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Part.8




 待つこと数分。ようやく二人が登場した。


 車から降りてきた岩崎は、拘束されておらず、さっきからずっと追いかけてきていたスーツの男たちは一緒ではなかった。


「成瀬さん!」


 車を降りると同時に、俺たちのほうに駆け寄ってくる岩崎。一応聞いておこう。


「無事か?」

「ええ。私は全く。あの人たちは悪い人ではなかったようなので」


 詳しい事情を聞いたと言っていた。


「ごめんなさい。巻き込んで」

「いいえ。少し残念でしたが、今日は今日で楽しかったですよ。それより、今はやることがありますよね?」


 最後の一言は、どうやら俺に向かっていったようだ。やることはある。これは、亜子の問題だが、俺には言いたいことがある。本来なら介入すべきでないのかもしれないが、俺は自分勝手な人間なんだ。やりたいことをやりたいようにやらせてもらう。


 俺は視線を移動させる。公園の前に車を止めた亜子の母親が俺たちに近づいてきた。


「私が何者か聞いたでしょ。私は亜子の母親よ。理解したなら、早く亜子をこちらに渡しなさい」


 もう亜子を引き止めるつもりはないが、一言言いたいんだよ。


「もう今日の仕事は、なしになってしまったけど、顔を出すのと出さないのでは、全く違うのよ。さあ早くこっちに来なさい。謝りに行くわよ」

「そっちの都合で話すのは止めろ」


 俺は口にする。


「何ですって?」

「亜子は亜子で、ここに用があって来ているんだ。あんたは黙ってな」


 先ほど話してくれた。それは切実な願いだった。ただのわがままでない、他者の幸福を願った、とても崇高なものだった。


「ここに用事なんてないわ。あるのはテレビ局よ。謝りに行かなきゃ、仕事が減ってしまうわ。せっかくここまで上り詰めたのに、ああ、もうこんな時間。早く行かないと、ディレクターもプロデューサーも帰っちゃうわ」


 なのに、母親は仕事のことしか考えていない。仕事のことしか考えていないのに、仕事をしている亜子本人のことは全く考えていない。


「仕事のことなんてどうでもいい。今は亜子の話を聞いてやれ」

「どうでもいいですって?無関係のくせに勝手なこと言わないで。悪いけど、亜子の話なんて聞いている時間はないわ」


 いい加減頭に来るな。この母親、俺の知っている限り最低の母親だ。


「あんた、亜子が何を考えて仕事をすっぽかしたと思っている。何を考えてここに来たと思っているんだ」

「子供の考えていることなんて、知らないわ。どうせ遊びたかったとか、そんな理由でしょ。本当、気楽でいいわね。私はこんなに頑張っているのに」

「この人、最低です……」


 呟く岩崎の口調にも怒りが窺える。子供の目の前で、何てことを言いやがるんだ。


 亜子を優しく抱きしめる岩崎。亜子は岩崎に任せて、本格的に向かい合う。


「あんたは亜子のことをどう思っているんだ?仕事とどっちが大切なんだよ!」

「あなたも子供だから解らないと思うけど、家庭と仕事は比べるものじゃないのよ。どっちかなんて選べるわけないじゃない」

「それはどちらかに力を注いでいる人の言葉だ。あんたは仕事も家族も亜子に任せきりじゃないか」

「な、何言っているの!私は仕事にも亜子にも一生懸命取り組んで……」


 言葉を濁したのが、全て物語っている。もしかして、今まで気付かなかったのか?


「どの口でそんなこと言いやがる。亜子がなぜ仕事を放り出したのか。なぜここに来たのか、真面目に考えようともしなかったくせに、口先だけでいい加減なことを言うな」

「!」「子供には子供なりの考えや願いがあるんです。子供は気楽なんてのは、大人が勝手に思い込んでいるだけです。亜子ちゃんにも考えや願いがあってここにいるんです。そうですよね?亜子ちゃん」


