ツンデレな子牛は難しい
「ちょっと貴女、お話があるのだけど」
ある日の学園にて、そんな事を言い出した令嬢がいた。
今シーラがいるこの場は、一年生のクラスが並ぶ階である。
なので独り言を言っているこのご令嬢はきっとシーラと同学年なのだろう。
シーラは成績優秀な為、当然Aクラス。
そして弟子のジェームズも、勿論Aクラスだ。
見た事のないご令嬢ということは、シーラとはクラスが違うという事だろう。
ただシーラはクラスメイトを全員覚えているわけではないので、そこは怪しいとも言える。
そんな一人ごちる彼女はグレーの髪を二つに結び、ドリルのように巻いていて、シーラはその髪型がとても面白いと思った。ドリルなど中々出来る技では無い。巧みなメイドでもいるのだろうかと興味が湧いた。
ドリルなご令嬢の紺色の瞳はパッチリくっきりとしていてとても大きくまん丸だ。その上そこについているまつ毛は本物ですか?と疑いたくなるほどフサフサとしている。
まるで恋愛小説に出てくる悪役令嬢のような女の子だが、残念ながらまだある部分が育っておらず、シーラ的には悪役としては少しだけ物足りなさを感じる。彼女もきっと十二歳。これからの成長に期待したいと言った所だろう。
「聞いてますの?私はあ・な・た・に話しかけていますのよ!」
そう言ってツンっと横をむくご令嬢。
これが世にいうツンデレというものかしら?とそんな疑問が浮かぶシーラ。
これまで女の子の親友と呼べる相手がいなかったシーラには、ツンデレ女子というものに全く縁がなく、その行動がよく分からないのだ。
だが今現在彼女のことは自分には関係のない話。
何故なら独り言の多いドリルな彼女とは面識がないからだ。
お花摘み(トイレ)を終えたシーラは、一人ごちるドリル令嬢を気にする事なく大好きな図書室へ向かおうとした。
その瞬間ドリル令嬢が焦り出す。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!シーラ・ランツ!私は貴女に話しかけているのよっ!」
ドリル令嬢はシーラの名を呼ぶと、引き止める為か手を伸ばしてきた。
シーラはサッとその手を避ける。捕まったら負け。シーラの中でそんな勝負が生まれてしまったからだ。
逃げるその姿は正に猫のよう。
ジクトール・グリズリー師匠の指導が役に立ち、シーラ的にも大満足だ。
「ちょっ、ちょっと!貴女なぜ避けるのよ!この私が話があるって言ってるでしょうっ!」
サッ、サッサッとドリル令嬢の手を避けるシーラ。
師匠の喜ぶ顔が目に浮かび思わず口元が緩んでしまう。
シーラとドリル令嬢。
これはどちらも運動神経が余り良くない同士ゆえに成り立つ攻防だ。
周りの少女達は急に始まった二人のやり取りに困惑して逃げて行った。
それはそうだろう。
鬼気迫るドリル令嬢に対し、攻撃されているシーラはニヤリと笑っているのだ。気味悪さしかない。
今、御不浄場に取り残された生徒はシーラとドリル令嬢のみ。
これまで師匠に存分に鍛えられたシーラは、彼女に負ける気がまったくしなかった。
(オーホッホッホ!この私は英雄(ジクトール様)の弟子!その辺の令嬢に負けたりいたしませんことよ!オーホッホッホ!)
心の中で気合が入るシーラは、見事ドリル令嬢の攻撃を全て避け切った。
捕まえたくてもひょいひょいと猫の子のように避けるシーラに、運動不足気味なドリル令嬢は遂に音を上げたのだ。
「はあ、はあ、はあ、貴女、何なのですの、この私が話があると、そう言っているのに……はあ、はあ、なぜ私の手を、よ、避けるのですか……」
息が弾みぐったりと肩を落とすドリル令嬢。
御不浄場でなければ手を突き、膝もついたところだろう。
シーラは勝ち誇った笑みを浮かべ彼女に向き合った。
「ふっふっふ、貴女は世間を知らない様ですからこの私が教えてあげましょう。知らない人にはついて行ってはいけない。そんな常識は小さな子でも知っている事なのですわ。私は貴女を知りません、だからついて行かない、ただそれだけのことなのです」
王妃ガブリエラを真似てオホホと笑うシーラに、「同級生でしょう……」とドリル令嬢は悲しげな様子で呟く。
「同級生だろうが何だろうが、知らないものは知らないのですわ」
正論を振りかざし、あなた何を言っているの?とシーラが首を傾げると、ドリル令嬢は急に泣き始めてしまった。
「やっぱり、ぐすん、貴女なんか、大っ嫌いよ……ぐすん、ジェームズ様を、たぶらかす、悪女のくせに……」
ぐすん、ぐすんと泣き出したドリル令嬢。
だが今シーラは別の事で頭がいっぱいだ。
(えっ?今この方、何と仰いましたの?)
