16話 かつて人間であった大司書
「ロワが誘拐された!!!?」
「ああ。カノジョによると『何か』を顔にかけられてからロワイヤルは意識を失ったらしい。恐らくその『何か』は睡眠薬だろう」
ダンッ。机を激しく叩きアリアはレトワールと会話しているヴァルトに問いかけた。怒りの感情を顕わにしているアリアに対しヴァルトは冷静な顔つきでレトワールの話を聞き顎に手を当てる。
「……フェロモン効果でろくでもない奴に目をつけられていたか? それにしてもボクの庭の前で誘拐なんて大胆なことをする……」
「言ってる場合!!!?」
「……落ち着け、サキュバス」
「落ち着けると思う!!!? あの子は私が見つけた極上の獲物!! あの子の全ては私のモノなのよ!!? あの子の全てじゃ私が管理して守って育成しなきゃいけないのにそれが他の奴にとられたのよ!! 落ち着けるわけないじゃない!!」
バンッバンッ。アリアは怒りを収めることなく机を何度も叩く。その度に振動で軽く周囲が揺れる。怒りで普段は出来ていた力の加減が出来ていないようだ。
つらつらとアリアは怒りのままにロワに対して抱いていた独占欲支配欲を吐き出していく。その言葉の数々にヴァルトは冷めた視線を向ける。
「最低。これだからオマエは人の心が分からない……」
「これでも貴方と出会った238年前よりは人の心会得してるわよ」
「ボクには変わってないように見える」
「変わってる。むしろ変わったのは貴方の方じゃない? ねぇ?『バンデ』?」
冷めた態度のヴァルトにアリアはふぅ~~っと息を吐くことで怒りを収め、嘲笑うようにヴァルトに対して誰かの名を呼んだ。その名をヴァルトが耳にすると、ぴくりと眉間に皺が寄り無愛想な表情がほんの少し不快そうな表情へと切り替わる。
「……なんで覚えてるんだ」
「それは勿論、私の獲物になれそうな『人間』だったからだけど? まあ貴方が『ヴァルト』を名乗ってるのとその姿を見る限りだと……ここの所有物になってしまったのね。あーあ。こんなことなら先につまみ食いしておけばよかった」
「……オマエの発言をロワイヤルが聞けば立ち直れないほど衝撃を受けそうだ」
くすくす笑いを溢しつつ肩を竦めたアリアに、ヴァルトは腕組みをして心底不快そうな表情をしため息をついた。
かつて人間であったヴァルトこと剣士『バンデ』、彼とアリアは過去とある出来事がきっかけで対面していたことがあった。二人の関係性はロワのようなものではなく敵対関係であった。アリアの存在がバンデが所属するパーティーが達成すべき目的の一つであった為、彼らが出会えばアリアは逃げ出し、バンデ達は彼女を捕らえるべく追いかける——鬼ごっこのようなことしていたが、バンデが所属するパーティー一同が消息不明となり彼らとアリアの三ヵ月にも満たない鬼ごっこは突如として終止符を迎えたのだった。今回彼らは238年ぶりに再び邂逅を果たした。
誘拐されたロワに対しヴァルトは少し気に掛けるように言葉を漏らす。
「……それでどうするんだ。助けるのか」
「助ける以外に選択肢があると思ってる?」
「思ってない。……カノジョがロワイヤルの匂いを覚えているから案内出来るとのことだが」
「今すぐ案内しなさい」
ぎろり。睨めつけてくるアリアに怖気づくことなく、レトワールの発言をアリアに伝えていく。――食い気味に返事が来た。アリアの一連の様子に「変わらないな」と呆れた様子で冷めた視線を送りつつヴァルトはレトワールに道案内を頼んだ。道案内にレトワールは「ぴっ!」と可愛らしい鳴き声を上げパタパタと二人の前から離れていく。その後を二人はゆっくりとついていく。
「ねぇバンデ」
「ヴァルトと呼べ。今の俺は『ヴァルト』だ。オマエもそう言っただろう。で、なんだ?」
「そうねー。……どうして私に手を貸す?」
森の中を歩きつつアリアは疑問を問いかけた。本人とは全くと言っていい程関係のない面倒事にわざわざ手を貸す。危険かもしれないことに首を突っ込む。アリアは不思議でならなかった。そんなアリアの疑問にヴァルトは答えづらそうに視線を右往左往させ、はぁ。とため息をついてから言葉を発する。
「ロワイヤルを守らなければ、助けなければ。そう思わされた。だから手を貸す。オマエに手を貸してるわけじゃない」
「……へえ」
「匂いを嗅いだからだろうな。保護欲が湧いてくる。……こんなこと今まで一度も経験したことがない」
「私もないわよ。支配欲、独占欲は元々あったけど、保護欲なんて普段私は抱かないもの」
無自覚にフェロモンを放つロワイヤル。アピスという蜂の魔物。アピスの所有物である存在は記憶操作が可能。レギーナ・ヴェスパのみフェロモンが搭載されている――ヴァルトはロワと蜂達は所有物と所有者という関係ではなく、それより深い親密な関係性なのでは? と考察し、もしかすればロワの額についているひし形の模様も関係している可能性もあるのでは、とも思った。
視線をアリアへと向け、今度はヴァルトが問いかける。
「サキュバス。アレはなんだ? 何者だ?」
「さあね。私には分からない。お父様かお母様……『王様』なら知ってるかも」
「そう」
望んだものではない回答が返ってきて、ヴァルトは特に怒ることも茶化すこともなく深く頷いた。




