辛辣令嬢と好敵手【前編】
すみません、最終話は長すぎて二話に分けました。m(__)m
スクワロル伯爵家の三姉妹は、ズーラウンド王国では有名な美人姉妹だった。
長女メロディは美しさと可愛さを兼ね備えた稀有な少女。
ピンクブロンドの髪に青い瞳を持ち、その笑顔はとても魅力的で芍薬の花の様だと呼ばれていた。
そして次女ヴィオラは華やかな美人。
赤色の髪に紺色の瞳、その横顔は牡丹の花の女神のようだとそう呼ばれていた。
そして末娘のルーナ。
ルーナはとにかく可愛らしい少女だった。
ピンクブロンドの髪に紺色の瞳。
両親のいいとこだけを持って生まれた、百合の花の妖精だとその可愛らしい容姿からそう呼ばれていた。
その為スクワロル伯爵家にはそんな三人娘に対し、ひっきりなしに婚約の申し込みが届くようになった。父スクワロル伯爵は自慢の娘たちのお陰で伯爵として優越感が増し、母スクワロル伯爵夫人は自慢の娘たちに甘くなった。
この子達の未来は明るい。
両親はそう考えて疑わなかったのだ。
そんな中、一番甘やかされて育った娘は末娘のルーナだった。
可愛らしい容姿も相まって、ルーナを叱る者などスクワロル伯爵家にはいなかった。
伯爵である父やその夫人である母が甘々なのだ。
当然使用人や家庭教師もルーナに甘くなる。
なので当然ルーナが「なんでも自分の思い通りになる」とそう思い込むのは自然な流れだった。
そんな中、一番上の姉メロディが羊の会で出会った相手と婚約することになった。
その相手はなんと第二王子ウィリアム・ライオネス。
幼いルーナの中で王子様とは物語の中の人物であり、夢の中の存在だ。
一体どんな人物なのだろうと、ワクワクする気持ちが溢れ出す。
そして当然姉の婚約に両親も湧きだった。
良くやったと、メロディは我が家の自慢の娘だと。
姉を褒めたたえる父と母。
王子様と結婚するということはそれ程凄いことなのかと、幼いルーナは周りの様子からそう学んだ。
ならばこの世界で一番可愛い自分にも当然素敵な王子様が現れることを疑いもしなかった。
「第二王子、ウィリアム・ライオネスだ。スクワロル家の皆、メロディ嬢の婚約者としてこれから宜しく頼む」
スクワロル家に挨拶にやってきたウィリアムはとても美しい王子様だった。
姉の婚約者だと分かっていても、ルーナの胸は高鳴り、頬が熱くなるのが分かった。
「メロディ嬢のことは、私が必ず幸せにいたします」
姉の横でそう言って頬を染めるウィリアム。
なんとお似合いな二人だろうと、父も母も二人の婚約を祝福した。
だがルーナの中で大好きだった姉が一気に嫌いな人間となり憎くなった。
姉妹の中で一番可愛い自分こそが王子であるウィリアムに相応しい、そう思ったからだ。
他の王子様ではダメ。
美しいウイリアムこそがルーナには相応しい。
ルーナの中で姉の婚約を祝う気持ちなど消え失せていた。
「はあー、今日も王子妃教育なのね、憂鬱だわ……」
楽しいことばかりを行って過ごしてきたスクワロル家の令嬢であるメロディは、勉強が苦手だった。
第二王子の婚約者という事で、王妃教育程の厳しさはないが、それでもその辺りの令嬢よりは学ぶことが多く。自慢の笑顔はどんどん曇っていった。
王城へ行ってあのウィリアムに会えるだけでも羨ましいのに、愚痴っては行動に移さない姉に、ルーナは益々自分こそがと思うようになっていた。
「おねーさま、べんきょうがんばってくださいね」
笑顔で姉にプレッシャーをかける。
頑張れ頑張れと声を掛ける度、姉の笑顔は益々雲る。
そして遂に「お父様、もう無理よ、私には王子妃なんて無理なのよ」と姉メロディがそんな事を言いだし、父との口喧嘩が増えていき、遂に姉は笑うことをやめた。
だが甘いはずの父は姉の我儘を許すことは無かった。
今更婚約を無かったことにしてくれなどと、王家に言えるはずがないのだ。
どんなに姉を甘やかしていても、父は自分の面子の方が大事なのだ。
第二王子の婚約者な娘を持つ父。
そのブランドが消えることを父は許さなかった。
(お父様も馬鹿ね、お姉様よりも私の方がずっとウィリアム様に相応しいのに……)
婚約者を変更すればいい。
そんな簡単な事なのに、父は気付かない。
きっと姉が本気で音を上げるまで父は許さないのだろう。
(早くお姉様が婚約を解消すればいいのに……)
ルーナは笑顔で姉を応援しながらそんな事を考えていた。
そして遂にその願いは叶う。
姉メロディがウィリアムとの婚約を解消したのだ。
夜会の席で姉は涙を流し、ウィリアムとの婚約解消を願い出たらしい。
「お父様、今度は私をウィリアム様の婚約者にして下さいませ」
いつもルーナに甘い父ならば即この願いを叶えてくれるはず。
だがそんな純粋なお願いに、父は良い顔をしない。
「時期が来たらな……」
と誤魔化すようなことを言ってルーナから顔を背ける。
それも仕方がないのかもしれない。
何故なら姉メロディとウィリアムはまだ別れたばかり。
本当の運命の相手であるルーナとの婚約を発表するにはまだ早い。
それにルーナはまだ幼い、ウィリアムもきっと時期を待っているのだろう。
(半年? ううん、一年ぐらいは先かしら?)
