Part.6
それからの二人は、俺の心配を吹き飛ばすかのように、自分の言葉を忠実に再現していた。岩崎は、回りを気にせずとにかく食べまくっていたし、亜子は妙な注文ばかりして、俺たちを困らせていた。楽しめと言ったことを後悔するくらい、二人は祭りを楽しんでいた。かく言う俺もずいぶん楽しんでいたのだが。
「さて!お祭りも十分堪能しましたし、そろそろその穴場とやらに移動しますか」
精一杯祭りを楽しんだおかげか、時間の進みは早く、すでに打ち上げ予定の一時間前になっていた。穴場というだけあって、若干遠い場所らしいので、そろそろ動き出したほうがいいだろう。
「そうだな」
岩崎の言葉に、俺は賛成し、まだ盛り上がり続ける縁日の喧騒から離れた。
とりあえず縁日街から離れ、人の流れと逆に歩いていく。すると、待っていたかのように、嫌な予感が姿を現した。おそらく解りやすい展開だ。これは簡単に想像できる。例えば祭りとかに来たとき、連れとはぐれてしまった。そうした場合、人ごみを避けて解りやすい場所で待ち合わせするだろう。そして、誰かを探すときも人ごみを避けるだろう。
さて、現在の話に戻るのだが、俺たち、というか亜子は追われている。先ほども追っ手にかなり接近されたが、人ごみに紛れて逃げ切ることが出来た。そして今、俺たちの周りにはほとんど人がいない。こうなった場合、どうなるだろうか。
「成瀬さん」
ああ、気付いているよ。正面からスーツを着込んだ男が二人ほど、ゆっくり向かってくる。どうする?もう一度、祭りに戻るか。などと考えたが、振り返ると後ろからも三人、同じくスーツを着込んだ男。どうやら待ち伏せされていたようだ。
「どうします、成瀬さん」
どうするも何も、逃げるしかないだろう。だが逃げ切れるだろうか。俺はこれでも男だ。ある程度は走ることが出来る。岩崎もそこそこ走れるだろう。運動が苦手というイメージはない。問題は亜子だ。運動神経がよくても悪くても、所詮は女子小学生。大人の男から逃げることは出来ないだろう。
横目で亜子を見る。意外なことに、亜子は全くおびえた様子を見せていない。肝が据わっているのか、演技なのか。どちらにしても普通の小学生ではないな。
「亜子」
「何?」
「走るぞ」
俺は亜子の手を取り、走り出した。正面から二人、後方から三人。だとすると、選ぶのは人のいない方向。俺たちは左の道に向かう。俺の知る穴場もその方向だ。
ますます人気がなくなっていくが、こちらのほうが走りやすい。走りにくいが見つかりにくい人ごみを選ぶのと、どちらがいいか俺としては選びにくいところだったが、今は考えないでおく。
俺は亜子の手を引いて走る。その後ろを岩崎がついてくる。後ろを見ながら走るのは、結構疲れる動作である。
やはり向こうの方が早い。向こうはスーツだが、こっちは三人とも浴衣である。なりふり構わず走ったとしても、走りやすさは圧倒的に向こうの方が上だ。こちらは靴ですらない。加えて、向こうは成人男子。こちらは女子小学生、女子高生。そして俺。はじめから負け戦だったのかもしれない。
どうする。俺が囮になるか。自分で言うのもなんだが、頼りにならない囮だ。だが、多少の時間稼ぎはできる。このまま指をくわえていても、どうせ捕まる。ならば少しでもあがいて見せるほうがいいだろう。俺は立ち止まり、後方に振り返る。
「成瀬さん?」
「先に行け」
「ですが、」
口論している時間はない。俺は亜子の手を離す。
「先に行け」
「解りました。上で待ってますから」
言って、走り出す岩崎と亜子。さてどうしようか。はっきり言ってどうしようもない。格闘経験どころか、ケンカの経験もない俺は、顔面にクリーンヒットをもらえば、一発だけでKOされるに違いない。かといって、よける自信もない。となれば、口で時間を稼ぐしかないな。などと考えていると、
「きゃっ!」
後ろで悲鳴が聞こえた。振り返ると、どこから来たのか、一台の車がそこに止まっていた。中からは一人のスーツ男。そして、スーツにタイトスカートを着た一人の女性がいた。
「こっちに来い!」
