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Part.7


 着いた所は、丘の上にある公園だった。いや、公園かどうかも怪しいな。遊具と呼べるものは鉄棒くらいしかない。その鉄棒も、申し訳程度に一つだけ置いてある。一体何のために公園を作ったんだろうな。


 周りは民家で囲まれているので、そこまで危険ではないが、結構木が植わっているため、公園の奥に入ってしまうと、存在を確かめられない。


 ただ、丘の上ということもあり、眺めはかなりいい。民家の明かりも薄く、街灯も一つしかないため、天体観測などもできそうだ。穴場と言えば、穴場だろう。辺りには人っ子一人いない。


 俺たちは、展望台のようになっている開けたところにあるベンチに腰掛けた。


 ここからは、商店街や縁日の様子が全て見える。確かに、色とりどりとは間違っても言えないが、それらが放つ光りは、ぎらぎらしておらず、何となく安心させる光だった。


「うわあ、きれい……」


 丘の上からの眺めを見て、亜子は呟いた。今もなお、見知らぬ大人に追われているのだが、下界を見下ろす亜子の様子からは、そんな様子を微塵も感じることは出来なかった。まるで、もう問題は解決した、と言っているかのよう。すでに何かから解放されたように、妙にすっきりした表情をしていた。


「ねえ。花火はまだ?」

「あと少しだ」

「そっかあ。早く始まらないかな」


 そんなことどうでもいいだろう、とは言えなかった。亜子の表情はどこまでも澄んでいて、いやなことを思い出させるのは申し訳ない気持ちになった。


 しかし、と俺は思う。聞かなければいけないだろう。そうしなければ、この話は終わらないし、本当の意味ですっきりした気持ちになれない。そんな気分で花火を見ても、心から楽しめないだろう。


「…………」


 そして、俺はようやく口を開いた。


「亜子」

「何よ」


 亜子はこちらを見ることなく、返事をした。俺は気にせず、続ける。


「お前は今日、ずっと演技をしていたな。飽きることなく、気付かれることなく」

「何を言っているの?演技しろといったのは、あんたでしょ」

「そうじゃない」


 確かに俺は、『子供らしい子供』を演じてみせろ、と言った。亜子に演じさせた。事実、次の瞬間から亜子の雰囲気はがらりと変わった。だから俺は俺が言った直後から演技を始めたのだと思っていた。しかし、実際は違った。


「お前はもっと前から演技をしていた。違うか?」

「違うわよ。私が演技を始めたのはあんたに言われてからよ」

「お前は最初見知らぬ男たちから、原因不明の理由で追われていると言った」

「言ったわね」

「それから俺たちと合流して、たまたま開催されていた花火大会に付属されていた縁日を楽しんでいた」

「そのとおりだわ」

「しかし、実際そんなことってありうるのだろうか?」

「…………」


 亜子が何者であろうと、女子小学生であることに違いはない。つまりはまだ子供だ。子供が成人男子に理由も解らないまま追い掛け回されていたなら、暢気に縁日など楽しむことが出来るだろうか。答えは否。大人だろうが子供だろうが、断じて楽しめるはずがない。恐怖に支配されていて、それどころじゃないはずだ。


 そこから得られるまともな仮説は二つ。一つは楽しく過ごしている演技をしていた。この答えは当然のように却下だ。得体の知れない大人に追われているという極限の恐怖を押さえつけて、楽しんでいる演技なんて出来るはずがない。そんな人間がいるなら、アカデミー賞とか言っている場合ではなく、真実が何なのか、もはや解らなくなってしまう。


 よって俺はもう一つの仮説が真実だと位置づける。俺の立てた二つ目の仮説。それは、


「お前は追われている理由も、追ってきているやつらも知っていたんだな」


 それしか考えられなかった。確かに理由も解らずに、知らない大人から追い掛け回されていたら相当恐ろしいだろう。しかし、ある程度理由も見当がついていて、追ってきている人間にも心当たりがあったら、心を支配する恐怖は一気に激減する。


 では、追ってきている人間が殺し屋で、目的は殺害だった場合でも恐怖は激減するかと言われると、答えは否だ。むしろ増大するだろう。しかしそれでも俺はこの仮説が真実であると、信じて疑わない。何を根拠にそんなことを言っているかというと、やはり縁日での亜子の様子だ。あれは演技には見えなかった。俺には心から楽しんでいるようにしか見えなかった。


 と言うことで、亜子は追われる理由も追ってくる人間も知っていた。これが俺の導き出した答えだ。では知っていても恐怖に支配されない『追われる理由』とは一体何か。おそらく、


「お前を連れ戻しにきた、だろ」


 そして、追ってきていたあのスーツ男たちは、亜子の関係者であり、先ほどのスーツを着込んだ女性は、亜子の母親だろう。


 最初から怪しんでいた。追われているから助けてくれ、と言っている割には、男たちに恐怖を抱いていないし、追ってきた男たちの話題を極端に嫌がっていた。母親の事もそうだ。母親に連絡したか、と聞くのは、むしろ常識だろう。しかし、そう声をかけた岩崎に対して、別にいい、と一刀両断し、そのあとは、自分から連絡しておく、と言って、口出しできないようにした。


