魅了のリス悪女ですわ
悪女という噂話の一件から、シーラとエブリンは一緒に過ごす時間が多くなっていた。
あれから周りを意識して見て見ると、シーラの事を嫌悪するような視線や、ヒソヒソ話。
それにあからさまに避けるような生徒もいて、シーラ・ランツ悪女計画は順調に遂行されていると感じていた。
ただし、サイラスやジェームズとの噂も相変わらずのようで、サイラスは婚約者ブレンダに噂の事を話し理解してもらい。そしてジェームズはシーラにベッタリだった学園生活を見直すようになっていた。
弟子たちの成長に頬を緩めるシーラ。
悪女生活は自分たちにとって、喜ばしいことばかりだとそう感じていた。
ただし、お昼だけはいつもサイラスとジェームズと一緒だ。
最近は三人の仲にエブリンとサイラスの仲間たちも入っているため、食堂での視線はそれ程痛いものではない。
そう、何故かシーラが一人でいる時こそ、視線が厳しい状態が続いているのだ。
男を誑かすような悪女なのに男子生徒といても何もない。
これは推測だが、サイラスとエブリンは侯爵家出身。
そしてジェームズは国際大会にも出る有名人だ。
出来れば敵には回したくないのだろうと、犯人のそんな思惑を感じ尚更防衛に気合が入るシーラだった。
(どうやら敵は私一人を狙い撃ちしたいようですね。フフフ……さあ、いつでもかかっていらっしゃい!私は逃げも隠れもしませんことよ!オーホッホッホ)
「あ、シーラ、見て見てスクワロル家のルーナ様よ、凄く可愛らしい方よねー」
すっかり仲良くなったエブリンとシーラ。
本当の心の友だと言える仲のようだ。
長めの休憩時間があると、一緒に過ごすことが多くなり、今日はシーラ初めての ”一緒にお花摘み(ツレション)” というイベントに出かけ、今はそのまま中庭に出て本を読んでいた。
「ルーナ様?」
シーラはエブリンの視線の先を見て一人の美しい令嬢が居る事に気が付いた。
丸く小さい顔にはエブリンに負けない程大きくぱっちりとした紺色の瞳が付いている。
そして艶々なピンクブロンドの髪は美しく輝き、そこに可愛らしい花のかんざしを挿していて、それが彼女には良く似合っていた。
それと年齢にしては育っているたわわなある部分がとても目立つ。シーラとエブリンにはまだない部分で悪女としては羨ましくもある。
それに反し背はあまり高くなく、そのうえ細い体は幼い部分も残していて妙に妖艶だ。
少女と女性が混じったような不思議な魅力を持つご令嬢。それがルーナ様。
隣のエブリンはうっとりとして「可愛いわぁ」と何度も呟いていた。
周りを見ればエブリンと同じ感性の学生は多いのか、ルーナ様と呼ばれたご令嬢の傍には沢山の人がいた。まるで皆でルーナ様を守っているかの様子に、飼い犬に囲まれたリス顔な主人のようだと感じたシーラだった。
(確かに可愛い方ですけど……孤高のメスライオンにはなれないタイプですわね……)
シーラの女性の好みは王妃であるガブリエラだ。
孤高のメスライオンという二つ名がピッタリなガブリエラは、王であるウィルフッドに守って貰うタイプではなく、自ら戦うタイプの女性でカッコイイ。
そして義理姉になるグレースも、見た目は儚げながらも芯は強く、困難にも立ち向かって行く鉄女な女性だとシーラは知っている。
なのでふわふわつとしたお花の精のようなルーナを見ても、何の嗜好も動かない。
可愛らしいご令嬢ですわね、とそんな感想で終わりだった。
「私はルーナ様よりもエブリンの方が美しいと思いますわよ。エブリンは一対一で敵と戦えるタイプですから、孤高のメスライオン予備軍に入れますもの」
本気でそう思っているシーラの賛辞にエブリンは顔を真っ赤に染め「シーラは身内びいきなのよ」と俯いてしまった。相変わらずのツンデレらしい。
