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女傑道は甘くないですわ

「お褒め頂きありがとうございます。ルーナ様、私が辛辣令嬢と呼ばれそして悪女とも呼ばれるシーラ・ランツその人ですの、どうぞお見知りおきを……」


 辛辣令嬢だと、悪女だと罵っても、そして失笑してもなお、喜んで見せるシーラにルーナの取り巻き達はギョッとする。


 何故喜ぶのか、年上の自分達が怖くないのか、どうして笑顔でいられるのか、色んな疑問が湧いて出たのだろう。少し怯んだものもいる様だった。


「まあ、そんな噂が流れるだなんて……シーラ様はもしかして周りに嫌われているのではないのですか……」


 気の毒そうにそう声を掛けて来たルーナに、周りの者達が「優しい人だ」「女神のようだ」と騒ぎだすが、シーラはそうは思わない。


 エブリンがシーラを良い子だと優しい子だと褒める中「嫌われている」とその言葉を吐いたのはルーナのみ。


 それはルーナ自身がそうで合って欲しいと願っている言葉の様だった。


「はい、その通りですわ。私は嫌われております。それが何か?」


 周りに嫌われていようとも、シーラには何の問題もない。

 そんな事は小さな頃から知っている。


 今のシーラには弟子もいるし、ライバルであるエブリンもいてくれる。


 その他大勢に嫌われていたとしても、シーラを知っている人達がシーラの事を分かってくれればそれでいい。


 そんな思いのもと笑顔で答えたのだが、ルーナはそれさえも気に入らないようで大きな目が釣り上がる。


「き、嫌われている女性など、王子妃には相応しくないのではなくって?シーラ嬢自ら身を引くべきではないのかしら?」


 ついにルーナが核心を突いて来た。

 一番言いたかった言葉は 「王子妃に相応しくない」それだった。


 シーラはちょっとだけ燃え上がった女傑な炎が落ち着き始めていた。

 国王が決めた婚約に対し揉めるなど、つまらない喧嘩だとそう感じ始めていたからだ。


「残念ですがそれは出来ません。私が王子妃となる事は国王陛下と王妃陛下が望んでいる事です。私個人の気持ちでどうこうできる問題ではございません。そんな事は貴族であれば誰でも知っている事ですわ。そちらにいる皆様方も意見があるのならばどうぞ国王陛下夫妻に仰って下さいませ。貴方方が決めた王子妃はこの国に相応しくないと、辛辣令嬢を選ぶなど貴方達の目は節穴だと、そう仰っていただいても私は構いませんのですわ」


 まだ貴族ではなく、ただの貴族家の子供で、学園では一生徒でしかない取り巻き達が、そんな事を国王陛下に言える訳もなく、シーラの言葉に「グッ」と喉を鳴らし黙りこんだ。


 たったこれだけのことで大人しくなるだなんて、なんて張り合いの無い人たちなのだと、シーラの心は愚生徒たちから離れ、放課後向かう図書室へと向き始めていた。


「で、でも、ウィリアム様が!」


「はい?」


「ウィリアム様が、辛辣令嬢と呼ばれる貴女の事なんて気に入る筈がないですわ!」


 自分が思ったようにはシーラが怯まず、困惑し始めたルーナは、遂にふわふわ仮面がはがれ始め、ウィリアムの名を出し叫びだした。令嬢としては下品な行動。可愛らしさは影を潜めた。


 それにそんなルーナの言葉などシーラはどこ吹く風、赤の他人に婚約者同士の関係を勝手に決め付けられても「それが何か?」としか感じない。

 ウィリアムの心の中は誰にも分からないが、シーラの事を大切にしてくれている事はシーラ自身が良く分かっている。


 なのでルーナに何を言われようともシーラには何も響かなかった。


(この方は夢の国にでも住んでいるのではないかしら?)


 好敵手だと、悪女の戦いだとそう思い歓喜していたシーラだったが、余りにも自分本位な言葉しか吐かないルーナに対し、つまらない人だと感じ始めていた。


「確かに、ウィリアム様は私を気に入らないでしょう」

「ほら!」


 シーラの言葉にルーナの目が輝く。

 だが、周りは相変わらず引き気味で頷きもしない。


「ですが、それが貴女になんの関係がありまして?」

「えっ?」


「ウィリアム様は王子なのですもの、結婚に個人の感情など必要ないのですわ」

「な……」


 ウィリアムはこの国の王子だ。

 結婚に対する要望は自分の好きな相手ではなく、王家を、そしてこの国を、自分と共に支えてくれる人(女性)。ただそれだけだろう。


 その点シーラは女傑になる気満々なので、やる気だけは誰にも負けない自信がある。


 王子妃になるためならば拷問だって妃教育だって必要であれば受ける気なのだ。他の誰にも負けない。それが入学試験の結果だろう。


 それにウィリアムの盾となり、時には刃にもなっても支える気でもいる。


 その為に尊敬する師匠ジクトール・グリズリーの訓練も嬉々として受けているのだ。他人にどうこう言われたからと言って揺らぐような軽い気持ちでウィリアムの傍にいる訳ではない。


