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ウィリアム様の横は私の居場所

 ルーナとの戦いを終えたシーラは、何ごとも無かったかのように普通に授業を受けていた。


 だがそれを周りが許すはずもなく、たぶんエヴァから報告を受けたであろう学園長が、シーラのいる一年Aクラスの教室にすっ飛んで来た。


「シーラ・ランツ嬢、ちょ、ちょっと宜しいだろうか」


 学園長は焦った様子を笑顔を浮かべることで隠しているようだが、広めな額には汗がいっぱい浮かんでいる為怪しさ満点だ。


 隣に座るジェームズには青い顔で「シーラ、今度は何をやったの?」と失礼な事を言われてしまった。

 何かやったのはシーラではなく別の人。

 その為「悪女な戦いを制しただけですわ」と簡潔にジェームズに伝えれば、頭を抱え俯いてしまった。


「僕が目を離したばっかりに……」と。


 どうやらジェームズがシーラにベッタリだったのは、シーラを守る(監視)意味もあったようだ。

 弟子ながら師匠を欺くとは、ひよこはかなり成長しているらしい。今後はニワトリと呼んでもいいかもしれない。


「シーラ嬢、ちょっとこちらへ」


 学園長は汗だく笑顔でシーラを呼ぶが、今はシーラにとって大事な大事な授業の時間。

 歴史の授業は学園長の呼び出しより、父の死に目よりも大事だ。


「学園長先生、授業が終わりましたらお伺い致しますわ」


 ニッコリと笑いシーラは当然そう答える。

 

 だが残念ながら周りがそれを許さなかった。


 歴史担当の教師は上司の登場に「良いから早く行きなさい」と焦り出し。

 友人ジェームズも「早く行きなよ」と青い顔で言ってくる。


 クラスメイトたちも何だ何だと騒ぎ出したため、このままでは授業などままならないと悟ったシーラは、大きなため息を吐くと仕方なく学園長へとついて行くことにした。


「あ、先生、授業の続きは私が戻ってからにして下さいませね」と歴史の教師にしっかりと釘を刺して。


 大事な授業を欠席する。

 女傑シーラにはあり得ない事だった。





 学園長室では悪女な戦いの報告をすればそれで終わりだと思っていたシーラ。

 だが部屋に着いてみると王城からの迎えが待っていて、有無も言わさず馬車に乗せられ王城へと向かうことになった。


(これでは今日の授業も図書室もお預けですわね……)


 馬車の中大きなため息を吐くシーラ。

 けれど王城にはシーラの好きなものが沢山ある為、それはそれで楽しみでもあった。


 だが今日はのんびり廊下を歩くことも許されなかった。

 ちょっと遠回りしてお気に入りの廊下を通ることも許されない。

「シーラ様、お急ぎください」とメイドに急かされ、早足で応接室へと向かわされた。


 そして部屋へと入り待ち構えていた人達を見まわす。

 そこには心配そうな表情を浮かべる婚約者ウィリアムと、王家の皆様、そしてシーラの父アティカスが待っていた。


「シーラ・ランツ。只今参上いたしました。皆様お揃いですが……はて?一体何があったのでしょうか?ああ、もしかして私の母が妹を産みましたでしょうか?」


 シーラの言葉に部屋にいる皆がガックリと肩を落とす。

 あれだけの事件があった後だというのに、泣くでもなく怖がるでもなく首を傾げるシーラ。


 まるで昼間の事件が、随分昔の出来事のような顔で平気な様子を見せるシーラに、構えていた分肩の力が抜けた家族たちだった。




「あー……シーラ、今日学園で事件を起こしたルーナ・スクワロルの事なのだが……」

「はい、ルーナ様ですね。良く覚えておりますわ」


 今日というよりほんの数時間前の出来事なので覚えているのは当然なのだが、ニッコリ笑うシーラに恐怖心を抱えている様子はまるでない。

 ルーナのことも嫌悪感を出すこともなく名前を呼ぶ。

 それは自分を襲った犯人であるルーナのことを、全く気にしていないようだった。


「彼女は学園で問題を起こした。未成年ではあるがウィリアムの婚約者であるシーラを狙ったのは大罪、厳しく罰しなければならない。それは分かるね」

「はい、勿論です」


 トウモロコシ国王の言葉にシーラは笑顔で頷く。

 父アティカスが胃の辺りを押さえている姿がチラリと目に入り、また勝手に心配している事をついでに悟った。


「ルーナの処罰に対しシーラの希望はあるかい?流石に死刑などには出来ないが、襲われたのは君だ。出来るだけシーラの意思を尊重し罰を決めたい。彼女が怖いのならば二度と王都に、いや、この国に入れないようにする事も出来るぞ」


