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Part.10



 それから三十分。合計一時間くらいで、花火はフィナーレを向かえ、超高域花火を皮切りに、景気よく三十連発打ち上げた。そのときの音や光は半端ではなく、耳や目をふさぎたくなるような、それはもう盛り上がりに盛り上がった。


 一番最後に、一番派手なものを打ち上げたせいで、終わった直後は何となく虚脱感みたいなものが心を襲った。周りがやけに暗く見えるし、静かに感じる。どことなく寂しく感じてしまうのは、おそらく花火大会の終わりとともに夏の終わりを感じるからだろう。


 ま、こんなところで夏の終わりを嘆いていてもしょうがない。牧村親子がこちらに来る前にさっさと立ち去ろう。おそらく挨拶やら何やらをしに来ると思うのだが、俺はそういう形式的な行為が苦手なのだ。


 俺は立ち上がろうとした。しかし、出来なかった。理由は右手。そういえば、手を繋いだままだった。このままでは立ち上がれないので、手を離そうとした。すると、岩崎が力をこめてきて、拒まれた。


「おい」


 手を離せ。立ち上がれないだろ。と続けようとしたのだが、それを遮るように、岩崎が、


「亜子ちゃんとの約束の話ですが、」


 とわざとセリフをかぶせてきた。繋いだ手はそのままだ。


「約束って、またどこか行こうって話か?」

「はい。せっかくですし、夏休みの最中に済ませてしまおうと思うのですが、いつかご都合の悪い日はありますか?」

「いや、特別ないが」


 今日みたいに一日中などと言われると困るが、そうでないならいつでも時間を作ることは可能だ。


「では、明日なんていかがですか?」


 早速だな。急すぎる。俺とて、先延ばしされるより夏休み中に終わらせてしまったほうが都合がいいのだが、さすがに明日はどうかと思う。


「明日じゃないとダメなのか?」


 正直明日はゆっくり休みたいんだが。あんたと違って、俺は結構疲れている。何度も言うが、俺は人ごみが嫌いなんだ。ここは全く人気がないが、縁日のほうは人でごった返していたし、あの時点で俺のヒットポイントは結構削られている。無駄に走ったし、神経も削った。明日くらい休みをくれ。しかし、


「私は明日がいいんです。明日、また会いたいんです、成瀬さんと」


 明日を推してくる岩崎。うーむ、そこまで言われると、さすがに断りにくい。都合が悪い日を特別挙げなかった俺が悪いわけだし、そんなに明日がいいなら、俺が妥協するか。


「解った。それで、どこに行く?」


 できれば、近場にしてくれ。それと、午後集合で頼む。俺が心の中で願っていると、


「とりあえず、私が成瀬さんの家に迎えに行きます。お昼ごろでいいですか?」


 願いが通じたのか、午後集合になった。とりあえず、ということは、行く場所がまだ決まっていないということだが、おそらく遠出はしないだろうと思う。昼にうち集合では、あまり遠出できないだろうからな。


「解った」


 そう言って、俺は再び立ち上がろうとした。しかし、またしても手を引かれて着席。一体何なんだよ。


「成瀬さんはどこか行きたいところありますか」


 ねえよ。俺は家にいたいんだ。しかし、俺の思いは口から出てこなかった。理由は、目の前にあった。


「いい雰囲気のところ悪いんだけど、」


 いつの間にやってきたのか、そこには牧村亜子の姿があった。


「あ、はい!別にいい雰囲気になっていませんけど、何か!」


 突然声をかけられて、跳ねるように立ち上がった岩崎。当然握られていた手は離されていた。これで俺は呪縛から解き放たれたのだが、何となく釈然としない思いに駆られていた。一体どういうつもりで離さなかったのか、釈明を求めたい所存である。


「本当にごめんなさい。二人に迷惑かけたわ」

「とんでもありません。私は楽しかったですよ。今日は一緒に回れてよかったです」

「あたしも楽しかったわ」


 嬉しそうに笑う亜子。確かに迷惑かけられたが、俺も余計な世話を焼いてしまった身なので、あまり大きなことは言えない。ま、俺とて岩崎の言い分を否定するつもりはない。


「それから、お礼も言わなきゃね。あたしの気持ちに気付いてくれて、ありがとう。おかげで、思いが届くかもしれないわ。さすがにすべてがうまくいくって思うほど、楽観視はしていないけど、あたしの頑張り次第でどうにかなると思うの。だからあたしはこれから今まで以上に頑張るわ」


 うらやましいくらいに前向きだな。ま、この年で自分の可能性を否定するようでは、長い人生心配してしまうが、亜子は大丈夫だな。


「頑張れよ。それから、二度とこんなマネするなよ。今日と同じように、他の誰かが助けてくれると思ったら大間違いだぞ」


 俺はもちろん、警告のつもりで言ったのだが、


「つまり、またあんたに助けを求めればいいってわけね」


 と理解できないくらい都合のいい解釈をされてしまった。口が達者すぎるのも、良し悪しだな。


「言っておくが、わがままが許されるのは今日が最後だ。俺は、子供らしい子供を演じて、いろいろわがまま言ってみろ、と言ったが、あれは今日限定だからな。明日以降は認めないぞ」

「じゃあ、まだいいんだよね?」


 よくない、と言いたいところだが、今しがた今日限定と言ってしまったばかりだ。


「別に大したこと言わないよ。あたしはただ、家まで送らせてほしいな、と思っているだけ。いいでしょ?」


 何だ、そんなことか。拍子抜けしてしまうほど普通の、もとい、普通にありがたい話だった。


「それは助かる。が、いいのか?」


 車を運転するのも、実際にうちまで送ってくれるのも、亜子じゃなくて両親だろう。それに、せっかく絆を取り戻したんだ。親子水入らず、って状況にはならないのか?俺の心配は亜子に届かなかった。


