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Part.2

遅れましたが、今回は不定期更新でお願いします。

 

 終わったら連絡を取ると約束して、俺は店を離れた。まず駅に向かって、俺の着替えやら何やら、とりあえず不要なものをコインロッカーに放り込んだ。店側が洋服をあずかっていてくれてもいいんじゃないか、と思っていたのだが、どうやら午後九時に閉店してしまうらしく、花火の打ち上げ時刻が午後九時なので、その選択肢はなくなった。


 俺の用事は早くも終了。さて何をして時間をつぶそうか。まあゆっくりしているか。


 俺は駅前の大型デパートの前で人間観察をすることにした。自動販売機で飲み物を買ってベンチに着く。都会というイメージのない駅なのだが、駅周辺、デパート、先ほどの商店街などはなかなか人が集まっていた。花火大会とはすごい影響力だな。俺が最後に行ったのは、小学校のころだったか。あのころはさすがにまだ純粋だったため、十分楽しむことが出来たが、果たして今日はどうだろうか。


 何となく恋人同士の催し物であるというイメージがしっかり定着してしまったのだが、実際はそうでもないようだ。俺の目の前を行きかう人々は、確かに男女二人組みが多い。しかし、同姓のグループ、異性のグループも少なからずいる。かつての俺がそうだったように、親子連れもそれなりにいる。どうやら恋人たちだけのイベントというわけではないようだ。デパートや商店街にとっても大きなイベントであるようだし。いつもの状況を知っているわけではないのだが、明らかに活気付いている様子だ。書き入れ時なのだろう。まだあと八時間以上あるのだが、すでにお祭り騒ぎである。屋台も、準備に余念がない。俺も、彼ら同様花火大会が目的でここにいるのだが、温度差を感じざるを得ない。確実に浮いてしまっているだろう。


 次に考えることは、岩崎のことだった。今日のあいつは、どうにも空回りしているように見える。まあ無理もないだろう。一度本気で決別しかけた。岩崎は本気で決別を決意していたし、俺は本気で怒鳴った。事実上の和解はしたのだが、それはこれ以上どうする事も出来ない、ということを意味する。俺たちは岩崎を許し、岩崎は反省しているのだ。この二人の間のしこりみたいなものは、時間が解決するのを待つしかない。今日は絶好の機会とも呼べるのかもしれないが、この調子じゃ無理かもな。それ以前に現在の状況は苦痛以外の何者でもない。早く帰りたいと願ってしまっているし、実際にこうやって別行動を取ってしまっている。最初からこんな調子では先が思いやられるな。どうなることやら。


 こんなことを考えながら、ぼーっと駅前の風景を眺めていると、どことなく高揚した雰囲気に包まれる往来の人々の中、俺と同様浮いている人物を発見した。小学校高学年くらいだろうか。何やらただならぬ雰囲気で、走っている。ジョギングをしているという感じではない。必死に走る姿と険しい表情を見ていると、こんなことを考えてしまった。誰かに追われているのではないだろうか、と。


 何がどうなっているのか、多少気になりはしたが、気になったこと全てに首を突っ込むほど、俺は好奇心の塊ではない。ただならぬ様子ではあるが、自ら手を差し伸べてやるほど、俺は善人ではない。誘拐犯だと思われても困るしな。加えて俺は子供と接するのが苦手だ。どう扱っていいのか解らないし、泣かれると厄介だ。


 そのうち誰かが助けるだろうと、現代人特有の無責任さで、遠目から様子を見ていた。直接的な危険に直面したら助けてやるんだと、自分を正当化して。


 そんな俺の心情を知ってから知らずか、少女がふとこちらを見た。そして、立ち止まった。


 嫌な予感がするな。非常にまずい気がする。俺は後ろめたさから、視線をはずす。俺は何も見ていませんよ、といった感じで明後日の方向を見ていた。すると、立ち止まっていた少女はまたしても走り出す。どうやら危険は回避できたようだ。などと思っていると、


「おわ!」


 少女がタックルまがいに抱きついてきた。察するに、俺に向かって走り出していたようだ。


「何しやがる!」


 俺が無理矢理引き剥がそうとすると、


「黙りなさい」


 小さくうなるような声で、脅しとも聞こえる言葉を吐いた。


「は?」

「事情はあとで説明するから、しばらくこのままでいなさい」


 小学生とは思えない声色。意味が解らなかったが、何となく察した。この瞬間、俺は何らかの厄介ごとに巻き込まれてしまったのだろう。


 何となく少女に逆らえず、言われたとおりしばらくその状態のままでいると、スーツを着込んだ大人たちが二・三人、まさに少女が来た方向からやってきた。辺りを見回すような仕草から察するに、誰か若しくは何かを探しているようだ。その目的物はおそらく、俺の目の前で小さくなっている物体に違いない。