 それだけには絶対の自信があった。

 なので甘ちょろいことを言うルーナに、シーラの興味はもう失われ始めていた。


 この人は女傑にはなれない。

 魅了のリス悪女ではなく。

 ただのリスだったと……



「それに私だってウィリアム様の事は尊敬していますけれど、男性として見れば物足りなく感じていますわ」

「「「えっ?!」」」


 ルーナだけでなく、エブリン、そして取り巻きたちまでもが疑問の声を出す。


 あれだけの美丈夫王子が物足りないとは、シーラの理想はどれ程高いのだろうと、シーラを益々困惑の目で見始めた。


「私としてはもう少し、いえ、最低でもあと十センチほどは背が高くなって欲しいですし、体重も出来ればあと三十キロほど多くしてムキムキして欲しいですし、今のつるんとした肌ではなく髭が似合うようなごつごつとした肌を持つウィリアム様の方が好ましいですけど、それはそれですもの、好みのタイプと好きになる人は違います。そう言うものですわ」


 いや、それもうウィリアム王子ではなく別人になるよね、と皆が皆、心の中でシーラに突っ込んだが、シーラは気付きもしない。


 見た目の好みなど千差万別。シーラだけが特別ではない。

 それはウィリアムも同じこと、だけど王子であるからこそ相手にシーラを選んだ。


 そしてシーラもまた女傑になるためにウィリアムを選んだ。

 貴族の結婚とはそう言うものである。

 この場で一番幼いと言えるシーラこそが、貴族としての覚悟を一番持っているのだった。



「多分ウィリアム様も私の胸がもっと大きくって、お尻もキュッと上がっていて、腰も細くって、その上可愛らしく微笑む花のような女の子が好きなんでしょうけれど、ウィリアム様は私の容姿に対しそんな事は一度も言ったことはございません。いつもいつも膝の上に抱っこしてはシーラは可愛いね、それに良く頑張っているねと、頭頂にキスを落しながら褒めて下さいますわ」


 ウィリアムの性癖を暴露しているような形となり、周りの者達が赤くなる。


 エブリンも「まあ」と声を出し真っ赤な顔をしているが、シーラには気にならない。

 ウィリアムがシーラを褒めてくれるのは本当のこと。そしてそれが妃教育の糧になっている事も本当のことだった。


「だから何よ!本当はお姉様がウィリアム様と結婚するはずだったのよ!ウィリアム様をお姉様から奪ったのは貴女じゃない!最低な悪女!貴女の事は絶対に許さないわ!」


 なる程、とシーラは頷く。


 ルーナ・スクワロルとはどこかで聞いた名だと思ったが、スクワロル家はウィリアムの元婚約者の家。


 ウィリアムの元婚約者は妃教育が嫌で逃げ出した女の子。

 今は他国へ嫁いだと聞く。そんな相手がシーラよりもウィリアムに相応しいとはちゃんちゃらおかしくってシーラは鼻で笑った。


 努力もしないで逃げる女性に女傑を、王子妃を名乗る資格などある訳がない。

 シーラの女傑への水準値は高いのだ。どんな理由があろうとも泣いて逃げた時点で失格だ。


 今更ウィリアムを返せと言ってきても、譲る気など一ミリもないのだった。


「残念ながらウィリアム様と私の婚約が成立した時点で貴女のお姉様、ウィリアム様の元婚約者であるメロディ嬢は嫁いでおります。なので私がウィリアム様を奪ったというのは語弊があります。そもそも奪うも何も、私を婚約者にと望んだのはウィリアム様本人です。あなたの言い分は全く正しくは無い、ただの妄想。おもちゃを取られた子供の癇癪と同じですわね」


