手長猿と鶏の卵ですわね
シーラの学園生活は順調に始まった。
残念ながら「貴女生意気なのよ!」といった他生徒からの絡まれなどなく、順風満帆、期待していた波瀾万丈な学園生活などはまったくなく、極々平和に過ごしている。
それも当然で、シーラが第二王子ウィリアムの婚約者であることは周知の事実。
その上二人の仲の良さはシーラの知らぬところで大いに広まっている。
ウィリアム様はシーラ嬢を片時も離さないらしい。
ウィリアム様はシーラ嬢といる時だけは声を出して笑うらしい。
ウィリアム様はシーラ嬢の為に他国から贈り物を取り寄せたらしい。
と、ウィリアムがシーラに惚れ込んでいる。
誰の思惑かは分からないが、真実に近い噂は大いに広まっていた。
なのでシーラに喧嘩を売るものなどいるはずもない。シーラ自身辛辣令嬢と呼ばれているので、相変わらず同世代の女の子達からは怯えられている。
それでも婚約したばかりの頃は「貴女なんてウィリアム様に相応しくないわ!」と言ってくる愉快な者もいたのだが、皆シーラに「では国王陛下に申し上げましょう。簡単ですわ、私より貴女様がウィリアム様に相応しいのだと見せればいいのです!」と論破され、シーラに何か言うものはいなくなった。
王妃自ら声を掛け、第二王子自ら決めた婚約者。
向かうところ敵なし状態のシーラなのだが、学園征服を目論む身(悪女)としてはちょっとばかり物足りなさを感じていた。
「シーラ、お昼だよ、早く食堂に行こうよ、サイラスを待たせちゃうよ」
シーラにそう声を掛けて来た人物は、シーラの弟子(友人)の一人ジェームズだ。
黄色いふわふわした髪は相変わらずで、黒い瞳はパッチリとして未だに可愛らしい。
実は最近ジェームズは眼鏡をかけ出した。
それはシーラが新入生代表の挨拶役を譲ったことが一つの原因ではあるが、相変わらず人見知りなジェームズは多くの子供が集まる学園生活が怖かった。
チェスの国内大会で何度も優勝したジェームズは、世界大会に出場するほどの有名人。
その上婚約者がまだいないことから、沢山のご令嬢達から注目の的なのだ。
「女の子の視線って怖いよね……なんか裸にされた気分になってゾクゾクするよ」
そう言って体を震わせ青い顔をするジェームズ。
弟子の危機に心優しい師匠シーラは動いた。
「ジェームズ、眼鏡をかけてみたらどうですか?相手からジェームズの表情も分かりづらくなりますし、チェスの時も視線を読み取られにくくなると思いますわよ」
「ハッ!確かに!」
素直なジェームズは師匠の言葉に頷く。
そして眼鏡効果はすぐに現れ、世界大会では今まで勝てなかった相手に勝ててしまったのだ。
「シーラ!凄いよ!ありがとう!眼鏡様様だ!」
えへへと笑うジェームズは未だ殻付きのひよこ。
オオワシどころかニワトリにもなっていない状態だ。
「ジェームズ君ってカッコいいわよねー」
「うんうん、分かる、クールな所が素敵よねー」
周りの女の子達がキャッキャとジェームズを褒めるたび首を傾げるシーラ。
あれはクールではなく人見知りなのですわ。
弟子を褒められ認められても、なんだか納得がいかないシーラだった。
「よう!お前たち遅かったな」
シーラとジェームズが食堂に着くとサイラスが声を掛けてくる。
それが学園での日常だ。
「お待たせいたしましたわ、サイラス。あら、なんだかまた背がのびたのではなくって?」
「本当だ、サイラスまた背が伸びたー?立ってると話すのが辛いぐらいだよー」
ゴリラを目標としていたお猿なサイラス。
血筋なのかなんなのか、背がニョキニョキとのび、今ではごぼうのようになってしまった。
今現在身長だけはシーラの理想以上。
190センチはあるので英雄の卵としては十分だと言える。
ただしウエイトがまったく足りない。シーラやジェームズと変わらない体重では?と疑いたくなるぐらい細く見えるのだ。
「おまえらなー、そんなすぐに身長が伸びるわけないだろー。たく、昨日顔を合わしたばっかじゃねーか、何言ってんだよ」
ハハッと爽やかに笑うサイラス。
周りを見ればその笑顔に頬を染める令嬢は多くいる。背が高く爽やかな青年に育ってしまったサイラスは女の子たちからの人気も高いようだ。
シーラ的には体に厚みがあり、視線だけで人を怯えさせる男に育って欲しかったのだが、まだまだ教育が足りていないようで、お猿から手長猿に進化した程度、ゴリラなど到底届かないと思っているのが現状だ。
「サイラス、私のおかずをさしあげますわ、もっと(横に)大きく育ってくださいませね」
「あ、サイラス、僕もオカズあげるよ。次の試合も頑張ってね」
サイラスは学園の剣術部の部長を務めている。
就職先はもう既に決まっており、王族を守る近衛隊へと入隊する予定の将来有望株。出世コースまっしぐらだ。
「シーラ、おまえおかずってピーマンの肉詰めじゃないか、ピーマンが嫌いなだけだろ」
「何のことでしょう?ピーマンなんてお名前のかた、私の記憶にございませんわ」
「ジェームズも野菜嫌いは相変わらずだな、カリフラワーの一個ぐらい食べろよ、おまえそっくりじゃ無いか」
「僕は共食いは出来ない質なんだ、だからカリフラワーはサイラスにあげるよ、遠慮なく食べていいよ」
思春期になっても三人の仲の良さは変わらない。
シーラは師匠として弟子を見守らなければならないし、ジェームズとサイラスは自分達を更生させてくれたシーラに恩を感じていると共に、気を使わなくていいシーラの側にいることが居心地が良かった。
「サイラス、お友達の方々もご一緒で構わないのですわよ」
苦手なピーマンをサイラスに押し付けたシーラが何ごとも無かったようにそんな事を言う。
男女ともに人気のあるサイラスは友人が多い。なのでお昼は友人も一緒にと言ってみたのだが、サイラスは苦笑いだ。
「アイツらシーラに遠慮してんだよ、ほら羊の会で俺と一緒にいた奴らだからな」
遠慮と言うより怯えている。
辛辣令嬢の名は伊達ではない。
また何をダメ出しされるかと、シーラに近づかないようにしているのが本音だった。
「シーラはウィリアム様の婚約者だからね、仕方がないよねー」
カリフラワーをサイラスに返され、しょぼんとした様子でジェームズが答える。
シーラとサイラスしか友人のいないジェームズだが、これ以上の友人付き合いはいらないと思っていた。
「ふぅ、まあ仕方がないですわね。これも女傑の宿命ですわ」
良いも悪いも引き寄せてしまう女傑達。
シーラはそんな彼女たちに一歩でも近づくため、儘ならない学園生活にも立ち向かって行くのだった。