 しばらくその場でキョロキョロしていた大人たちは、一旦集まって何事かしゃべると、再び散会し、走り去っていった。こりゃ一体なんだろうな。ドラマの撮影とかだったらいいんだが。


「行った?」


 少女が、俺の身体に顔をうずめたまま、口を開いた。行った、とはおそらく先ほどの大人たちのことだろう。


「ああ」


 俺が言うと、少女は警戒しながらもゆっくり顔を上げ、辺りを窺った。そして、俺の言ったことが本当であると確かめると、ふー、と大きく息を吐いた。


「危なかったわ」

「追われていたのか?」

「ええ。全くしつこい大人だわ。子供相手に何をムキになっているのかしら」


 ずいぶん生意気な、いや、大人びた小学生だな。とてもじゃないが、小学生を相手にしゃべっているような気がしない。


「あんた、あたしのこと知らないの?」

「は?」


 突然言われて、意味が解らなかった。どういう意味だろうか。実は親戚だったとか、どこかで会ったことがあるとか、そういう意味だろうか。


「俺のこと知っているのか?」

「知らないわよ。あんた、有名なの?」


 どうやら違ったようだ。


「あんたは有名なのか?」

「自慢じゃないけど、有名よ。それで、結局あたしのこと知らないのね?」

「ああ」


 自分で有名というくらいなのだから、本当に有名なのだろう。スポーツ選手か?いや、この年で活躍できるレベルの選手ならさすがの俺でも知っているはずだ。となると、アイドルか子役か。どちらにしても俺が明るくないジャンルだな。知らなくてもおかしくはない。


「あんた、あたしを知らないなんて、完全に世の中に置いてかれているわよ。一体いくつ?」

「十七だが」

「十七?あたしと五歳しか違わないじゃない。もっと世の中のことに興味を持たないと、急激に老けちゃうわよ」


 腕を組んでため息を吐く仕草は、どこか手馴れているように見える。どう考えても小学生らしからぬ雰囲気だな。ま、業界と深く付き合っていると、どうしても普通の生活とはかけ離れてしまうからな。俺の知っている小学生とは違うみたいだ。そして、口ぶりからするに、かなりちやほやされているようだ。よほど有名なのだろう。自信から有名具合が垣間見える。確かに俺はテレビ業界に詳しくないが、なぜ小学生に説教まがいのことをされなければいけないのだろうか。


「悪かったな」


 この娘がどれだけ有名かどうかは置いといて、面倒であることは明確だ。関わらない方がいいだろう。先ほどの連中はとっくにいなくなった。俺の役目は終わりだと考えていいだろう。もう少し人間観察をしたかったが、ここにいると面倒に巻き込まれること間違いない。早々に立ち去ることにしよう。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


 俺が立ち上がると、慌てた様子で俺の前に回りこみ、進路を妨げるように立ちふさがった。


「何だ?」

「本当にあたしのこと知らないの?」

「知らない」

「見たこともないの?」

「ああ」

「本当に?」


 しつこいな。それほど自分のことを知らない俺が信じられないのだろう。さすがにそこまで言われると、忘れているだけではないかと考える俺。


「もしかしたら、名前を聞けば解るかも」

「そ、そうよね。きっと名前を聞けばおもいだすわ」


 思い出せないと思う。確信はないが、そんな予感がする。


「あたしの名前は、牧村亜子よ!どう?思い出した?」

「いや……」


 やはり何も心当たりがない。ま、これに関しては仕方ない。この子のことだ、きっと嘘を吐いたところで信じてくれないだろう。真実かどうか探りを入れてくるに違いない。嘘を吐く意味はない。ましてや、赤の他人なのだから。


「そっかー……」


 若干落ち込んだ様子の彼女、牧村亜子。


「あたしのこと知らなそうだから、近づいてみたのだけど、本当に全く知らないとなると、やっぱりショックね」


 自分のことを知らない国民はいないと半ば信じきっていたのだろう。裏切ってしまって申し訳ないと思うのだが、謝ったところで何の意味も無いだろう。


「それで、話は終わりか?」

「あー、そうそう。あんた、ちょっとあたしの言うこと聞きなさいよ」


 いきなり意味が解らないな。


「どういう意味だ?」

「さっきの見てたでしょ。あたし、今追われているのよ。知らない大人に。だからあたしの護衛をしてちょうだい」


 だから意味が解らないと言っているだろう。


「なぜ俺がそんなことをしなちゃいけないんだ」

「決まっているでしょ。あんたが、あたしのことを知らないからよ」


 知らないから何だというのだ。俺が知らないと言ったことがそんなにショックだったのか。逆恨みなのか?