聞こえてはいたがもう一度聞き直したい、そんな言葉がシーラの耳に届いた。
「ドリルさん」
「ドリルって誰よ!私はエブリンよ!」
泣いていたのに急にプリプリと怒り出すドリル令嬢、いや、エブリン。
これがツンデレの形態なのかしらとそんな疑問が湧きながらも、シーラはもう一度先程のセリフを聞きたいが為、彼女に突っ込むことはしなかった。
「ではエブリンさん、先程の言葉は本気ですか?」
シーラが問いかければ、エブリンは顔を赤く染めた。
本当にツンデレとは意味が分からない。
シーラとは別の世界で生きているのではないか、とそう感じる。
「そ、そうよ、悪い、私はジェームズ様のことがーー」
「いえ、そこではなくって」
驚くエブリン。
目が大きくって落ちそうだ。
「えっ?じゃあ、貴女が惑わしてるってとこ?」
「いえ、そこでも無いです」
シーラの言葉にエブリンの眉根に皺がよる。
大きな目も半分ぐらいになってしまった。
「えっ?なによ、もしかして悪女って言った事を怒っているの?」
「あくじょ……悪女ですって!」
キターーーーーー!
やっぱり自分の聞き間違えでは無かったと、シーラは拳を天に掲げた。
いつかは女傑歴伝に載るようなそんな素敵な女性になろうと思っていたが、今まさに ”悪女” と呼ばれ女傑の仲間入りを果たしてしまったのだ。
シーラは御不浄場の鏡に映る自分を見つめる。
最近、師匠の指導の甲斐もあって、体つきが悪女らしくなってきたのでは無いだろうか。
それにシーラの婚約者は王子様であるウィリアムだ。
これこそまさに悪女の王道。王子様の婚約者は悪女。小説では大抵そうなっている。
それにシーラは猫のように目がつり上がっていて、顔もどこか悪女っぽい(気がする)。
その上この学園を牛耳る予定でいるのだ。
自分こそまさに悪女。
ご満悦なシーラは不敵な笑みを浮かべていた。
「あ、あ、あ、貴女、なんだか気持ち悪いんですけど~……」
そんなエブリンの呟きなど全く気にならないシーラだった。
「さあ、お茶をどうぞ」
「はい、頂きますわ」
シーラは今、エブリンに連れられてエブリンの自宅であるレイヨウ侯爵家に来ていた。
知らない人にはついて行かないと言っていたシーラだったが、「悪女」呼びをしてくれたエブリンには心を許し、話を聞くため自ら進んでレイヨウ侯爵家にやってきた。まさに誘拐しやすい悪女と言える。
だが決して簡単に心を許したわけではない。
シーラ的には敵情視察と言ったところだろう。
「シーラ様、先程はお見苦しい所をお見せしましたわ」
「いえ、エブリン様、私は気にしておりませんわ」
プイっと横を向くエブリン。耳まで真っ赤になっていて、まるで昔のサイラスのようで懐かしい。
レイヨウ侯爵家で出たフルーティーなお茶をシーラが存分に味わっている間、エブリンは俯き加減でもじもじとテーブルの下で指を動かしていた。
(ツンデレとは本当に不思議な生き物ですわね……)
周りにはキャピキャピと騒ぐ年頃のウサギな少女達や、孤高なメスライオンであるガブリエラなどの年上女性しかいなかったシーラにとって、エブリンはまた一味違う女の子でとても扱いに困る。
だが、悪女と褒めてもらったからにはエブリンを突き放すわけにはいかない。泣くほどの悩みを抱えているのだ。女傑として聞くべきだとシーラは思ったのだ。
「それで、エブリン様、私にお話とは?」
「……ジェ、ジェームズ様のことなんだけど……」
「ジェームズ?」
はて?弟子のジェームズとエブリンにどんな接点が?とシーラは首を傾げた。
あの人見知りのジェームズが見知らぬ令嬢に声を掛けるとは言い難い。
そうなると答えは一つ。
「ジェームズを憎んでいると?」
「何でそうなるのよ!」
急に怒り出すエブリン。
どうやらシーラの答えが違っていたようだ。解せないが仕方がない、もう一度考える。
ではなんでだろうと、エブリンとジェームズの共通点を考えていると。
「わ、私は……ジェームズ様のことが……ずっと前から、す、好きなのよ……」
と思わぬ言葉が返ってきて驚くシーラ。
(あの泣き虫で、まだひよっこなジェームズのことが好きー?!)
レイヨウ侯爵家の美味しいお茶で心を落ち着かせながら、エブリンとは一生男の趣味は合わないだろうなと悟ったシーラだった。