「お前は俺が言う前から、子供らしい子供を演じていたんだよ。わがまま言って、仕事を放棄するなんて、いかにも子供らしいじゃないか」

「…………」


 黙り込む亜子。こうべをたれるその様子を見下ろす俺。どう考えても、説教しているように勘違いしてしまうな。さっき言ったが、俺は誰かをいじめる趣味はない。


 俺は腰を下ろして、亜子よりも低くしゃがみ、したから見上げるような姿勢をとった。


「お前は、今日ここで縁日と花火大会があることを知っていたな?」


 できるだけ優しい声を出したつもりだが、実際どうだったか自身はない。


「それを知った上で、仕事を放り出してここに来た」


 そんなことをしたら、どうなるだろうか。これは子供でも簡単に想像つくだろう。ただでさえ聡明な亜子のことだ。すぐさま考え付いたに違いない。


「何で、こんなことをしたんだ?単純に母親を困らせたかったわけじゃないんだろ?」


 うつむいたままの亜子だったが、しばらくして、まっすぐ俺を見返してきた。


「ここの花火は、あたしたちの思い出なの」


 以前に来たことがあるようだ。亜子が一人でここまで来ることができたのだ。その可能性が高いと思っていた。もちろん想像できるのはここまでだ。


「今、お母さんとお父さん、別居しているんだけど、」


 これはもしかしたら周知の事実なのかもしれない。俺は亜子自身を知らなかったから、知っているはずがないのだが、そういえば岩崎は母親の話ばかりしていた。少なくとも、亜子が片親であるということは知っていたのだろう。


「昔は仲良くて、よく三人で出かけていたんだ」


 楽しく幸せな思い出なのだろう。亜子の顔には、わずかだが笑みが浮かんでいる。


「お母さんもお父さんもお祭り好きで、夏はいろいろなところに行っていたわ。でも、それも昨年を最後になっちゃったの。原因はあたしの仕事」


 岩崎はなんと言っていた?去年の暮れから急激に人気を博した。確か、そう言っていたはずだ。つまり、秋から冬にかけて仕事が入ってきたのだろう。冬から春にかけては、さらに入ってきた。どんどん仕事に追われる身になってしまった亜子。おそらく亜子の仕事には母親が付き添っていたのだろう。亜子の仕事が増えるにつれて、母親も忙しくなる。亜子の人気に反比例するように、家族の空間が少しずつ減ってきてしまったのかもしれない。


「お芝居は好きだったし、周りの大人もみんな優しかったから、仕事は好きだった。でも、仕事が増える代わりに、いろいろなものがあたしの周りからなくなっていったわ」


 小学校の事もそうだろう。遊ぶ時間だって減っただろうし、先ほど言っていたように、両親と出かける時間も減った。あまつさえ、父親も失ってしまうかもしれない。


「あたしの中の楽しい思い出が、去年の夏から動いていないの。だから、またここに来れば、何かが変わるかもしれない。止まってしまった時計が動き出すかもしれない。そう思ったの。でも、」


 家族と仕事。どこでも問題になるいわば究極の選択だが、亜子が家族を取ってしまうのはもはや必然のこと。家族のために、仕事を放り出してしまってもとがめることはできまい。しかし、


「お母さんは今日が花火大会だって覚えていなかった。どんなに言っても、仕事、と言って聞いてくれなかった。お父さんどころじゃなかったわ」


 ならば、と考えたのが、この失踪事件のでっち上げと言うわけか。


「あたしがいなくなれば、お母さんは絶対追いかけてくる。たぶんお父さんにも連絡が行く。そうなれば、またここの花火が見ることができる。あたしはこの作戦を思いついたとき、笑いが止まらなかったわ。でも、」


 現実は違ったようだ。


「でも、うまくいかなかった。お父さんは来てないみたいだし、お母さんは時間だけを気にしていた。やっぱりあたしはただの子供だったみたい。どんなに大人っぽく振舞っても、演技しても、大人みたいにうまく出来なかったの」


 俺のことをまっすぐ見返す二つの瞳から涙が溢れ出した。


「巻き込んでごめんなさい。わがまま言ってごめんなさい」


 泣きながら謝る亜子。これが演技でないことくらい、俺にも解る。演技だとしても構うものか。


「まだ諦めるのは早いぞ」

「え?」


 俺は立ち上がると、携帯電話を取り出した。電話をかける相手はもちろんこいつだ。出ない可能性もあるが、きっと大丈夫だろう。亜子の話を聞いて、全て解ったからな。


『もしもし?』


 出たのは、下で捕まっているはずの岩崎だ。電話に出ることができているということは、もう事情が説明されて、解放されているからだろう。もしかしたら、俺の説得を頼まれたのかもしれない。


「母親を連れて、上に来てくれ。頂上付近にある、小さな公園だ」

『亜子ちゃんから事情を聞いたんですか?』

「ああ。全部聞いたが、納得できん」


 こればかりは黙っていられない。一言言ってやらないと気がすまない。文句を言わせないと思っていたのだが、


『解りました。すぐに行きます』

「あんたも聞いたのか?」

『ええ。私も納得いきません。亜子ちゃんにも、話が聞きたいです』


 じゃあ目的は同じだ。二人で、決着つけるとしよう。





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