 トウモロコシ国王が目を細めシーラに聞いて来た。

 シーラ的にはルーナの事などもうどうでもいいが、未来の王子妃としてはそうはいかない。きっとこれはトウモロコシからの試験なのだろう。


 自分の感情を押し殺しシーラは王子妃として考えた。


 ルーナはまだ成人前。

 未来ある少女だ。


 王子妃ならばそれも踏まえて考えを出さなければならないだろう。


「では、ルーナ様にはやり直しの機会を儲けてあげて下さい」

「ほう、やり直し、何故だい?ルーナは君の命を狙ったのだよ」


 シーラは首を振る。

 もしあのままルーナに攻撃されていたとして、シーラは躱せた自信がある。

 ジクトールの弟子は伊達ではない。

 シーラはトウモロコシに対し「あの攻撃は攻撃とは呼べない程度のものでした」ときっぱり言い切った。


「ルーナ様はまだ学生。それに今回の件は学園内での出来事であり生徒同士の問題です。まだ成人前のルーナ様に重い罰は必要ないと私は思います」

「ふむ、そうか」


 トウモロコシ国王の目が細くなる。

 どうやらシーラの答えは及第点のようだ。

 感情に流されず答えられたシーラに、トウモロコシ国王は満足そうだった。


「陛下、ルーナ様はウィリアム様に相応しい女性は自分だと仰っていました」

「うむ」


「ですがウィリアム様の横に立つのはこの私、シーラ・ランツ。そこは絶対に譲る気はございませんので、その部分をしっかり教育していただくことが一番の罰になるかと私は思います」

「うむ、相わかった!シーラの望む通りルーナにはウィリアムの相手はシーラであるとしっかりと教育しよう、それでいいなシーラ」

「はい、陛下、ありがとうございます」


「義父様だよ」

「はい、義父様ありがとうございます」


 ニッコリ笑うシーラ。

 トウモロコシ国王もニッコリだ。


 ウィリアムの横は誰にも譲る気はないとハッキリ宣言した為、ウィリアムは「シーラ」と名を呼び目頭を押さえている。


 また、父アティカスも娘の成長に感動したのか「シーラ」と名を呼び胃を押さえていた。

 王族の集まる場は後頭部ではなく胃に来るようだ。

 小心者の父に少しだけ同情した。


 その後、大人達での話し合いがあるというので、シーラとウィリアムはウィリアムの部屋へ行く事になった。父アティカスが青い顔でシーラを見つめていたので (頑張って下さいませ) と視線でエールを送る。 


 どうやらこれからルーナとルーナの両親があの応接室に呼ばれるようだ。

 ルーナの想い人であるウィリアムはいない方がいい。

 想い人に合えばきっとまたルーナは興奮する、顔は合わせない方が良いだろう。


 シーラが許したとしてもスクワロル伯爵家は何かしらの責任を取る形になるだろう。

 長女メロディに引き続き、ルーナまで問題を起こしたのだ。

 教育不足は言い逃れ出来ない。


 だがそれはもう、シーラには関係のない事だった。






「ウィリアム様、抱っこしてくださいませ」


 部屋に入った途端、シーラはそう言ってウィリアムに手を伸ばす。


 学園に入学する前は何度となく抱っこをしては可愛がっていたが、流石にお年頃となったシーラを気軽に抱っこは出来ないと、最近は全くシーラを抱きしめる事などしてい無かったウィリアム。

 だが、手をのばし甘えてきたシーラに胸がぎゅっと鷲掴みにされて「こっちにおいで」と欲望のまま答えてしまう。


「ウィリアム様、今日、私は頑張りました」

「うん……」


 膝の上に乗せたシーラは以前より重みがあり、そして女の子の香りがした。


(前はお日様のような匂いだったのに、今は花のような香りがするな……)


