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エピローグ



 昨夜、理解できなかった亜子の言動について、強制的に理解させられることになったのは、何と翌日の午前九時だった。


「何しに来た……」


 完璧なローテンションの俺。


「遊びに来たに決まっているでしょ!」


 すでにアクセル全開の亜子。勘弁してくれよ、おい。


 さて。なぜ亜子はここに来たのか理解できただろうか。単純な話だ。集合場所も時間も俺は教えなかった。ならば、家を出る前の我が家に来てしまえばいい。うむ、単純明快な話だ。


「俺が九時前に出かけているという可能性は考えなかったのか?」

「全く考えなかったわ」


 こいつも理屈や根拠を求めない人種かと思ったら、


「あんたが朝から動くとは思えないわ。昨日、かなり疲れていたし。例え、彼女が朝から動くことを望んでも、断っていたでしょ。それに、あの時点で集合時間を決めていないってことは、午前中から動くのは無理でしょ」


 正にそのとおりだ。ピッタリ賞をくれてやりたいほど、見事な回答だった。これ以上の模範解答はありえないだろう。


 やられた。一本取られたな。亜子の言うとおり、これは見くびっていたと言わざるを得ないだろう。見くびっていたのは認めるが、何で俺がこんな目に合わなくてはいけないのだ。誰か知っていたら教えてくれ。


「で、何で来たんだよ。二人の時間を作れ、と言ったのは、お前だろ。またしてもお前自身が邪魔するつもりか?」

「いいじゃない。あなたたち、いつでも会えるんでしょ?なら、こんな約束いつでも果たせるわよね。あたしは夏休みの間しか遊べないのよ」

「なぜうちに来たのか、という質問には答えてないぞ」

「細かいことは言いっこなしだよ」


 言うと、亜子は勝手に上がり込み、小走りでリビングに向かっていった。ちっとも細かい話ではないと思うのは、俺だけだろうか。


「何か飲みたいな。あと、お菓子も」


 ソファーにふんぞり返って、こんなことをのたまいやがる亜子。おいおい、呼ばれた客じゃないくせに、何という偉そうな態度。今日初めてうちに来たくせに(それどころか、昨日初対面だ)、まるでこの部屋の主のように振舞いやがって。


「わがままを聞くのは、昨日が最後だと言ったはずだ」


 これに関しては、はっきり明言したはずだ。さすがに反論できまい。と思っていたのだが、俺はまだ亜子を見くびっていたようだ。


「あたしは別に子供らしい子供を演じて、わがままを言っているわけじゃないの。これからは本当に子供らしい子供になるの。だから、これは演技じゃなくて本気よ」

「だから、演技とか演技じゃないとかそういう話をしているんじゃなく、」


 と言いかけて、今の発言に違和感を覚えた。そりゃどういうことだ?


「本当に子供らしい子供になる?」

「そう。あたし、芸能活動休止するんだ」


 唐突な話だな。


「話し合ったのか?」

「うん。昨日帰ってからね。だから、あたしも結構眠いんだ」


 だったら今日くらいゆっくり寝坊していればよかったのに。ま、それは置いといて、


「いいのか?人気絶頂だったんだろ?」

「いいの。あたしは人気者になりたかったわけじゃないから。今まで頑張っていたのも、自分のためというよりお母さんのためだし」

「母親は何て言っていたんだ?」

「あなたの好きにしなさいって」


 極端だな。ま、大切なことを思い出したのかもな。大切なものってやつは、案外近くにあるらしい。前だけ見て突っ走っていると、見失ってしまうのかもな。


「ま、あたしだって楽しかったし、世間も許してくれないと思うの。だからいつかきっと戻る。でも、子供って今しかないじゃない?だから今は子供を楽しもうかなって」


 とことん子供らしくないセリフだな。そんな様子で子供を楽しめるのか?ま、心配は要らないだろう。最初は大変だろうと思うが、くじけるこいつじゃないだろう。


 とりあえず亜子は一歩を踏み出したようだ。何とも素早い行動だな。ま、早いことは悪いことではない。急がば回れ、という言葉もあるが、亜子はまだ若い。苦労は買ってでもするべき年頃なのだ。


「今度はお前が望んで起こした行動だ。他人のせいには出来ないぞ」

「解っている」

「じゃあ俺が言うことは何もない。何かしてやるつもりはないが、応援くらいはしてやる。陰ながらな。だが、」


 何度も言うが、うちに来た理由にはならない。それとこれとは別問題だ。


「お前が今説明したことの中に、わがままを正当化する事実は一つもなかったぞ」

「あんたが子供になることを勧めたのよ。だからあたしが子供になったとき、わがままを聞く義務があるわ」

「ねえよ。言っておくが俺もまだ子供だ。わがままは大人に言え」

「あたしは、あなたにわがまま言いたいの」


 今までのにやけ面を消し、真剣な表情で見上げてくる亜子。何だ、その顔は。


「悪いが、俺は善人じゃないんだ。同情では動かないぞ」


 黙ったまま見上げてくる亜子。一体何を考えているのやら。しばらくお互い黙っていたのだが、不意に亜子が息を吐き、顔をうつむかせた。


「じゃあ何であたしのこと助けてくれたの?」

「成り行き上、仕方なくだ」

「そっか。でも、」


 言って、再び顔を上げる亜子。その顔は、


「それでも、あたしは嬉しかったわ」


 涙に濡れていた。


「あたしは、本当に嬉しかった。本当に感謝しているし、あなたに会えてよかったと思っている。でも、あなたには迷惑でしかなかったのね」


 ますます表情をゆがめる。その顔は、信頼していた人物に裏切られてしまったような、悲痛なものだった。さすがに、心を揺さぶられるね。だが、俺には答える言葉がない。


「ごめんなさい。迷惑かけて」


 その声は、絞り出したように、今にも消え入りそうなか細いものだった。


「いや、迷惑じゃない」


 どんなに強がったところで、所詮俺はこんなものだ。迷惑だと何度も言っていたではないか。こんなものは嘘だと、丸解りだ。だが、それでも口に出さずにいられなかった。本当に情けないな。これは後で気付いたのだが、この時点で俺は負けていたようだ。