だがそんな姿もまた可愛らしい。
その上シーラに懐いている所も憎めない。
このまま弟子のジェームズと上手くいって欲しいと思うのは、シーラの嘘偽りのない本音だ。
泣き虫ジェームズには、いざとなったら行動に移せるエブリンのような芯の強い女の子が傍にいて欲しいとそう思っていた。
「エブリン、少しはジェームズと仲良くなれたのかしら?」
シーラの急な問いかけにエブリンは益々赤くなる。
「さ、最近はチェスを教えてもらっているの……」
照れながらも嬉しそうなエブリンの様子に「そうなの、良かったわね」と愛眼を崩すシーラ。
ジェームズは酷い人見知りの為、興味のない人間にチェスなど教えるはずがない。
これは良い傾向だと老婆心なシーラは大満足だった。
「あら、貴女はレイヨウ家のエブリン様ではなくって?」
シーラとエブリンのほんわかした空気をぶった切る甘ったるい声が届きそちらに振り返ると、噂のルーナ様がすぐそばまで来て立っていた。
ルーナは相変わらず可愛らしい笑みを浮かべエブリンを見ているが、シーラはその笑みに何故か敵意を感じた。
ルーナの大きな紺色の瞳にはエブリンへ向ける愛情など何も無く、値踏みするような侮蔑に近い感情が見て取れた。
そしてそんな笑顔なルーナは多くの取り巻きに囲まれていて、女の子二人きりのシーラたちとは違い、味方と呼べるもの達が大勢周りにいた。
その上「あれ、辛辣令嬢だろう」とか、「あれで男を手玉に取るのかよ」とか、失笑とも呼べる声がひそひそと聞こえてきて、流石のシーラでもルーナの敵意に気が付いたのだ。
(なるほど、そうですか、ルーナ様とやら、貴女が私の悪女な噂を流してくださった方なのですね)
シーラの中でふわふわ少女だと評価していたルーナの株が一気に上がる。
まるで昔いた女傑の一人、楊明春の様ではないかとシーラは思った。
自分の可愛らしさを知っていた楊明春は、そんな特性を存分に活かし、敵を裏で貶め殿方の寵愛を奪った女傑。
孤高のメスライオンな自分とは違うタイプの【悪女】の登場に、シーラは気を引き締め直した。
(これは女傑と女傑の戦いですわ!ついに私もそこまで上り詰めたのですわね!)
好敵手を前に悪女シーラの気合は十分だった。
「ルーナ様、私をご存じなのですか?」
嬉しそうに頬を染めるエブリン。
ルーナへの憧れがその瞳から見て取れて、エブリンの理想像が分かった気がした。
「ええ、勿論ですわ。羊の会に通っている頃からエブリン様の事は可愛方だと思っておりましたもの。それにエブリン様は何と言ってもあのレイヨウ侯爵家のご令嬢ですもの、知らない者などいないと存じますわ」
「まあ!」
ウフフと笑うルーナはとても可愛らしく、認知されていたと知ったエブリンも嬉しそうだ。
先日シーラにあんた誰?扱いされたので尚更だったのだろう。すっかりルーナに魅了されているようでその手腕に感心する。
実際はルーナは伯爵家の娘であり、エブリンは侯爵家の娘だ。
立場的にはエブリンの方が上なのだが、そこは年齢と学年的にこの場ではルーナの方が上の立場になる。
そこを上手く使って褒めるルーナにシーラは感動した。これが学園外ではこうはいかなかっただろう。
ジェームズのこと以外でエブリンの頬を染めるとは、敵ながら天晴!だと、シーラはそんな思いでいた。
「そちらの方は?エブリン様のご学友ですの?」
あからさまにシーラを知らないと言葉にし、その上友人ではなく学友と呼び、ただのクラスメイトなのでしょうと聞いているルーナ。
シーラは悪女として自分にはまだまだこういう所が足りないと、ルーナの姿から学んで満足だ。