 すっかりうつむき加減で目に涙を浮かべている亜子だったが、意を決したように顔を上げ、力強く頷いた。


「……………」

「亜子のことを大切に考えているなら、亜子の話を聞けるはずだ」


 何を悩んでいるのか解らないが、黙り込んでいる。しかし、現在三対一だ。いくら亜子の親だからと言って、この状況を無視して話を続けるのは無理だろう。


「いいわ。もう結局時間もなくなってしまったし、話を聞こうじゃないの。下らない話だったら、怒るわよ」


 ふてくされたように、頷く。勝手に怒ればいい。言っておくが、自分の子供が真剣に伝えようとしている内容に対して、下らないなんて切り捨てる親は救えないぞ。


「亜子、言ってやれ」

「亜子ちゃん」


 そっと背中を押す。言ってやれ。自分の気持ちを。


「あたしは、あたしはまた家族三人で、楽しく暮らしたい……」


 声は小さかった。しかし、しっかり聞こえたはずだ。亜子の思いが、しっかり聞こえたはずだ。


「あたしはお芝居好きだけど、お父さんとお母さんと一緒にいるほうがずっと好きだった」


 芝居以上に両親が好きだったのだ。芝居が好きになったのも、きっと両親が影響だったに違いない。


「お芝居は、お母さんが好きだったから、頑張ってきた。いい演技をして、お母さんにほめられるのがうれしくて、ずっと頑張ってきた。でも、頑張れば頑張るほど、お父さんとお母さんはすれ違っていた。家族の時間が少しずつ減っていた。あたしはそれがすごく嫌だったの……」


 声を振り絞る亜子。もしかしたら涙をこらえているのかもしれない。しかし、その声は少しずつ力がこもっていく。


「だから、今日はここに来たの。ここに来たら何か変わると思って。お母さん、今日何の日か覚えている?ここがどこだか解る?」




 言われて、いぶかしんでいるような表情で母親が考え込む。覚えているのか。母親の様子を願うような仕草で見守る亜子。


「ここって、去年来た?」

「!」


 どうやら覚えていたようだ。


「そうだ、亜子の仕事がまだ忙しくなかったころ、家族三人で来たはずだ。家族の時間は去年のここで止まっているんだ。亜子がなぜここに来たのか、それは家族の時間を取り戻したかったからだ」

「確か、このあと花火が……」


 徐々に思い出してきたようだ。家族の思い出、亜子が楽しかった思い出。これが、母親にとっても楽しかった思い出であるのは言うまでもないだろう。


「少し、振り返ってみてはいかがでしょうか。前見て走り続けることは、それはすばらしいことだと思います。ですが、周りを見ずに一心不乱に走り続けていては、本当に大切なことを見過ごしてしまいますよ。時には立ち止まって、周りや後ろを見る時間を作ってください。きっと、大切な何かが見えてくると思います」

「…………」


 亜子が見上げてくる。口に出したわけではないが、何が言いたいのか、理解できた。


「いいぞ。行ってやれ」


 俺は亜子の背中を押してやる。亜子はうなずくと、今度は岩崎を見上げる。


「ぜひ、行ってあげて下さい」


 笑顔で答える岩崎。安心したように力強く頷く亜子。そして、亜子は母親の元に駆け寄った。


「お母さん……」


 母親の手を握り、顔を見上げる亜子。しばらく表情を変えずに、亜子を見下ろしていた母親だったが、不意に笑顔になり、


「お父さんに連絡しようか?」

「う、うん!」


 どうやら家族の絆は、再び繋がったようだ。完全に元通りではない。これから紡ぎなおさなければいけない。しかし、もう一度一から紡ぎなおしたその絆は、きっと前以上に強固なものになるに違いない。

「これで、大丈夫ですかね?」

「たぶんな」


 としか言えないだろう。未来のことなんて、誰にも解らないのだから。しかし、推測くらいはできる。


 電話をしている母親と手をつないでいる亜子は、とても幸せそうだった。嬉しそうに笑う様子を見れば、誰もがこう思うだろう。


「きっと大丈夫だ」

「そうですね。きっと大丈夫」


 きっと大丈夫だ。もう二度と失わないだろう。握ったその手を、二度と離さないでもらいたいね。


「そろそろ花火だな。父親は間に合うかな?」

「どうですかね。まあ、途中からでも何も問題ないですよ」


 確かに、大した問題じゃないな。父親が来てくれるなら、何も問題ない。


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