「実は知っている」

「そんな嘘はいいから。あたしくらい有名になると、軽々しく人に助けを求められないのよ。誘拐とかされちゃうかもしれないでしょ。でもあんたはあたしのことを知らない。つまりあたしの価値を知らないってことでしょ。逆にあたしは信頼できるってこと」


 これだけ有名だと自分で言っている時点で、それなりにあんたの価値を理解しつつある俺だが、確かに彼女をどうこうしようという考えはない。しかし、幼い女子なら誰であろうと多少は誘拐されてしまう可能性があると言えるのではないだろうか。俺があんたのことを知らないからと言って、百パーセント誘拐しないとは言えないだろう。逆もまた然り。常識人が相手だった場合、価値がはっきりしているほうが安全だといえるかもしれない。


 ま、下らない理屈は置いといて、俺は彼女に言わなければいけないことがある。


「俺は今それなりに忙しいのだが」

「何言っているの。今の今までボーっとしてたじゃない」

「確かにそうだが、今暇なだけであって、今日一日中暇なわけじゃない。というか、暇な時間はもう終わった。俺は移動しなければならないんだ。他を当たってくれ」


 別にさほど重要な用事でもないのだが、一応先客だ。俺としては前者を大事にしなければなるまい。


「ちょっと待ちなさいよ!こんなか弱い女の子が必死に頼んでいるのに、それを無下に断るつもり!あんた本当に男なの?」


 どこが必死に頼んでいる、だ。命令しているようにしか聞こえなかったぞ。


「悪いが、そういうきれいごとが通用しない人間なんだ。だから、きれいごとが通用する人間に声をかけな。あと、一応男だぞ」

「うるさいわよ!だから、あたしのことを知らない人間なんて、あんたくらいしかいないって!」

「もう一人くらいいるだろ」

「いないって!」


 いるだろ、きっと。俺は適当にあしらって、その場から立ち去ろうとした。すると、


「ちょっと待ってよ……。お願いだから……」


 さっきと違って弱々しい声。驚いて振り返ってみると、そこには瞳を涙でぬらした一人の少女がいた。先ほどまでの勝気で元気な少女はいない。そこにいるのは、間違いなく弱気で内気な少女だった。


「怒ったなら、謝るから。ごめんなさい」

「いや、別に怒ってない」


 思わず駆け足で近寄り、こんなことを言ってしまう。やれやれ、本当に俺はお人好しだな。というか、気が弱すぎる。涙を見せられただけで、こうも立場を入れ替えてしまうのだから、将来不安である。


「本当に?」


 と涙で頬をぬらしたまま、顔を上げて問いかけてくる牧村亜子。


「ああ」


 俺は頷くしかできなかった。我ながら情けない。


「じゃあ、あたしに付き合ってくれる?」

「いや、それは……」

「ううぅ……」


 またしても、泣き出しそうになる。


「解ったよ。お前に付き合おう」


 俺はダメ人間だな。しかし、ここで泣いている小学生女子を見捨てるよりはましだろう。などと考えていると、


「言ったわね!言質は取ったわよ」


 俺の聞き間違いかと思った。俺は声の主のほうへ顔を向ける。言ったのは牧村亜子だ。それは間違いない。しかし、今の彼女は先ほどまでの弱々しい幼子とは全くの別人だった。


「あんた、簡単ね。それじゃ将来悪女に騙されまくるわよ」


 未だ瞳に涙を浮かべてはいるが、泣いてはいない。まさか、


「演技か?」

「そう。あたしくらいになると、これくらい朝飯前よ」


 アイドルか子役かというところで悩んでいたが、どうやら後者だったようだ。この年で、嘘泣きが出来るとは恐れ入る。しかし、いいのだろうか。これは間違いなく悪女になるぞ。というかすでに悪女である。将来の話ではなく、現在すでに悪女に騙されてしまっている。