ただし、婚約者のウィリアムや父アティカスが知ったら卒倒しそうな学習なのでほどほどにしてほしいところである。
シーラは好敵手を見つけたことで、変に悪女スイッチが入ってしまったのだ、ウィリアムとアティカスの青い顔が浮かぶ。
「初めまして、私はシーラ・ランツと申します。エブリン様とは心の友でございますわ」
心の友を強調して声を掛けると、ルーナの可愛らしい顔には少しだけ引きつった物が浮かび、エブリンの頬には赤みがさした。
隣にいる可愛いエブリンの姿に、女の戦い中であるシーラだったが心がほっこりと温かくなった。ツンデレとは悪女並みに恐ろしい者のようだ。
「まあ、貴女があの、シーラ・ランツ様ですの……」
ワザとらしく驚くルーナ。
シーラが名を名乗り挨拶しているのに対し、ルーナは名乗る様子もなく挨拶を返すこともなく、ただ驚き言葉を濁すのみ。
周りの友人達が「大丈夫?」と何故かルーナを心配し始める。
気が付けばルーナの大きな瞳には涙が浮かんでおり、顔も少しだけ青い。
悪女になるには高い演技力も必要になるようだ。
シーラは己に足りない部分が尚更分かった気がして一人心の中で頷いていた。
ただし、シーラの目指す女傑兼悪女は孤高のメスライオンだ。
ルーナのような魅了のリス悪女になる予定は全くないのだった。
「”あの”がどの言葉を指しているか分かりませんが、私はシーラ・ランツ。ランツ家の娘ですわ」
シーラはニッコリと笑いルーナに声を掛けた。
数人の男子生徒がルーナを庇うように前に立ち、シーラを睨んできたが意味が分からない。
何故ならシーラは名を名乗っただけ、不敬な行動をしているのはルーナの方である。
ただし魅了されている人物達が正常な判断が出来るとはシーラも思ってはいない。
魅了のリス悪女。
その巧みな技に只々感心するシーラだった。
「あ、あの!ルーナ様、シーラは噂されているような悪い子ではなくって、凄く優しい素直な良い子なんです」
心配そうに眉毛下げ、エブリンがそんな言葉を言ってくれた。
きっと友人シーラの危機だとでも思ってくれたのだろう。
エブリンの勇気ある行動に、シーラは益々女傑仲間としてエブリンのことが好きになる。
自分の目の前には威圧的な高学年の男女と魅了のリス悪女なルーナがいる。
一番下の学年であるシーラとエブリンが、そんな彼らに取り囲まれて怖くない訳がない。
なのにエブリンはきちんと自分の意思を伝え、シーラの前に出てくれた。
(ああ、これが女の友情というものなのですね!)
感動するシーラの心にはまた温かいものが溢れていた。
「まあ、噂? 噂とは何のことでしょう?私、世間の噂にはひどく鈍くて……恥ずかしい限りですわ……」
手で顔を隠し頬を染めるルーナ。演技力はかなり鍛えられているらしい。
だったら先程の「あの」は何なのだと突っ込みたいところだが、「ルーナ嬢は奥ゆかしい」とか「ルーナ嬢は可愛らしい」との周りの声に、シーラが感じた疑問など誰も感じていないようだった。
さてここはどう攻めるべきだろうか?
言葉が通じない相手は苦手である。
シーラがそんな考えでいると、一人の男子生徒がシーラを指差し叫んだ。
「この女はシーラ・ランツ。辛辣令嬢と噂されている悪女だ!」
それに驚くルーナ。
泣いていた瞳は輝きを取り戻し、好奇心にあふれているように見える。
「まあ、なんてことですの!」
「悪女だなんて恐ろしいですわ!」
シーラやエブリンよりも背も高く体格のいいルーナの取り巻き達が、恐ろしい物を見たかのような顔してシーラを見つめてくる。
だが罵られたシーラだけはご満悦。
恍惚の笑みを漏らしフルフルと震える一歩手前だ。
恐ろしい悪女。
ルーナ達は知らない様だが、それはシーラを喜ばせる言葉の一つなのだった。