Part.4
Part.10で終わりです。三月中には完結させる予定ですので、ご了承ください。また週二でうpしようと思っているので、よろしくお願いします。
「ところで、実際のところお前は何者なんだ?」
考えてみれば、まだ正確な情報を聞いていなかった。今更どうでもいいような気もするが、一応聞いておくべきだろう。
「な、成瀬さんご存知ないんですか?」
岩崎の驚きようからすると、俺は相当世間知らず者であるらしい。確かにバラエティーならいざ知らず、子役が出ているようなドラマはほとんど見ていない。
「朝の連ドラで、史上初めて主役を演じた小学生、天才美少女子役の牧村亜子ちゃんですよ?去年の暮れから急激に人気を博した超新星。天才美少女子役の牧村亜子ちゃんですよ?」
ですよ?と言われても知らないものは知らない。しかし、子役がそれほどメジャーになるのは並大抵のことじゃない。やはり相当な人気者であるらしい。天才美少女子役とは、どこぞの社長令嬢みたいなキャッチフレーズだな。
「その類稀なる美貌と演技力で、今業界は亜子ちゃんに大注目しているんです。アメリカの映画会社がオファー狙っているという情報もあります。亜子ちゃんはまだどこのプロダクションとも契約していないので、水面下では亜子ちゃんのドラフト合戦がまことしやかに繰り広げられているとか、いないとか」
どれも眉唾物だな。はっきり言って興味ない。とりあえずこの少女がどれほどの人気者であるかは解ったような気がする。
「成瀬さんは本当にご存知ないんですか?」
「ああ」
「信じられません!」
「あたしの知名度もまだまだってことね。結構ショックだったわ」
「いえ!亜子ちゃんには何の落ち度もありません。全ては成瀬さんがいけないのです。全く世間知らずもいい加減にして下さい。必要最低限の情報くらい獲得していないと、世間からはみ出してしまいますよ」
なぜここまで説教されなければいけないのだろうか。興味は人それぞれだ。牧村亜子がどれほど人気者であろうとなかろうと、俺の興味の外なんだ。ただそれだけの話だ。
「それで、その天才子役様が、こんなところで何をしている。さっきの連中は一体誰だ?」
俺はこれ以上の糾弾を避けるために、話題を摩り替えた。
「美少女が抜けているわよ」
「そういえばそうですね。さっきの連中というのは、亜子ちゃんを追っているという大人のことですか?」
糾弾を避けるためにした質問ではあるが、これは普通の質問だ。この質問をしなければさすがにおかしいと言える。しかし、
「知らないわよ。そんなことあたしが聞きたいわ」
と若干いらいらした様子で応える亜子。実際いらいらしていたのかもしれない。普通の女子小学生ならいらいらするより怖がると思うのだが。
「考えてみれば、亜子ちゃんくらい有名になると、追われる理由もいくつか思いつくような気がしますね。何人か思い当たりそうな気もします」
ま、有名人はいろいろな意味で目立つからな。逆恨みを買うことも嫉妬を買うこともあるだろう。悪いことをしていなくても嫌われてしまう可能性もある。すぎた才能というのは時に迫害の対象になってしまうのだ。
「それで、どうしますか?何ならお母様に連絡したほうがいいのではないでしょうか?」
「別にいいわよ。それより、何で今日はこんなに人が多いのかしら?」
自分から守れと言い出したにもかかわらず、興味なさそうなのはなぜだろうか。俺たちは一体誰のためにこんなことをしなければならないのか、教えてもらいたいね。
「あれ?亜子ちゃん知らずに来たんですか?」
「ええ。逃げていたからね。それで、何かあるの?」
「ええ。今日はこの近くの港で花火大会があるんです」
「え?花火大会!本当?あたしも見たい!」
「本当ですよ。私たちの格好もそのためなのです」
岩崎は両手を広げて自らの衣装を見せる。新たに巾着が増えているな。髪飾りも増えている。どうやら貸衣装屋で手に入れたらしい。
「いいな。あたしもそれ着たい!」
