11話 知恵の森。ウィズダム
ウィズダム街と名付けられたそこは巨大な森の中にあった。故に人々は街をもう一つの名で呼ぶことがある。――知恵の森と。
二人は森の前で立ち尽くしていた。ロワは光の届かない真っ暗な森の内を見て呆然としていた。
「ここが、ウィズダム街……? ……森しか見えないけど……」
「別名”知恵の森”だもの。……もしかして、来たことないの?」
「行く機会がなくて……」
「勿体ない」
軽口を叩きながら二人は森の中に入る。入る前から分かっていたことだが、森の中は日の光が一切なくあるのはランタンのみ。なんの手も加えられていない道、人の気配はなく、ロワはここがどうして街と呼ばれているのか分からなかった。
時折遠くからガサガサと何かの音が聞こえ、ロワは恐怖に背筋を震わせた。
「ね、ねぇアリアちゃん……本当にここ、ウィズダム街であってるの……?」
「あってる。――そろそろかしら」
「何が???」
「……見つけた」
「何を!?」
説明もせずどこかに視線を向けたアリアに、ロワの恐怖は段々と増していき目に涙が溜まっていく。そんな彼をアリアは気にすることなく視線の先にいる小鳥に向かって口を開く。
「こんにちは。私はアリア、こっちの怯えているのはロワイヤル。今回私達がここに来たのは情報集めの為。貴方達に危害は加えないわ。絶対に」
「ぴぃ」
小さく鳴き声を上げ小鳥は羽ばたきどこかへ去っていった。去っていく後ろ姿を見てアリアは「あんな子、前はいなかったわよね」と目を瞬かせた。
「アリアちゃん、今のなにぃ……?」
「案内人みたいなものよ」
「案内人……?」
「ウィズダム街は隠された場所にあるのよ。ウィズダム街はね、普通の人はまず辿り着くが出来ない。あの子達は皆用心深いから。だから街に入るには案内人を見つけるしかない。案内人に『危険人物』じゃないって知ってもらう為にね」
「ちなみにこの森で見かける動物、精霊、妖精は全て案内人よ」と言葉を付け足してアリアはロワに説明した。説明を聞きロワは先程時折聞こえていた何かの音は案内人なのだと理解した。――したのだが、それはそれとして姿を現してくれないのは怖いと思った。
小鳥が飛び立ち数分が経過した頃。二人の前にぽんっと一つの扉が現れた。
「――な、なにこれ!!?」
「森の主から許可が降りたのよ。さ、ロワ行くわよ。この扉の先にウィズダム街がある」
「そ、そうなんだ……。……この先に……」
アリアはロワに手招きをし、突然現れた扉に警戒することはなく――ガチャリとドアノブを捻った。開けた扉の先には眩い光があり、中を伺うことが出来ない。ロワは扉の先の現象に一瞬狼狽えるが、扉をくぐっていくアリアを見て慌てて中に入った。
扉を超えた先でロワは目を見開いた。
「――こ、これが」
「相変わらずここは変わらないわね」
人々が、妖精が、動物が行き交う街の様子がロワの目に入った。
目を瞬かせ驚くロワに対してアリアは慣れた様子で周囲を見渡す。
「……ちょっと変わった? まあいいわ。さて地図はどこかしら――」
「ヴァルト様だわ!!!」
「え?! 嘘だろ!?」
「……あら」
「え? な、なに??」
興奮している誰かの声が二人の耳に入った。突然の出来事に「ヴァルト? 誰?」と困惑するロワに対しアリアは目を細め喧騒のする方へ歩いていく。
「アリアちゃん!? ま、待って!!」
慌ててロワはアリアの元へ行き、何があったのかと問いかけようとしてロワは目撃する。緑色の髪に頭から枝のような角が生えた高身長の男に群がる様々な種族の者達の光景を。
「――甘い、匂い」
男は鼻をすんっと鳴らし二人に視線を向けた。薄っすら黄色が交じる緑色の瞳がロワ、そしてアリアを見た。
「――オマエは――」
「貴方が"今のヴァルト"ね? 初めまして。私はアリア。こっちはロワイヤル」
男は――ヴァルトはアリアの姿に一瞬驚いたような表情をし声をかけるが、話に割り込むようにアリアはヴァルト向かって自己紹介を始めた。そしてヴァルトに「何も言うな」とでも言うようにニコリと微笑みを浮かべた。その顔を見てヴァルトは口を閉じはぁとため息をついた。
「は、初めまして! 俺はロワイヤル! えっと……」
「……ボクはウィズダムの大司書、ヴァルト。ボクはオマエタチを歓迎する」
ロワは目の前にいる彼をヴァルトと呼んでいいのか、彼は何者なのか聞いてもいいのか。そんなことを考えていると、ヴァルトがロワに向かって口を開いた。
「ようこそ――ウィズダムへ」