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三度の奇跡

――――なさい。


 最高の寝心地だ。俺は死んだのだ。

 もう村の仕事を手伝う必要もないし、シュウレンじいさんの稽古もない。

 これ以上誰かがいなくなることもない。


――――目覚めなさい。


 ずっと頭の中で、温かな女性の声が響き続けている。母親のいない俺に、誰が肩を揺らしているというのか。いや、これはただの夢なのかもしれない。


――――あの……早く目だけ開けてもらってもいいですか~……?


 え? あ、はい。なんか申し訳なくなってしまったので、閉じていた目を恐る恐る開いていく。


 一体どれだけ寝ていたのかはわからないが、非常に瞼が重い。少しずつ周囲の光を取り込みながら、視界という情報を構築していく。


 そこにあったのは、ただの暗闇。

 横たわっているこの場所も、何もない。

 空中に浮いているような、でも何かが体と触れているような不思議な感覚。


 ゆっくりと立ち上がると、俺に声をかけ続けていたであろう声の主が頭上にいた。


――――やっと起きましたね。ここまで目を覚まさなかったのは珍しいものです。


 そこにいたのは、光に包まれた人の姿。顔はよく見えず、海月を思わせるようなひらひらとした白のドレスだけが彼女の存在を知覚できる。


「あなたは誰?」

「私はこの世界を見守る神のようなものです。ついでにお話するならば、この空間はあなた様の意識の中。少しだけお邪魔させて頂いている次第です」


 世界を見守る神、と言われてもピンと来なかった。そんな話聞いたこともない。やっぱりこれは夢の中なのだろうか。


「ここは夢の中なのか?」

「いいえ。夢などではありません。確かにあなた様は一度命を落とされましたが、まだ魂はあの世界に残置されております」


 神を名乗るその人は、ここが夢の中ではないこと、まるで俺はまだ生きているかのような言い回しで現状を言い放った。


「えっと……俺はこれからどうなるんだ?」

「それをお伝えしに参りました」


 彼女がそう言うと、突然足元の暗闇が晴れていく。上空から山や海、人の住まう村や町があるであろう人工物を見ている感覚だ。北の大地よりもずっと広い、青く美しい自然に囲まれたその場所は、雪の降りしきる村で生活をしていた俺には輝いて見えた。


「これは今の人界です。自然に溶け込み自然と共生する村や、更なる利便性と発展を求める人々が集まる町の数々。そして、各領地を治める城と城下町。この美しき世界で、彼らは平和に暮らしていました」

「人類軍と魔王軍の戦いはどうなってるんだ? 俺が住んでいた村はもう……」


 焼け野原になった村。魔王軍によって命を奪われた村の人たち。今でも色濃く鮮明に覚えている。


「――ココネのこと、シュウレンじいさんたちのこと、何か知らないか? あの時、まだゾンビが追いかけて来てたはずなんだ」

「申し訳ありません。膨大な数の人々が住まうこの世界で、全てを把握しているわけではないのです。あなた様の家族や友人が今どのようになっているかは、お伝えすることができません」

「そうか……」

「ですが、それを確認する術はまだ残っています」


 頭上にいたはずの神は、気付けば俺の顔の正面にやってきていた。やはり顔は見えないが、人ではないその姿に思わず後ずさりしてしまう。


「――――あなた様には、生き返る可能性が秘められているのです」

「い、生き返る?」


 そういえば、俺の魂がどうとかここは夢の中ではないとか言ってたな。ゾンビに噛まれて死んだはずの俺が、どうして生き返るというのか。


「あなた様の身体には不思議なことが起きております。本来、命を落とした者の魂は即座に天界に送られるはずが、あなた様の魂はまだこの世界のどこかに漂っている」

「この世界のどこか?」

「ええ。人々の全てを把握することは難しいですが、人の魂を探すのは容易なことです。しかし、あなた様の魂は人界のどこにも見当たらないのです」


 ということはどういうことだ。つまり、俺は確かに一度死んでしまったが、魂が天界に還らずこの世界のどこかに残り続けている。それがなぜ生き返る可能性に繋がるのか。


「えっと……つまり俺はどうすればいいんだ?」

「私はその異常さに目を付けました。今までそんなことありませんでしたから、これは運命かもしれません」


 俺の質問を無視した神を名乗る光が、どんどん輝きを増している。声の上がり具合から見て、もしや感情が高まってきている証拠なのではないか?