「え?浴衣のことですか?別に構いませんけど、今日ここにいると、お母様は知っておられるのですか?」
「後で連絡しておくわ。ね、いいでしょ。連中を撒くという意味でも、衣装を変えるのはいい手段だと思うのだけど。周りの目も気になるしね」
そういえば、周囲が何となく騒がしくなってきたな。俺は知らないのだが、一応有名人なのだ。しかも話を聞く限り、今一番旬であるらしい。パニックが起きてもおかしくはない。そんなことになったら今以上に面倒なことになるのは火を見るより明らかである。
「いいですか?成瀬さん」
「俺は構わないが、金は持っているのか?貸衣装はただじゃないんだぞ」
「誰に言っているのよ。あたしが年間どれほどの興行収入を生み出していると思っているの?」
スケールのでかい話だな。しかし、所詮は子供といったところか。どうやら所持金は文字通り子供の小遣い程度しか持っていなかったらしく、あとで返す、ということで、俺と岩崎が半額ずつ出し合って、浴衣を借りてやった。
「あとは、屋台でお面でも買いましょうか。これで完璧ですね」
そいつはいい考えかもしれない。顔さえ隠れてしまえば、そこらへんの女子小学生と大して代わり映えしないだろう。
「言っておくけど、あたしは味にうるさいからね。あと、まだ食事制限とかされていない育ち盛りだから、結構食べるわよ。覚悟しなさい」
前言撤回。顔が隠れていても、やはりこいつは普通の小学生足り得ない。口を封じなければ、普通にはならないな。
「亜子ちゃんの言うとおり、とりあえず食べ歩きですね。場所取りとかもしなければいけないんで、七時くらいには移動しますか」
「いや、場所取りは必要ない。穴場を知っているからな。何でも地元の人間も知らないような場所らしい。縁日からそこそこ離れた場所だから、真っ暗で雰囲気もいいようだ」
俺の言葉を聞いて、岩崎の頬が急激に紅潮する。
「へ、へえ。そ、そこまで熱心に調べていただけるとは思わなかったです」
熱心に調べていたのは、俺ではなくて相馬優希だ。俺とて、まさかここまで調べてくれるとは思わなかったというくらい、複数枚のレポート用紙で提出してくれた。本当に真面目で律儀な人だ。感謝を表現して、なんて言わなきゃよかったな。
というわけで、調べてくれたのは相馬優希なのだが、こいつは何か勘違いしているらしい。相馬優希の働きっぷりを考えると、ここはきちんと説明するべきなのかもしれないが、どう考えても墓穴を掘ることになると思うので、申し訳ないが、俺の手柄とさせてもらおう。
「一応あんたと約束したからな。情報は俺が調べると」
口に出してみて、はっきり解ったのだが、どうやら俺は最低の男らしい。岩崎の嬉しそうな顔を見ていると、さらに罪悪感が湧いてくる。要するに人の手柄を横取りして、自分の株を挙げているのだ。昔話に出てくる悪人になったような気分だ。物語の最後で、地獄に落ちなきゃいいのだが。
「あのー、ということは、成瀬さん」
俺の気持ちも知らずに、恥ずかしそうに見上げてくる岩崎。これ以上俺を追い込まないでもらいたいのだが、事情を知らないのだから仕方がない。
「何だ?」
「つまり、私のために一生懸命情報収集をして下さったということですか?」
だから違うのだ。それに、こいつのことだ、人ごみの中で見ようとも、風情とか言って片付けていたはず。加えて、情報収集は俺の分担だったが、こいつはこいつで自分でもいろいろ調べているのだろう。俺が調べてなくても十分楽しめるように、いろいろ動いていたと思う。そもそも俺自身が情報を集めたわけではないので、話にならないのだが、なぜ相馬優希に花火大会の情報を要求したのかというと、俺自身が人ごみを避けて花火を観賞したかったからだ。間違いなく、自分のために起こした行動だ。
しかし、目の前のこいつはそういうことにしてほしいと望んでいるに違いない。返事を待つその目は明らかに肯定を望んでいる。というか、真実なんて言えるはずがない。言えば、俺の目の前に血の雨が降るだろう。自分の血の雨が……。だから俺は、こう言う。