「本当?でも、今日のことは迷惑だったでしょ?」

「どうせ朝は何もしないし、暇と言えば暇だった」

「あたしのこと許してくれるの?」

「ああ」

「じゃあ、今日一日あたしの言うこと聞いてくれる?」

「ああ。……は?」


 あー、これはデジャビュか?前にもこんなことあったな。確か、あのときも目の前には涙を浮かべた亜子がいて、このあとこんなことを言った。


「言ったわね!言質は取ったわよ」


 やられた。まさか二度も引っかかるとは。牧村亜子恐るべし。


「あなた本当に簡単ね。簡単すぎて、将来心配だわ」


 お前に将来を信頼される覚えはない。だが、全く同じ手に引っかかってしまっては、正直何も言えない。情けない姿を晒し続けているな。


「でもいい勉強になったでしょ。女の涙に強くならないと、騙され続けるわよ」

「うるさい。お前には関係ないだろ」

「関係ないことないかもしれないわよ。あたしたち、五歳しか離れていないじゃない?あと十年もしたら、五歳差なんて誤差でしかないわ」


 何の話だよ。十年後の話なんてされても、何も思い描けないね。


「どうでもいいが、俺は暇じゃない」

「さっきは暇って言っていたじゃない」

「午後から予定があるんだよ。お前も知っているだろう」

「そんなこと、知ったこっちゃないわ。だって言質は取ったもの」


 嫌なやつだな。どう考えても、こいつはわがまま娘だろう。とてもじゃないが、大人っぽいとは思えないね。もし、俺の前だけこんな様子なのだとしても、全く嬉しくない。


 俺がため息を吐くと、同時にチャイムが鳴った。誰だ、こんな時間に。もしかして岩崎か。早すぎるだろう。あいつは時間守らないな。昨日も早く来やがったし。集合場所に早く来る分には何も文句ないが、家に来るときはかえって迷惑だ。


 そんなことより現状だ。どうやって説明したものか。考えてみれば、俺は何も悪くないじゃないか。なぜ俺ばかり悪者扱いされなきゃいけないんだ。俺は堂々としていいはずだ。


 俺は開き直って、何の言い訳も用意せずに玄関に向かった。


「誰?もしかして、家で待ち合わせだったの?」


 などと言って、あとをついて来る亜子。


 インターフォンに応じず、直接玄関を開ける。するとそこには思ったとおりの人物がいた。


「おはようございます。ちょーっと早く来てしまいましたが、別に問題ない……」


 深々と頭を下げて、挨拶をする岩崎だったが、再び頭を上げて見る見る表情を変えた。口にしていたセリフも途中で終わってしまった。


「早すぎるだろう。予定より二時間も早いぞ」

「確かにそうですが、いえ、それよりも聞きたいことがあるのですが、」

「あんたの気持ちはよく解るが、俺も被害者なんだ。答えるべき言葉を持ち合わせていない」


 一応言ったが、それでも岩崎は口にせずにはいられなかったようで、


「何でここに亜子ちゃんがいるんですか!それも私より早く!」

「何でって、仲良しだからに決まっているでしょ」


 さりげなく手を握ってくる亜子。


「な、成瀬さん!これはどういうことですか!」


 怒鳴るなよ。さっき言っただろ。俺も被害者なんだよ。理由はこいつに聞いてくれ。


「何で手を繋いでいるんですか。しかもそんな自然に。私がどれだけ勇気を振り絞って、頑張ったと思っているんですか!いつまで手を繋いでいるんですか!」


 あー、面倒だ。もう嫌だ。頑張るのは止めてしまおう。もう十分頑張っただろうし、今回に関しては、完全に無罪だ。


 俺は亜子から手を振りほどき、


「悪いが、俺は体調不良だ。出かけるのは、また次の機会にしてくれ」


 言って、二人を残して、リビングに戻った。後ろから、


「亜子ちゃん、これは宣戦布告と受け取ってもいいですね?」

「構わないわよ。言っておくけど、あたしはすでに二度もオトしているからね」


 と言っている声が聞こえたが、無視しておく。というか、何も聞こえなかった。


 結局今日は部屋から一度も出ずに過ごした。亜子と岩崎は、ずっと口ゲンカみたいなやり取りをしていたが、どちらもどことなく楽しそうだったので、何も言わなかった。


 こうして、今年最後の花火大会は幕を閉じた。同時に夏休みも終わりを告げたのだが、今年ほど忙しかった夏休みはなかったね。











これで最終回です。すでに次回作は書き始めているので、またすぐに連載を始めようと思っています。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。次回作もよろしくお願いいたします。

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