「運命、というと?」

「当然、魔王軍に対抗する術に繋がるかもしれないということです!」

「魔王軍に俺が? どうして?」


 沈黙。光が先程の俺のように少し後ずさる。


「もしかして……根拠、ない感じ?」

「ッス~~~~――――」


 再び沈黙。なんだか光も収縮しているみたいだ。神って意外と感情的なんだな。


「まあその、なんですか。正直私、人類が平和に生きていく為にどうすればいいかなんてわからないのです」

「神にも悩み事はあるんだな……」

「魔王軍はますます勢力を拡大し、人界には存在しない魔法の構築等の技術も高度になっていっているようです。そんな中で私が人類にしてあげられることは限られており、《勇者》に私の力の一部を託したり、こうして不思議な力を持つ者の意識に声をかけ、協力を仰ぐことしかできないのが現状です」


 神の輝きが失われてしまいそうだ。たった一人、いやたった一神で平和を願い続けているのか。


「――――改めて聞くけど、俺はこれからどうしたらいい?」

「お伝えするのは簡単ですが、実現させるには茨の道を歩むことでしょう。お望みであれば、あなた様の意識だけでも天界に送ることだって可能です」


 え? そうなの? と少し心が揺らいだが、こんな話を聞かされて楽に死のうなんて思えなくなってしまった。それに、もし本当に生き返ることができるのであれば、ココネやシュウレンじいさんたちにもう一度会えるかもしれない。その為なら、人類軍に加わろうがなんだっていい。


「俺の答えは決まったよ、神様。生き返らせて、人類軍に協力させてほしい」

「本当ですか……! ありがとうございます」


 神の光が徐々に強まっていく。相変わらず表情は見えないが、感情表現は多彩だ。

 その一部の光が、俺の胸にするりと収まっていく。


「私の力であなた様の意識を人界にお返し致します。あなた様に私が求めるのは、この不思議な現象の正体を突き詰め、その力を以て人界の平和を取り戻すことです」


 足元にあった人界の風景が加速度的に近くなっていく。夢から覚める瞬間のような、自分の意識が明確になる感覚に満ちていく。


「ありがとう。人界に住まう小さな命よ。神の加護と祝福を受け、再び現世に帰りその力を振るいなさい」


 神様の声が遠のいていく。そうか、今俺は落下しているのだ。

 頭上を見上げると、まるで夜空に浮かぶ一番星のような光がそこにある。


「こちらこそありがとう、神様。やれるだけのことはやってみるよ」


 そして、青に満ちた人界という故郷に降り立つ――――はずだった。


「――――なんだ!?」


 人界が巨大な雲に覆われる。神と話していた空間のような暗闇が俺を包み込む。

 すぐに雲は去っていくが、再び姿を見せた大地は先程の自然溢れるものとは大きく異なる。


 赤い空、赤い大地。枯れ果てた植物の跡。

 落下するスピードは更に速くなり、巨大な禍々しい漆黒の建物が姿を見せる。なんて大きな建物だ。村にあった教会よりも何百倍と大きいだろう。


「もしかして、これが城?」


 荒廃した土地に建つ城とその城下町。魔王軍によって襲撃を受けた国なのだろうか? いやしかし、なぜ俺はここにいるのだろう。


 そんなことを考える余裕はすでになかった。漆黒の城に向かって目下落下中なのだから。


「ぶつかる――――!!」


 そして見事に俺は、城内の広場と思しき場所に激突した。


――――神様、もう少し手心を加えて頂いてもよかったのでないでしょうか。


 そうして、俺は二度目の死を経験したのだった。

読んでいただきありがとうございます! 書くモチベが消えていなかったのでつづきです。次を書く予定は未定です。

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