
「返せって? さっきも言っただろ? オレたちはアンタのモノじゃないって♪」
「——ロワ!!! 大丈夫!!?」
「…………間が悪いな……」
両手を壊し激痛にゼルは悲鳴を上げようとしたが、『ロワイヤル』の命令で悲鳴を上げることは出来ない。『ロワイヤル』は床に倒れ込んだゼルを見てわざとらしく両手を広げてから右手を胸元に、左手を後ろに――お辞儀をするかのような仕草をし、口元を抑えクスクスと笑い声を溢す。そこへアリアとヴァルトが『ロワイヤル』とゼルの前に姿を現した。
「ロワ!!? って……え!!? 何この状況!!?」
「……あ、アリアちゃん! た、助けに来てくれたのか?」
視界に映った『ロワイヤル』とゼルの光景にアリアは驚愕した。驚愕するアリアに『ロワイヤル』は一瞬困ったように眉を下げ、いつもの彼らしく振る舞った。
「待て、サキュバス。アレはロワイヤルじゃない」
「は?? 何言ってるの? アレはロワよ。見た目がいつもと違うけど」
「そ、そうだよ! ヴァルトさん、どうしてそんなことを言うんだ? 見た目はなんでこうなってるのか俺にも分かんないけど、俺は正真正銘二人が知ってるロワイヤルだよ!」
アリアがロワに近づこうした途端、ヴァルトが自身の腕を横に伸ばしアリアの動きを制止させた。警戒心を出し、目の前にいるロワではない存在を睨む。対する『ロワイヤル』はロワが言葉にするであろうことを口にし、ヴァルトの警戒心を解こうと眉をハの字にし笑顔を浮かべたが——
「ウィズダムで感じた匂いがしない——オマエ、何者だ?」
「————————アハッ、流石ヴァルト先生♪ 騙されないか♪」
いつも出しているフェロモン。それを指摘された『ロワイヤル』はロワらしい表情を消し、わざとらしく笑った。