「あー、まー、そういうことだ」
「あ、あの、ありがとうございます……」
どうやら喜んでいる様子。面倒極まりない作業だったが、亜子が言っていたのはこういうことだろう。何とかこなせたようだ。しかし、俺にこんな助言をした当の本人は、
「ちょっと!あたしを無視していい雰囲気にならないでよ!」
と不満げ。一体どうすればいいんだよ。
「べ、別にいい雰囲気にはなっていませんよ。あと、亜子ちゃんのことを無視したりもしてませんよ」
「明らかに後付じゃない」
何だか怒っている様子。理由は何となく解る。
「自分に注目が集まっていないからって、そう怒るな。世界中の大人がお前のことに注目していると思うなよ。あんまり大人に媚びようとするな。子供に嫌われるぞ」
すると亜子は一度カッとなった様子で目を見開いたのだが、すぐにその勢いはしぼんでいった。どうかしたのだろうかと思っていると、
「しょうがないじゃない。仕事が忙しくて、あまり学校行ってないんだから。周りは大人ばかりで、同年代のことあまりしゃべってないのよ」
拗ねた感じで、ぼそっと呟いた。様子から察するに、俺の言ったことが図星だったのだろう。その事実に気付いているが、解決策が思いつかない。そんなところではないだろうか。
「成瀬さん!変なこと言わないで下さい!大丈夫ですよ、周りのお友達はちゃんと解っていますよ。そんなことで嫌いになったりしませんよ」
頑張って元気付ける岩崎。しかし、当人は一向に立ち直らない。おそらく実際に嫌われているという情報が入ってきたのだろう。俺は適当に冗談のつもりで、的確に真意を捉えてしまったのだろう。
「解っていないと思うわよ。解っていたとしても、あたしだけ特別扱いを受けている現状は変わりないもの。やっぱり面白くないと思うわ」
暗い様子が真に入っているな。どうやら本気で気にしているみたいだ。年齢を重ねていくに連れて誰もが直面する問題だが、こいつの年でそれを対処するのはさすがに難しすぎたようだ。
「あんたの言うとおりよ。あたしは大人に媚びて、同年代の子に嫌われているの。あたしが今の地位にいるのは、大人に媚びているおかげなの」
「そ、そんな……」
何とかフォローしようとする岩崎だが、言うべき言葉がなかったのだろう。そのまま黙り込んでしまった。俺も黙っている。亜子だけが言葉をつむぎ続ける。
「媚びているって言っても、黙って言うことを聞いているだけだけど。あたしはお人形を演じているだけなの。あたしは別に演技に関して天才でも何でもないのよ。言うなれば、大人に媚びる天才って所ね」
「そんなことありませんよ!私は本当に天才だと思っています。亜子ちゃんの出ている作品をいくつか見ましたけど、どれも素晴らしい演技でした」
これは本音だろう。だが、亜子だって冗談で言っているわけじゃない。
「その言葉は嬉しいけれど、あたしより上手な人はいっぱいいるわ。それでいて、まだ日の目を見ていない人もいっぱいいる。ということは、あたしはチャンスに恵まれていただけだわ」
「…………」
「あたしだって子供っぽく振舞いたいわ。でもそれができないのよ。そうしてしまったら、あたしは今の場所から転がり落ちちゃうような気がして。もうあたしだけの問題じゃなくなっちゃったし、お母さんも期待している。だからこれからも頑張らなくちゃいけないの。同年代の子に嫌われても、ね」
「………………」
反論できず、うつむいてしまう岩崎。暗い雰囲気になってしまったな。今日は花火大会で、周りは祭りだぞ。こんなときに暗くなってどうする。ましてや、二人は花火好きで祭り好きなのだろう。人ごみの嫌いな俺が暗くなってもおかしくはないが、二人が暗くなるのはおかしい。一体何でこんなことになってしまったんだろうな。きっかけは俺の一言か。じゃあ俺に責任があるのか?よく解らないが、この雰囲気が嫌なのは確かだ。何とか雰囲気を変えなければ。
「じゃあ今だけ、子供っぽく振舞えばいい」
「え?」