「さっきあたしに付き合うって言ったわよね。逃がさないわよ」


 やれやれだ。今まで出会った女の中で一番厄介かもしれない。ここまで性格が破綻した女子は初めてだ。今まで会ったやつの中にも変なやつはたくさんいたが、悪意を持っていたやつはほとんどいない。こいつは間違いなく意図的に俺を困らせている。面倒極まりない。


「とりあえずあたしの目的は、あいつらを撒くことだから。一応あんたの用事に付き合ってあげるわ」


 偉そうな物言いである。物を頼んでいる立場の人間とは思えない。しかも年下なのだから手に負えない。一体親はどんな教育をしているのだろうか。とりあえず家庭の教育方針については脇に置いとくことにして、


「追手についてだが、心当たりはないのか?」

「全くないわ」


 何の躊躇いもなく、考える仕草もなく、頭から全否定した。


「いや、少しはあるだろう。何でもいいから手がかりを……」

「ないって言っているでしょ。しつこいわね。捕まえるつもりなんてないんだから、相手の詮索なんてしなくていいの」


 何で怒っているんだ?俺はちょっとした会話の糸口を探る程度の質問をしただけだぞ。それに、


「俺はいいが、お前はそれでいいのか?怖くないのか?」


 普通は怖いと思う。なぜって、見知らぬ成人男子に三人から追われているんだぞ。しかも相手の目的も不明。最悪のケースを考えてしまってもおかしくはない。現に、俺の頭には犯罪の二文字がはっきり浮かんでしまっている。しかし、


「怖くないわ。鬱陶しいだけ。いらいらするわ」


 ここまで言われてしまっては、俺は閉口するだけだ。他にも親に連絡したほうがいいのではないか、とか、交番に非難したほうが安全なのではないか、とか提案しようとしたが、明らかに不機嫌になってしまったので、あれこれ言うのは止め、岩崎の元に出発することにした。


「それで、あんたは何でこんなところに独りでいるわけ?いろいろ忙しいんでしょ」


 皮肉だろうか。生憎俺は皮肉を真に受けるほど、血の気の多い人間ではないのだ。とりあえずと言っては何だが、ため息を返事として歩き始める俺。そろそろあいつのショッピングタイムも終わっているころだろう。たくさん買いこんで、荷物を増やしていなければいいが。かく言う俺は、変なものを拾ってしまったわけなのだが。


「ちょっと無視しないでよ。どこ行くのって聞いているでしょ」

「商店街のほうだ。連れがいるんだよ」

「へえ。連れって、女?」

「まあな」

「あたし連れていって大丈夫なの?」


 自らついて行くと言い出したお前のセリフじゃないな。気を遣って言っているわけじゃないだろう。おそらく、話がこじれたら面白そうだな、なんて考えているに違いない。生憎だが、俺と岩崎はそんな関係じゃないんだな。期待するだけ無駄だぞ。


「大丈夫だろ」


 これは希望的観測だが、説明すれば解ってくれると思う。俺にとって、この気まずい空気に第三者が介入してくれるのは願ったり叶ったりなのだ。岩崎だって、俺同様、この気まずい空気を苦痛に感じているはず。きっと了承してくれるだろう。ま、高確率で代償を請求されることになると思うが。なぜ俺だけ損をしなくてはならないのだ。言っておくが、俺だって被害者なのだ。


「ふーん、信じているのね」


 別に信じているわけじゃない。信じざるを得ない状況になってしまっているだけだ。


「その信頼が、いつまで続くかしらね」


 そういう悪女のセリフが本当に似合うな。どんな親だか知らないが、絶対育て方間違えただろう。十二歳とは思えない芸当ばかり見せられている。早熟がいいとは限らないぞ。一番いいのは年相応であることだ。子供は子供らしくしていればいいのだ。ま、子供っぽい大人よりはましかもしれないが、大人っぽい子供というのもなかなか気持ち悪い。


「事情はお前が説明しろよ」

「嫌よ、面倒臭い」


 俺だって面倒なのだが。ま、きっと問題なく了承してくれるだろう。正義感と真面目の塊みたいなやつだからな。か弱い女の子を悪の組織から守るなんて、いかにもあいつが好きそうなシチュエーションだ。説得なんてきっと必要ないだろうよ。俺は、楽観視して岩崎の元に向かった。



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