 ぎゅっと抱き寄せながら、良い子良い子とシーラの頭を撫でる。

 普段懐かない猫が急に甘えてきたようで、シーラのことが可愛くって仕方がない。


「ウィリアム様、今日はご褒美を下さいますか?」


 こてんと首を傾げながらウィリアムを見上げて来るシーラ。可愛すぎてウィリアムの心臓は痛くなる。


 これを何の思惑もなく自然とやってのけるシーラは、ある意味悪女の素質があるのかもしれない。


 ほだされたウィリアムはシーラをまたぎゅっと抱きしめ、ぐりぐりと頬を後頭部に当てながら褒めまくる。


「シーラ、よく頑張ったね、偉いよ、カッコイイよ」


 ついでにチュッとシーラの頭頂部に口づけを落す。

 ウィリアムからのご褒美と言えば口づけだからだ。


 久しぶりのご褒美が殊の外嬉しかったのか「ぬふふ」と笑うシーラは尚更可愛くて仕方がない。


「ルーナ様はウィリアム様に恋をしていたようです。私の婚約者なのに」

「うん……」


 シーラを撫でる手に力が入る。

 これはもしや嫉妬か?そう思うと嬉しさが増す。


「ですがウィリアム様は私の婚約者様なのです。ルーナ嬢に譲る気などありません」

「うん……」


 自分の婚約者だと連呼するシーラ。そんな独占欲を見せられたら嬉しくってまた頭頂部に口付けを落してしまう。


 あのシーラが自分に執着を見せている。

 英雄にしか興味がないシーラが、自分の物だと独占欲を見せている。


 それが物凄く嬉しい。

 これまでのジクトールとシーラの逢瀬を見ていただけに、ウィリアムの嬉しさもひとしおだ。


「私はウィリアム様のことがーー」

「うん……」


「だい……」

「うん?……シーラ?」


 腕の中のシーラを覗いてみれば、いつの間にか寝てしまっていた。

 それもそうだろう。

 今日は立派な戦いを制して見せたのだ、本人が思うよりもずっと疲れているはず。

 ウィリアムは緩む顔を隠さないまま、眠るシーラにもう一度口づけを落す。


「ゆっくりお休み、シーラ」


 ウィリアムは抱っこから膝枕に切り替えシーラをソファに寝かせる。

 手を伸ばし靴を脱がせれば十分に休める形となった。

 これならば体を痛めることは無いだろう。


「私の為に頑張ってくれてありがとうね、シーラ……」


 寝息を立てる婚約者の額に口づけを落し、ウィリアムはシーラの頭をまた撫でた。


 そんなウィリアムの声掛けに、寝ているシーラは口元をふにゃふにゃっとさせ「いっけんらくちゃくぅ……」と可愛い寝言を吐いたのだった。




 この後ウィリアムは体温の高いシーラに釣られ、ついうとうととしてしまう。

 そんな状態の中、母ガブリエラとシーラの父アティカスが部屋に様子を見にやって来ることを、この時のウイリアムはまだ知らない。


 靴を脱がせシーラを膝枕のままソファに寝かせている状態を見て、ガブリエラの疑惑が再び上がる。


 そしてそんなガブリエラに起こされた寝ぼけまなこなシーラが「ウィリアム様からたっぷりとご褒美を頂きました」と申告したため、変態王子疑惑は益々深くなるのだが……

 今現在幸せを満喫中のウィリアムはそんな未来に気付くことは無いのだった。





 その後、ルーナ・スクワロルは学園を退学し、修道院へと行くことになった。

 自領内にある穏やかな修道院の為、それ程の罰とは言えないが、今後良縁に恵まれることは厳しいと言える。


 そしてスクワロル家は爵位を一つ下げ子爵位となった。

 爵位を返上を致しますとスクワロル伯爵は言い切ったのだが、今回の件は学園内の事件だった事と、シーラが重い罰を望まなかった為、その形となった。


 またルーナの言葉に惑わされ、シーラを辛辣令嬢だと罵った生徒たちは一定期間の謹慎処分で済んだ。

 これもシーラの恩情だと言えよう。


 ただし彼らがその先平穏に過ごせたかは誰にも分からない。

 未来の王子妃を貶めたのだ。

 周りがそれを許すはずもないのだった。


 これにより第二王子の婚約者であるシーラ・ランツの名はまた一段と有名になるのだが、それがシーラ本人に届くのはまだまだ先のことであった。

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