10話 歪な純粋さ
「——はっ……!?」
先程まで感じていたロワへの忠誠心が消え、アリアの意識が正常になり目を覚ます。そして額を押さえため息をつく。
「……他に方法あったでしょ……」
「——あの場面ではアレが適切だと思ったんだけど……」
意識が途切れる瞬間の出来事を思い出す。洗脳しなくても宿からすぐに出る、相手を気絶させる等の方法があったでしょとアリアが考えていると、すぐ傍からロワの声が聞こえた。視線を向けると眉を下げ困った顔をしているロワがいた。
ロワがいたことに気づいていなかったアリアは肩を跳ね上げる。そして長く息を吐き腰に手を当てじとぉと不満げな表情で睨みつける。
「ああ、いたの?」
「ずっといたぞ!? 気づいてなかったのか?」
「どこかの誰かさんのせいでね。それに私は今正気に戻ったばかりだから、周囲に気を配るなんて出来るわけないじゃない」
「う゛っ、それは、その……ご、ごめん……」
責めるような言葉にロワは気まずそうにし視線を逸らしながらアリアに頭を下げた。そんなロワの様子を横目にアリアは周囲を見渡し気づく。今自身はテントの中にいる。
アリアはテントから出て外の景色を目にしロワに問いかける。
「……ねえロワ。ここ、どこ?」
「え? アリアちゃん覚えてないのか?」
「ええ」
「ここはグラースン街から少し離れた場所の草原だよ。あの後魔法を使ったって責められて……ここまで君を連れて逃げてきたんだ」
「……」
ロワの言葉を耳にアリアはテントの周囲に目を向けた。魔物除けの香が焚かれており、焚火が周囲をほんのり明るく照らしていた。周囲の様子を確認し、アリアは深く息を吐きロワに向き合う。そして眉を下げ気まずそうに口を開く。
「ごめんね。私がもう少し早く問題を解決していれば、こうして野宿なんてことしなくて済んだのに」
申し訳なさそうに語ったアリアの言葉に、ロワは怪訝そうな顔をして頬をかき困ったように笑った。
「そんなこと気にしなくていいぞ?」
「え?」
「アリアちゃんが無事なら俺はそれで十分だし、俺は野宿生活に慣れてるしな! あ、でもアリアちゃんは野宿生活に慣れてないかもだし、明日にはグラースン街じゃない別の――ここからならネロー街が近いかな?」
(はぁ……?? この子、どういう状況か分かってるの? お気楽すぎるでしょ……)
アリアはロワが今回の件で何も傷ついていない、嘘を言っていないことが分かった。その全く気にしていない平然としたロワの表情を見て、アリアはロワに向けていた心苦しさが飛んでいき、呆れを通り越して関心してしまった。
唇を引きつらせるアリアに、ロワは何を思ったのか、何を勘違いしたのかアリアを安心させるように言葉を連ねる。
「冒険者資格のことなら別に気にしなくていいからな! アリアちゃんを助けた時に魔法を使ってから、遅かれ早かれいつか剥奪されるだろうな~って思ってたし。剥奪されたかは分かんないけど! だってギルド行かずにここに来たから。でも剥奪されたら任務を受けることもパーティーに入れなくなるけど、冒険は出来るから問題はないよ! 安心して!!」
「安心する要素がどこにもないっ……!!!!」
「え? どうしてだ?」
「ああもうどうして貴方はこうも一ヵ月も知り合ってない私にそんなに心を許すのよ……! 資格剥奪以前の問題すぎ、貴方自身を優先しなさい! そういう性格だから狙われるんじゃないかしら!?」
「え、ええ? ご、ごめん……?」
(……こんな性格でどうして今まで問題なく生きてこられたの?)
呑気な様子で、無垢な子供のようなロワにアリアは不思議に思う。今まで一度も気づかずフェロモンを振りまいているならば一つや二つ何かしら問題は起きている――起きていなければ可笑しい。だというのにロワは純粋なまま。追放される前まで守られていたにしても、あまりにも無防備すぎる。
アリアからの反応がなくなり、怒らせた? とロワは子犬のように寂しそうな表情をする。考え事に集中しているアリアにはロワが今どんな表情をしているのか、どんな様子なのか全く視界に入らない。ロワを無視しアリアはロワから教えられた情報を一つ一つ整理し、ある結論に辿り着く。
(女王、働き蜂……何かあるならこれね。純粋さと関係あるかは証拠がなさすぎて断言出来ない……けど、確実に何かには絡んでるでしょ。あとは……”ひし形の神”ね……ウィズダム街なら何かあるかしら)
情報整理を終え、アリアはロワに視線を向ける。
「ロワ、ネロー街じゃなくてウィズダム街に行くわよ」
「え? どうして?」
「それは明日話すわ。私はもう寝るわ。おやすみ」
「あ、えっと……おやすみ~?」