12話 星
ヴァルトはロワに視線を向け、鼻を鳴らし眉間に皺を寄せた。
「オマエ、なんだその匂いは」
「へ?」
予想していない言葉にロワの思考は一瞬停止した。そして「におい?」と疑問を抱き、ヴァルトに問いかけようとして――割り込むようにアリアが口を開く。
「あー……そのことなのだけど、ひとまず場所を移さない? ほら、何か起きてからじゃ遅いでしょ?」
「……それもそうだな。来い」
「ヴァルト様?!」
「ど、どこに行かれるんです?!」
「オマエタチが気にすることではない」
周囲を手で制しヴァルトは二人に数秒目を合わせてから何も言わず二人に背を向けた。その後をアリアはついていくが、ロワはついていかず困惑した様子でおろおろと辺りとアリアに視線を右往左往する。
背後にいるロワの気配が全く動かないことに気づいたアリアは困惑した様子のロワを視界に入れる。――ロワはどうして話をするだけなのに場所を移動するのか全く分かっていないようだった。
「え、なんで場所を移動するんだ???」
「それもあとで説明するから、今は黙ってついてきなさい」
「う、うん……」
(俺、なんか問題起こしちゃったのかな……まさかさっきのにおい!!? 俺におう!? におってる!!?)
当事者であるロワだけが状況を理解出来ず、ヴァルトが口にした言葉が引っかかるが今は大人しくアリアとヴァルトの後を追うことにした。体臭がヴァルトに届かないように少し距離を開けた状態で。それを周囲は去っていく三人に――ロワに熱い視線を送り、同時に悔しそうな顔をしていた。
二人が連れられた先は見上げても先が見えない程の巨木であった。巨木のサイズにあんぐりと口を開くロワをよそにヴァルトは巨木についている木の扉を開き二人を招く。
「入るといい。ここにはボクとカノジョしかいない」
「彼女? それは一体誰? ああそれとも、”何”の方と呼べばいいかしら?」
中に入るよう促し、信用と安心を得る為に口にしたヴァルトの発言。その彼女というワード、そして森に来てからのことを思い出しアリアはヴァルトが口にする彼女が何かおおよそ当たりをつけたが、本人の口から語らせようと何も煽るようにヴァルトに問う。くすくすと笑みを零しながら。
アリアの問い、そして表情にヴァルトの顔は心底不愉快だとでも言うように酷く歪む。小さく舌打ちをし腕を組み長いため息をつく。
「……分かっているならわざわざ聞くな。これだから悪趣味なサキュバスはキライなんだ」
「あら~~~だ~れ~が悪趣味なサキュバスですって? 血の一滴も肉体も跡形もなく喰い尽くしてあ・げ・る」
「気色悪」
「本当に喰うわよ」
「待って待って待ってなんでそんな険悪になるんだよ!!? 二人とも初めましてだろ!?」
まるで火花が散っているかのように互いを睨み合うアリアとヴァルトの様子に、ロワは慌てて二人の間に入り込みこれ以上険悪な空気にならないよう説得する。
「ヴァルトさん! ごめんなさいアリアちゃんはこういう子なんだ!! 悪気はないんだ! 圧を押さえてくれ!」
「悪気がない方が駄目だろう」
「ほらっ!! アリアちゃんヴァルトさんにごめんなさいして!! 俺も一緒に謝るから!!」
「幼子に説教されるってどんなプレイよ……それにロワ、貴方私の年齢知ってるじゃない……」
「いいから!」
「…………はあああ……ごめんなさい」
アリアの頭を強引に下げさせ、不機嫌そうな顔をするヴァルトにロワは何度も頭を下げた。対するアリアは謝罪するつもりも、反省するつもりがない様子で嫌そうに顔を歪めたのだが、ロワの説得兼説教に折れ嫌々ヴァルトに謝罪した。頭を下げ謝罪する二人の様子をじっと見つめ、ヴァルトは一息ついた。
「頭を上げろ。今のは戯れのようなものだ、そう深く考え込む必要はない」
「え? 戯れ? 今のが?」
「…………気に障っていないとは言っていないが」
「怒ってる!!?」
「怒ってない。はぁ、そんなことより――おい、サキュバス。コイツは”なんだ?”」
「分からない。というか私達がここに来たのはこの子のことなのよ」
「…………」
ロワを全身を凝視してからアリアに視線を向けたヴァルトは腕を組み疑問を口にした。疑問にアリアは困ったようにへらりと笑った。アリアの表情と困っている声に嘘がついている様子はなく、ヴァルトはロワに視線を向け目を細めた。
何も言わず凝視されるという居心地の悪さに、先程の戯れをしていた二人の様子が一気に真剣な雰囲気になったことに――俺、何かおかしいのか? と二人の会話の内容を思い返しロワの額に汗が流れ落ちる。
「ヴァルト。”蜂”の魔物、あるいは洗脳が出来る魔物、あとはひし形の神について知りたいのだけど、そういう情報過去のヴァルトから共有してない?」
「それらとコイツに何か関係があるのか」
「少なくとも何かしら関係はあると思ってる」
不安を抱くロワをよそにアリアはヴァルトにロワとの出会いからここに来るまでの経緯を事細かく話した。説明中ヴァルトはアリアの発言にただ黙って相槌を打ち、説明が終わると顎に手を乗せ考え込むような仕草をした。
「――……確認する。オマエタチはここで座って待っていろ。ここで話してもすぐに解決しないだろうしな」
五分経過したあとヴァルトはずっと入口近くにいた二人を木の椅子に座らすように促したあと、下へ伸びている階段に降りようとする。
「ぴっ、ぴぃ」
「――帰ってきたのか。おかえり」
「あれ? この子って、確かウィズダムに入る前に会った……」
巨木の中に一羽の鳥が中に入ってきた。それは二人がウィズダムに入る前に見た小鳥であった。
ヴァルトの肩に止まった小鳥はヴァルトに向かって鳴き声をあげた。小鳥の体を優しく撫で、地下に降りようとしていたヴァルトは二人に向かって言葉を口にする。
「そういえば説明が遅れたな。さっき言っていたカノジョはこの子のことだ」
「彼女……ってことはその子、メスなんだ。その子の名前は?」
「ぴ? ぴぃ」
疑問に小鳥はヴァルトに向かって鳴き声を発した。鳴き声を、言葉を聞いたヴァルトはこくりと軽く頷き彼女の名を二人に伝えた――「レトワール」と。