そんな期待がルーナの中で膨らんでいく。
邪魔ものだった姉メロディは心を病んだ為隣国へと逃げるように留学し、そのまま隣国の貴族と結婚する事になった。
それも相手は格下の男爵家の子息。
年齢も姉のメロディよりもずっと上らしい。
結婚式で見た姉の相手は平凡過ぎて笑いが出た。
ウィリアムを困らせ、ルーナの運命の相手を取ろうとした姉には丁度いい罰になる。
笑顔で「おめでとう」と祝福しながらも、ルーナは心の中で姉を見下していた。
貴女にはその程度の男が丁度いい。
ウィリアムを自分から少しの時間でも奪っていたメロディを、ルーナはずっと憎んでいたのだ。
そして遂に運命の相手であるウィリアムにルーナが選ばれる時期がやって来た。
ウィリアムが本格的に婚約者を探すため見合いを始めたと、そんな噂が聞こえてきたからだ。
スクワロル伯爵家は二番目の姉ヴィオラが婿を貰い継ぐことが決まっている。
つまりルーナの結婚相手は自由なのだ。
なので尚更相手はウィリアムしかいないと、そう思った。
そんな時父から驚くことを聞かされる。
「ルーナ、実はな、ウィリアム様の婚約者が決まったそうなんだ」
「えっ……?」
自分とウィリアムとの見合いの日をまだかまだかと待つ日々の中、父が申し訳なさそうな様子でそう告げて来た。
「ルーナの婚約者はウィリアム様に負けない程の素晴らしい男を探し出して見せよう。もし気に入らなければルーナはずっとこの家にいれば良い。無理に婚約者など作る必要はないんだ」
父の言葉の意味が分からない。
ウィリアム様以外に自分の相手はいない。
父にはずっとそう言い続けてきたのに、何故未だに理解できないのだろう。
それにこれほど可愛い自分が何故結婚もせず家に残らなければならないのだろうか。
いずれ二番目の姉が結婚し幸せになる中、ルーナは一人取り残され落ちぶれるなどまっぴらだ。
嫁にも行かない売れ残りと、そう呼ばれるなど屈辱でしかない。
ルーナはそんな自分の未来を想像するだけでも許せなかった。
「そうよ、そうよね、ウィリアム様の運命の相手は私だもの、ウィリアム様はきっとまた婚約を解消するはずだわ、そうに決まっている」
ウイリアムの運命の相手は自分なのだ。
これは幼い日にウィリアムとルーナが出会った瞬間に決まったこと。
だからきっとウィリアムはルーナの存在に気づき、迎えに来るはず。
だったら自分は今まで通り、可愛さを磨き上げて待っていればいい。
なので他家から婚約の申し込みが来てもルーナは断り続けた。
アプローチを掛けてくる男性を上手くかわす術も学んだ。
けれど待てど暮らせどウィリアムはやってこない。
それどころか新しい婚約者との仲の良い様子が何度も耳に届き、相手への憎らしさが募る。
「きっとウイリアム様は騙されているのだわ……可哀想に……」
ウィリアムを救わなければと、興味が無かったウイリアムの婚約者の情報を集めてみると ”辛辣令嬢” という酷い名で呼ばれている令嬢で驚いた。
シーラ・ランツは暴れん坊な男の子も泣かすほどの気位の高い少女であり、女の子達を怯えさせるような酷い言葉も投げかける、手の付けられない我儘な少女らしい。
何故そんな子がウィリアムの相手として選ばれたのだろう。
もしかして王家の弱みを握って脅したのかもしれない。
そんな考えが浮かび、シーラ・ランツだけでなくランツ伯爵家への怒りも沸いた。
「やっぱりウィリアム様には私しかいないのよ」
悪評を持つ婚約者だったことが分かり嬉しくなって、そのままルーナはウィリアムからのアプローチを待ち続けた。
お姫様は王子様のお迎えを待つもの。
ルーナの中の物語は常にそうだったので、当然ルーナもそうなると疑いもしなかった。
だが学園にも通いだす歳になってもウィリアムからの連絡はこない。
勿論王家からの婚約の申し込みもないし、父に聞いても濁すだけでハッキリとしなかった。
(もしかしてお父様が婚約話を止めているのかしら?)
