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Part.3




 例の貸衣装屋に到着すると、岩崎はすでに買い物を終えていたようで、店の前で待ちぼうけよろしく、ぼんやり立っていた。どうやら待たせてしまったようだな。


「よう」


 俺は若干遠目から声をかけてやる。すると、俺を見つけた岩崎は笑顔になって駆け寄ってきたのだが、すぐに表情を変える。


「待たせたな。連絡してくれればよかったのに」

「いえ、完全に私の私用だったので、少しくらい待とうかと思いまして……」


 恙無く会話を成立させているのだが、岩崎の視線は俺ではなく、俺の隣に注がれていた。


「この人があんたの彼女?ふーん」


 逆に岩崎をじっと見つめる牧村亜子。問題はこれからだな。


「あー、こいつはさっき会って、いろいろあってだな……」


 とすでに言い訳のような、嘘のような言葉を吐きつつある俺だったが、そんなむなしい俺を無視し、岩崎は、


「あ、あなたは!もしかして、牧村亜子ちゃんではないですか!」

「あ?」


 どうやら知っていたようだ。考えてみれば当たり前のことだ。いや、ここでようやく牧村亜子が有名人であることが証明されたのだ。本当だったんだな。


「ええ、そうだけど」

「すごいです!本物です、成瀬さん、本物ですよ!」


 言われても、俺には全然ピンと来ない。悪いが、あんたの感動を理解してやれない。残念ながらな。


「うわあ、あ、えーっと、とりあえず握手してもらえますか?あとサインも!」


 小学生相手にここまで取り乱すなよ、みっともないな。牧村亜子がどれほど有名で、有能であるか、知る由もないが、こいつがここまで取り乱すほど有名であるらしい。しかし、こいつ意外にミーハーだったんだな。


「解ったから、とりあえず落ち着いてくれる。あんまり騒がれると、周りに気付かれちゃうでしょ」

「あ、そうですね。申し訳ありませんでした」


 冷静に突っ込みを入れる牧村亜子。本当に恐縮している岩崎。もうどちらが年上か解らないような状況だな。


 とりあえず握手をしてもらい、一通り感動をかみ締めると、ようやく正気を取り戻したようで、


「ところで、何で成瀬さんが亜子ちゃんと一緒にいるんですか?」


 と、まず一番最初にしてほしい質問をここにきて口にした。今更過ぎて、説明するのが面倒になってきたな。ま、それでもしなくてはいけないんだが。


「さっき駅前で会ってな。何でも、知らない大人に追われているらしい。それで、連中を撒くために、カムフラージュの意味をこめて俺たちと同行したいらしいんだが、いいよな?」


 もちろん、OKをくれると思っていた。俺がしたのは説得ではなく、ただの確認だ。しかし、現実は違ったようで、即座に来ると思った返事がいつまで経っても来なかった。


「いいよな?」


 俺がもう一度聞き直すと、


「えー、まあいいですけど……」


 と不満そうな様子。予想と真逆な答えが返ってきた。てっきりもちろんです、と答えが返ってくると思っていたのだが。


「何か不満なのか?」

「いえ、別に……」


 明らかに不満そうだった。あまり見ない表情である。文句を言いたいが、亜子の手前、言えない、といった感じだ。要するに、納得できないらしい。原因は何だろうな。少し考えてみたが、即座にOKが帰ってくると思っていた俺には、どうにも難題だったようで、結局答えは出なかった。ま、一応了承は得たんだ。問題ないだろう。


 俺が不満そうな岩崎を無視して、歩き出そうとしたとき、亜子が口を開いた。


「ねえ、あなた、交換条件にしない?」

「え?」


 何を言っているんだ。交換条件?つまり、岩崎にもメリットを提供するということか。サインでも提供するつもりだろうか。俺が頭の上に疑問符を浮かべていると、


「今日あなたの時間を使わせてもらう代わりに、また別の日、こういう機会をこの男に作らせるわ。どうかしら?」

「え?」


 意味が解らないな。なぜお前の交換条件の材料に俺が使われなければいけないのだろうか。条件として差し出すなら、自分の持ち物を差し出せよ。間違っても俺はお前の持ち物じゃないぞ。


「で、ですが、」

「大丈夫。あたしがこいつに約束させるから。それともまだ足りないかしら?だったら一日奴隷として、この男があなたに仕える。これでいかが?」

「却下だ!」


 黙って聞いていれば、言いたいことを言いやがって。なぜ俺がこいつの奴隷にならなければいけないんだ。しかもお前に命令される筋合いはないし、従う理由もない。いい加減にしてもらいたい。しかし、


