4−0 ルファイのレストランにて
夜の魔術師とともにルファイのレストランを訪れれば、夜空を模した特別な個室と、季節の食材を使ったデザートのパイケーキが必ず用意される。
それは夜を扱うふたりに対する店側の敬意だ。
そして、この場での思い出や記憶を大事にしているという気持ちの表れでもある。
「栗は毬星のものが入ったのか」
「ええ。ですのでムースではなく、いつもの林檎とともに甘煮に。クリームにはカボチャ妖精が産んだカボチャを使用しております」
「……あれか」
カボチャ妖精に苦い思い出でもあるのか、渋い顔をした魔術師。
果菜の系譜にある妖精は、総じて実を成すことに対する執着心が強い。豊穣に連なる者として強い力を持ついっぽうで、とにかく一族で男を囲いたがる。その生態はさながら女王蜂のコロニー作りのよう。
彼のことだ。火傷まではいかずとも、新しい血を取り込もうとする彼女たちの強い誘いにあったに違いない。
(それでも、調理されれば安全で、しかも美味しいならいいやと食べちゃうのが、この子だ)
シハースィの予想と同じ思考を辿ったらしい馴染みの給仕はくすりと笑みをこぼし、それから慇懃に礼をした。
「これからも、よき時波の頁を重ねられますように」
相手との出会いを感謝し、また今後の縁を願う言葉を残して、退室していく。
ティーカップから立ちのぼる湯気が、そわりと揺れた。
「このレストランのパイ職人は、すごいよね」
「層の魔女の血を引くらしいからな。あれは時に連なるものだ、重ねることも得意だろうよ」
ナイフを入れてもしっとり切れるパイケーキは、しかし口に入れると軽やかで、丁寧に重ねられた生地の一枚一枚まで感じられる。それでいて甘く煮られた林檎や栗は祝福たっぷりの大盤振る舞いであり、提供者の好意を隠しもしない。
それを恐縮することなく受け取る人間の、なんと清々しいことか。
(やっぱり、この子のため、だよね)
「……月光の祝福も、かけとく?」
「どういう風の吹き回しだ」
「なんとなく、かな」
この魔術師が名を失った直接の原因が自分にあることを、シハースィは悪いと思わない。
本人が「それで構わない」とした結果であるし、だからこそ得られた縁も多いからだ。その道を選ぶことのできた魔術師に上手く利用されたとすら思う。
しかし、夜の魔術師が己のすべてをかけているあの魔女と出会ったのは、まだ子どものころだったと、いつかの彼は言った。
その邂逅はなかったことになっている。
厳密には、魔術師自身が覚えているため事実としては揺らがないが、名を持っていた当時の彼に関する世界の記憶は存在しない。ただでさえ些末を気にしない魔女のこと、とうぜん相手は忘れているはずだ。
それでいいのかと問えば、この人間はきっと、鼻で笑う。
であれば彼がこの先歩む道が少しでもよいものであるようにと願いたくなるのは、そうだろう。
「シャーラェも、チェサニャも、もちろん、僕もね。君が欲しいと望む夜を、君自身が紡ぐのを愉しみにしてる、から」
善意でも悪意でも、どちらだっていい。
ただひとつを貪欲に求めながら、それ以外であるはずのこちらを考慮してしまういじらしさが。
「は、そうやって力を与えた人間が、愚かにもお前らの領域を崩すかもしれないとは考えないのか?」
「それでも、と思うのが、人外者だよ」
そうして彼の浮かべる笑みが、穏やかで、またどこまでも切実だからこそ。
あのころはまだ、知らなかった。
夜の魔女に相対する愉快な人間が、魔女という存在になにを見ていたのかを。
けれどあのころにはもう、予感していた。
この人間は、なにか大きなものに手を届かせるのだろうと。
期待させ続けてくれるなら、期待するまでだ。ゆえに、自分たちは、ちっぽけなはずの人間に特等の夜を与え続ける。