「今一緒にいるのは初対面の俺たちだけだ。子供っぽく振舞っていいぞ。お前がどんなわがまま言っても、大して評価は変わらない」
子供っぽく振舞えないのは、ただの子供だと思われていないからだろう。その点、俺は牧村亜子のことを知らない。岩崎は知っているが、こいつだって上辺だけで人間性全てを評価するようなやつじゃない。それに、俺たちの評価など、これからの人生において、さして重要になるものじゃない。ストレス解消がてら、楽に過ごせてもらえたら幸いだ。
「そうですよ。今思いっきりわがまま言ってもいいです!楽しく過ごしましょう」
「で、でもあたし、子供っぽくっていうのが解らないんだけど」
「じゃあ好きなように振舞えばいい。いつもは出来ないけど、本当はこう振舞いたい。そういう願望があるから、そんなこと言っているのだろ?」
「まあ、そうだけど。自分でもどうしたらいいか解らないし」
面倒なやつだな。じゃあこういうのはどうだろうか。
「お前が思い描く、子供らしい子供、というのを演じてみればいい」
「え?」
演技は得意なのだろう。出来ないとは言えないはずだ。仕事としてこなしているわけだし、相当なプロ意識を抱いているのは、先ほどの発言から窺える。何か悩んでいる様子だが、そんなこと知ったことか。他に選択肢はない。というか選ばせない。
「出来ないのか?」
「!」
こう言えば、絶対に食いついてくるはずだ。この手の自分に自信があるやつは、確実に食いついてくる。俺の周りにはそういうやつばかりだからな。現在俺の隣にいるやつも、間違いなく食いついてくるタイプだろう。
「わ、解ったわよ。やる、やればいいんでしょ!」
思ったとおりの反応だ。簡単なやつだな。こんな簡単に挑発に食いついてくる辺り、どう考えても子供っぽく見える。というか、俺には、大人っぽいのが上辺だけで、中身は完全に子供、という感じに見えるのだが、それは少数意見なのだろうか。
「今日は楽しみましょうね、亜子ちゃん。夢のない社会のことなんて忘れて下さい。今は夢ばっかりのお祭りです。成瀬さんにどんどんわがまま言っちゃって下さい。きっとどんなわがままでも聞いてくれると思いますよ」
何で俺だけなんだ。
「お前もわがままを聞いてやれよ」
「解っていますよ。今日の私は亜子ちゃんのお姉さん役です。まずは何がしたいですか?」
「そうだな、じゃああれ!」
亜子が指差したのは、祭りの定番中の定番、金魚すくいだった。ま、定番と言いつつ、俺はやったことがない。金魚すくっても、飼えないし。というか、飼いたくない。
「聞くが、お前の家は金魚飼えるのか?」
「解らない」
おいおい。ダメだった場合、どうするんだ?近所の川とかに放すなよ。
「飼えなかったらどうするんだ?ちなみに俺は要らないからな」
「じゃあ、止める」
ずいぶん殊勝な心がけだな、と思ったら、本当はやりたいけど我慢している、ような顔をした亜子がそこにいた。頬を膨らませて、涙を浮かべるその姿は、なぜだが罪悪感を抱かせる。
「成瀬さん!そんなこと言っちゃダメですよ!亜子ちゃん、私がお金出してあげますから、やりましょう。飼えなかったら、学校に持って行けばいいんですよ。クラスに溶け込むきっかけになりますし、金魚は処分できますし、一石二鳥ですよ」
おいおい。お姉さん役じゃなかったのか。悪いお姉さんだな。生き物を処分とか言うな。
「そ、そうだね!やっぱりあたしやる!」
まんまと岩崎に説得されてしまった亜子だったが、結局一匹も取れず、最初は見ていただけだった岩崎も、亜子を応援しているうちにヒートアップして途中から参戦していたが、こちらも結局坊主だった。ま、結果オーライじゃないか。先ほどの会話が杞憂に終わってよかったな。取れなくて悔しそうにしている亜子だったが、これは演技なのか?さっきの会話だったり今の表情を見ている限り、子供にしか見えないわけだが。もうこの時点で、亜子が演技をしているのかいないのか、俺には解らなかった。
すでにいくつかヒントを並べています。推理する内容はずばり『亜子の行動』についてです。