姉のメロディの件があったのだ。
可愛いルーナまで心を痛めてはいけないと、父が断る可能性は少なからずあった。
そんな中ウィリアムの婚約者が学園に入学してきた。
どこにでもいるような平凡な見た目の、猫にちょっとだけ似ている女の子。それがウィリアムの新しい婚約者だった。
(やっぱりウィリアム様と並ぶに相応しい令嬢は私しかいないわね)
平凡なシーラ・ランツを見てルーナはそう確信した。
自分の相手にもならない令嬢だと、どこにでもいる平凡な令嬢だと、シーラの事を心の中で嘲笑った。
大好きなウィリアムには早く婚約を解消してほしくて、シーラの悪評を学園内で流すことにした。
「ウィリアム様の婚約者であるランツ嬢は男を誑かす悪女だそうなの、私心配で……」
皆から可愛がられているルーナが涙を流しウィリアムの不憫さを訴えれば、耳を傾け皆シーラ・ランツの悪評を面白おかしく流してくれた。
シーラ・ランツに一緒にお昼を摂る相手が男子生徒しかいなかったことも、ルーナが流した噂の後押しをしてくれた。
そしてそれを信じたレイヨウ家の令嬢が早速動き出した。
シーラ・ランツに文句を言いに押し掛けたと聞いてほくそ笑む。
これで今度こそウィリアムは自分を迎えに来る。
シーラ・ランツの評判は地に落ちるだろう。
そう確信していたのに……
『貴女は婚約者候補にも上がっていなかった。それは確実なことでしょう。残念でしたね』
見下していたシーラ・ランツに鼻で笑われ、そう言われた瞬間ルーナは怒りを抑えきれなかった。
学園でシーラ・ランツと対峙した後、ルーナは何故か学園の個室に閉じ込められた。
悪いのはシーラ・ランツなのに意味が分からない。
迎えに来た父と共に学園長と顔を合わせた。
そしてルーナがこの学園を退学しなければならないと聞き驚いた。
「何故ですか?何故私なのですか?私は何も間違ってなどいないのに……」
涙を流しルーナは訴える。
王子であるウィリアムと結婚するのならば、学園の卒業資格は必須。退学などあり得ない。
いつもなら泣くルーナにどこまでも優しい父が、当然の対応だといい学園長に頭を下げる。益々意味が分からない。
学園長は厳しい顔でルーナを見つめ、学園内で起きた事件だとしても許される事ではないと、まるでルーナが悪人であるかのようなことを言ってきた。悪人はシーラ・ランツなのに。
(何故誰も分かってくれないの? ウィリアム様と結婚するのは私なのに……)
ウィリアムの為にシーラ・ランツを消そうと行動したのに、皆が邪魔ばかりをする為上手くいかない。
ウィリアムの運命の相手は私なのに、どうして引き裂くような事をするのだろう。
ルーナが涙ながらに幾ら訴えても、学園長も、そして父でさえも、取り合ってはくれなくて腹立たしい。
まるで違う世界にいる人間に叫んでいるようで、言葉が通じないもどかしさにまた怒りが湧いた。
(ウィリアム様、ウィリアム様、早く迎えに来て! このままでは私達の運命は引き離されてしまう……)
学園長との面談が終わると、王城へと呼び出された。
やっぱり自分こそがウィリアムの相手だと、そう認めてもらえたのだと心が弾む。
(やっとウィリアム様に会えるわ! きっとウィリアム様だけが分かってくれたのよ!)
ルーナはそう期待し、運命の相手との久しぶりの再会を心待ちにした。