 正論をぶっ放すシーラ。

 ウィリアム自身がシーラを望んだと聞いて、辛辣令嬢だ、悪女だと罵っていた取り巻き達が顔色を悪くする。


 第二王子や国王夫妻が認めた相手を噂を鵜呑みにして罵ったのだ、この話はきっと親だけでなく他貴族にも伝わることだろう。


 大馬鹿者だと、間抜け令息だと今後罵られるのは、自分達の方だと気づき、自らの行いが返って来ることにゾッとしだした。


「だったら……だったら、ウィリアム様のお相手にはこの私が選ばれるはずだわ。お姉様に似て可愛らしくて、その上私はお姉様よりも成績だっていいのよ。ウィリアム様はもう一度会えばきっと私を好きになる。貴女さえ出しゃばらなければそうなっていたはずなのよ!絶対にそうなんだから!貴女から身を引きなさいよ!」


 涙目で訴えるルーナ。

 だがシーラはそんなルーナをスンとした表情で見つめる。


「いや、無理でしょう」


「何故よ!」


「失態を犯した家から婚約者を再び出す意味が無いからです。貴女のお姉様はどういうお考えで辞退したかは分かりませんが、これはスクワロル家の失態です。ですので王家が、ウィリアム様が、それを望むはずがありません。貴女は婚約者候補にも上がっていなかった。それは確実なことでしょう。残念でしたね」


 シーラの言葉にあれだけ可愛らしかったルーナの顔が醜く歪む。

 ルーナの取り巻きや、可愛いと言って頬を染めていたエブリンまでもが引いてしまう程の形相なのだが、ルーナ本人は全く気が付いていない。


 そしてそんなルーナの表情を見てシーラの胸は再びときめいた。


(あれこそまさに鬼の形相!私が目指す悪女な顔なのですわ!)と落ち始めていたルーナの株がちょっとだけ浮上した。


「許さない!許さない!許さない!シーラ・ランツ!貴女のこと、絶対に許さないんだから!!」


 そう叫んだルーナは髪に差してあった簪を引き抜くと、尖った部分をシーラに向けて手を振るった。


 シーラは鍛え抜かれた反射神経で自慢の扇を懐から取り出し、その攻撃を英雄のように受けようとする。


 遂にこの私も英雄の仲間入りですわと口元が緩み、急な攻撃に喜んでいるように見えたのはご愛敬。それこそがシーラ・ランツ。英雄と女傑を心から愛する女の子なのだ。仕方がないだろう。


「スクワロル嬢、やり過ぎです。許容できない攻撃ですよ」


 ルーナの攻撃は残念ながらシーラには届かなかった。

 どこから現れたのか分からないが、地味眼鏡な男子生徒が何の躊躇もなくルーナの手を止めたのだ。それは一瞬の出来事だった。


「何よ!何よ!貴方に何が分かるのよ!悪いのは全部このシーラ・ランツなのよ!本当はこの私が王子妃に、ウィリアム様に相応しいんだから!」


 叫び続けるルーナ、シーラを罵る姿には最初の可憐さなど残っていない。

 ただ醜い嫉妬を叫ぶ女性に周りの目は厳しい。

 可愛らしい女の子であったルーナは、今では皆に不快感を覚えさせている女性だ。

 今後この国で婚約者を見つけるなど無理だと言えるレベルの行動だった。


 好敵手だと思ったのだが仕方がない。

 本物の悪女などそう簡単に見つかるはずがないのだ。


 それよりも今、シーラの頭の中は別の人物のことで一杯だった。

 それは目の前にいるメガネの地味男子、その人だ。


(この人は絶対にエヴァですわ!エヴァなのですわ!まさか男子生徒に変装しているだなんて!気付きませんでしたわ!)


 声に出さず興奮するシーラ。

 エヴァと視線が合い、(大丈夫ですわ、誰にも言いませんわ)と頷いて見せる。


 諜報員の秘密はシーラの守るべき秘密。

 王家に嫁ぐ人間としてそれは当然のことだった。



「シーラ、シーラ、怖かったでしょう?大丈夫?」


 半泣き状態でエブリンが抱き着いて来た。

 シーラはエブリンの背中をさすり「大丈夫ですわ」と落ち着かせるように声を掛けた。


 その間にエヴァはルーナをしょっ引いて行った。

 きっと職員室なり学園長室なりにつれて行くのだろう。

 これだけの問題をおこしたのだ、何の処罰もないとは思えなかった。


 そしてシーラを罵っていた取り巻き達も無言のまま去って行く。

 中にはシーラに頭を下げるものもいたが、彼らもまたルーナと共に下級生を貶めたのだ。只で済むとはシーラには思えなかった。


「ふむ、これにて一件落着ですわね」


 鼻息荒く胸を張るシーラ、勝負に勝って満足気な様子だ。


 ただし半泣きのエブリンが遂に涙を流し、「何でそんなに呑気なのよー」とこの後責めてくるので、シーラの悪女な戦いはまだまだ続きそうなのだった。

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