男が二人に近づく。隙を衝かれた二人は、全く動くことなく間合いをつめられてしまう。そして、亜子に向かって手が伸ばされる。まだ亜子は動けずにいる。万事休すか。しかし、
「きゃっ!」
捕まったのは、岩崎だった。というか、亜子をかばって、捕まったのだ。
「早く成瀬さんのところへ!」
「う、うん!」
寄ってきた亜子を自分の後ろに隠すようにして立つ。岩崎の機転により、間一髪しのぐことができたが、どちらにしても絶体絶命だ。岩崎を人質に取られた上に、さらに人数が増えている。車もある。
「さあ、その子をこちらに渡しなさい」
紅一点の女性が言う。なるほど、この人が統率者であるようだ。
「私は大丈夫です。いいから早く逃げて下さい。林の中を通れば、十分逃げ切れます」
岩崎の言うとおり、俺たちは今林を背中にして立っている。俺たちが逃げ切る道はそれしかないだろう。
「いい加減にしなさい。鬼ごっこは終わったのよ。亜子、早くこちらに来なさい」
返事をしない俺を無視して、直接亜子に話しかけた。
「…………」
亜子は硬く口を閉ざしているが、表情は今にも泣き出しそうである。岩崎が自分の身代わりになってしまったことが相当堪えたに違いない。
「早くして。時間は限られているのよ」
おかしい。何かがおかしいな。俺は違和感を覚え始めた。いや、違和感はずっと前からあった。いつからか、正確な時刻は解らない。しかし、その違和感は徐々に積もり始め、今ようやく自覚できるほどになっている。俺が知っている情報では、どうにもつじつまが合わないような気がする。俺が知らない事実が隠されているようだ。その鍵を握っているのは、目の前の大人たちと、牧村亜子だ。
「お前、こいつらと認識があるのか?」
俺が小声で話しかけると、
「…………」
俺のほうを向かず、無言の返事をよこした。これで確信した。どうやら、事情聴取が必要みたいだな。
「逃げるぞ」
またしても小声で話しかける俺。
「でも、彼女が」
今度はこちらを向いて返事をした。
「あいつは大丈夫だ。ああ見えて、あいつはものすごく強い」
ケンカしたところは見たことないが、きっと強いだろう。たぶんだが、今日も武器を持っているはずだ。
「絶対助けてやるから、少し待ってろ」
命を張るつもりはないが、おそらく何とかなるだろう。こいつらはかたぎの人間だ。話し合いだけで何とかなるだろう。そのためにも、亜子に話を聞かなくてはいけない。
「な、成瀬さん……」
俺の言葉が届いたらしい岩崎は、小さくつぶやき、そして微笑んだ。
「解りました。大人しくしていますから、早いとこ終わらせて下さい」
「解った」
短いやり取りを終えると、俺は亜子を見て、いよいよ逃げ出そうとする。すると、
「何しているの。早く捕まえなさい」
焦れた女性が、スーツの男たちに指示を出す。男たちは頷き、俺たちに向かってゆっくり歩き出した。俺たちは身構える。すると、
「私たちを差し置いて、何いい雰囲気作っているの。ずいぶん余裕なのね。あなたたちが仲がいいのは解ったから、大人しくしてもらえないかしら。でないと、かわいい彼女が痛い目見るわよ」
「それはこっちも同じことだ。そいつに手を出せば、かわいい天才子役に被害が及ぶと思え」
俺の言葉に、男たちは動きを止めた。今まで余裕の表情をしていた女性の顔が引きつる。やはり、亜子のことが相当大事と見える。
「あなた、小さな女の子をいじめる趣味があるの?特殊な趣味を持ち合わせているのね。別の女の子を紹介してあげるから、その子を渡しなさい」
「それはありがたい話だが、丁重に遠慮させてもらう。余裕があるのはいいことだが、あまり余裕ぶっていると、痛い目に見るぞ。そいつは亜子みたいにかわいい女の子じゃない。というか、女の子じゃない」
俺がこう言うと、連中は一斉に岩崎を見た。
「な、何ですか!私は立派に女の子です!文句あるんですか?」
岩崎がでかい声で文句を言っている間に、俺たちは一目散にこの修羅場から逃げ出した。しかし、冗談とはいえ、まずいことを言ってしまったかもしれない。何とかして、機嫌を直すいいわけを考えておかなければいけないな。