「その話、嘘じゃないと誓えますか?」


 俺の意見はさらっと無視されて、話は進みつつあった。


「ええ。この場で神に誓うわ。信じてちょうだい」


 今思ったのだが、またしても亜子は違う雰囲気を漂わせていた。今まではただのわがまま娘。しかし、今の亜子は臣民に厳しい王妃のよう。言葉一つ一つに重さがあり、説得力がある。この娘、一体何者なのだろうか。先ほどの嘘泣きといい、今といい、一体どれが本当の顔なのだろうか。


「解りました。それで条件を呑みましょう。約束は守って下さいね」

「解っているわ」


 俺が考え事をしている間に、なぜだが契約は締結してしまったようだ。俺の意見は、どこへ行っても尊重されないらしい。今までは黙ってきたが、今日初めて会った小学生に、俺の権利を侵害されるのはさすがに納得いかない。


「おい、いい加減にしろよ。勝手に話を進めるな。俺の意見を無視するな」

「あんた、ちょっとこっちに来なさい」


 岩崎から距離をとり、顔を近づけて話しかけてくる亜子。どうやら岩崎には聞かれたくない話であるらしい。


「何だよ」

「あんた、鈍感とか言われない?」

「……………」


 よく言われているな。特定の一人だけだが。俺の沈黙をどう判断したのか、亜子はため息を付いた。嫌な感じだ。


「あの子がかわいそうだわ」

「何で?」

「見てて解らないの?あの子、今日のことをすごく楽しみにしていたのよ。あんたと二人で出かけられることを。今日会ったとき、挙動不審じゃなかった?」

「…………」


 そういえば、いつも以上にテンション高めだったな。どことなく落ち着かない雰囲気だったし、挙動不審だったと言えば、そのとおりだろう。でもそれは前提条件があっての話だ。確かにテンション高めだったが、あれは空回りだろう。しかし、


「彼女にとってあたしは邪魔者なの。だから彼女には別の機会を上げないと、かわいそうなの。解った?」


 理解は出来た。要するに、


「全てを狂わせている元凶はお前だということだろ。お前がここからいなくなれば、全て丸く収まるというわけだ」


 岩崎が不満そうなのは、この牧村亜子のせいだということだ。にもかかわらずこいつはいけしゃあしゃあと正論じみたことを賜りやがって。誰のせいでこんな状況になっていると思っているんだ。岩崎がかわいそうだと言いやがる。つまり、岩崎のために自重してくれるということだろう。俺は当然そう思っていたのだが、


「嫌よ。あたしが困るじゃない」


 と、さも当たり前のように拒否。やはりわがまま娘というのが、こいつの正体で間違いないだろう。俺が困るのは、当然のように無視か。性格悪いにもほどがある。


「二人の様子を見ているかぎり、あんたはいつも彼女のことを蔑ろにしているでしょ。もう少し彼女のことを考えてあげなさい。じゃないと、だんだん気持ちが離れていっちゃうわよ」


 こいつ、エスパーだろうか。なぜ俺の考えが解る。俺は少しだけ言われてことについて、考えてみることにする。こいつが生意気なのは置いといて、言っていることは間違っていないような気がする。確かに俺は岩崎のことをまともに考えたことがほとんどない。どうせ理解できない、と自分勝手な考えに基づき、考えることを放棄していた。加えて、今日はすでにこの気まずい雰囲気に参ってしまっている節がある。この雰囲気を改善しようとする気概などとうに失っていた。考えを改めるべきかもしれない。


「解ったわね。今度、どこか連れて行ってあげなさいよ。ちゃんとあんたから誘うのよ」

「解った」

「よろしい」


 生意気この上ないガキだが、あながち生意気なだけではないようだ。この洞察力はなかなか侮れないと言えるだろう。この能力は芸能界で養ったのだろうか。逆に言えば、子供だろうと大人だろうと、この程度の洞察力がなければ、芸能界ではやっていけないということだろうか。思っている以上に、厳しい世界なのかもしれないな。華やかな世界にはそれなりに棘もあるということだろうか。


「約束させたわよ。楽しみにしていなさい」

「はい。ありがとうございます」


 小生意気な小学生に礼を言ったあと、岩崎は俺のほうをちらっと見て、


「あのー、本当によろしかったのでしょうか?」


 と上目遣いで聞いてくる。一応申し訳なく思っているのだろうか。牧村亜子よりは大人だったということだろう。


「気にするな。行きたいところを考えておけよ」

「はい。ありがとうございます」


 とりあえず、この場の主導権は牧村亜子に握られてしまった。やれやれ。間違いなく振り回されそうだな、今日は。


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