「いいんだって。これはお母さんからのお話だから。あたしも賛成だし」

「それなら、お言葉に甘えさせていただく」


 断る理由がない。好意ってやつは受け取るべきだ。断るほうが失礼に当たるってもんだろ。俺はそう思っていたので、素直に頷いた。


「あなたも、いいでしょ?」


 亜子は岩崎に視線を向ける。当然即答すると思った。何しろ、俺がOKを出してしまっているのだ。

ここで断ると、一人で帰宅することになる。ま、本当に断ったなら、俺一人送ってもらうわけにはいかないのだが。まさか、断りはしないだろうな。俺の不安は、半分当たり、半分はずれることになった。


「えー……。まあいいですけど」


 明らかに不満そうだった。おいおい、頼むぜ。ここから駅まで歩いて、電車に乗って帰りたいのか?理解不能だぞ。健康志向なのか?それなら自分ひとりでやってくれ。と言っても、やはり岩崎が乗車を拒否した場合、俺も遠慮しなければいけないことに変わりはない。


「嫌なの?」

「嫌じゃありませんけど……」


 煮え切らないな。いいと言っているし、嫌ではないと言っているが、明らかに車に乗りたくない様子。仕方ないな。


「悪いが、この話はなかったことにしてくれ。歩いて帰ることにする」

「え?何で?」


 何で、と言われたら、こいつが、と答えるしかあるまい。嫌じゃないにしても不満があるのでは、無理矢理乗せる事になってしまう。それは善意から声をかけてくれた亜子たちにも申し訳ないし、誰も得をしない。俺だけが損をするわけだが、何というか、今日はそういう日なのだろう。今日はずっと二人のわがままを聞いていた。ならば、ここで岩崎のわがままを聞いたところで、何も変わりあるまい。毒を食らわば、ってやつだ。


「あ、あの成瀬さん?」

「車に乗りたくないんだろ?」

「いえ、乗りたくないと言うわけではないんですが……」


 ここに来ても歯切れの悪い返事をする岩崎。あー、面倒臭い。


「じゃあ歩いて帰りたいのか?どっちにしても、返事を渋るくらいには、乗りたくないってことだろ。別に無理する必要はない」

「…………」


 やれやれ。今日は本当に面倒な日だ。今年の夏休みは本当に散々な夏休みだな。


「いろいろ言って申し訳ありませんが、やっぱり車に乗せていただけませんか?」

「は?」


 こいつは何を言っているんだ?本当にいろいろ言いやがって。今日はかつてないほど面倒なやつになっているぞ。だんだん頭に来た。ま、怒鳴る元気もないのだが。


「あたしはもちろんいいけど、いいの?」

「はい。いいですよね、成瀬さん」

「好きにしろ」


 もう好きなだけいろいろ言えばいい。考えるのも面倒になってきた。やはりこいつは俺に幸福じゃなくて、面倒を運んでくる。反発するのもバカバカしくなってきた。


「あたしが言うのもなんだけど、あなたたちって本当に面倒な関係ね。お互い素直になればいいのに。気持ちを伝えることの大切さを教えてくれたのは、あなたたちなのに」


 うるさい。さすがに小学生に説教されるほど落ちぶれた覚えはないぞ。


「ほっといてくれ。それより、早く帰ろうぜ。俺は疲れた」


 一度立ち上がったベンチに、もう一度座り込む俺。あー、本当に疲れたな。慣れないことはするものじゃない。若いころの苦労は買ってでもしろ、というが、この苦労は将来役に立つのだろうか。




 それから、亜子が両親に話を通してくれ、車に乗って帰宅することになった。車内の空気はあまりよろしくなかったのだが、それは俺と岩崎が原因と言っても過言ではないだろう。それに、仲直りってやつはそれなりに苦労するものなのだ。それが家族内でのことなのだから、なおさらだ。全員黙り込んだまま、時間が流れた。


 まず駅に俺たちの荷物を取りに行って、それから岩崎の寝床であるところの女子寮に向かった。岩崎は、またしても不満そうな表情をしていたのだが、さすがにわがままは言わず、そのまま寮で降り、別れを告げた。


 そして今、後部座席には俺と亜子が座っている。今まで黙り込んでいた亜子が口を開いた。


「あたしがした約束の件だけど、」


 またその話題か。


「何だ?」

「いつにするか決めたの?」


 俺はそこまで信頼がないのか。今更約束を破ろうなどと思っていないぞ。


「そこまで神経質にならなくても、約束はちゃんと守る」

「いいから質問に答えなさい」


 相変わらず偉そうだな。さっきは恐縮した様子だったから、俺に対する態度もちょっとは変わるかと思っていたが、そこは変化しないらしい。


「明日だよ。俺は勘弁して欲しかったんだが、あいつが熱望したんでな」


 迷惑な話だ。考えてみれば、二重に迷惑な話だ。そもそも被害者だった俺が、何ゆえ罰ゲームみたいなことをしなくてはいけないのか。あの時感じた憤りを思い出してしまったね。


「ふーん」


 一方の亜子は、興味なさそうに頷くと、


「何時にどこ集合でどこに行くの?」


 と、しつこく聞いてくる。ここで久しぶりに例のやつが来た。嫌な予感がする。


「どこに行くかも、何をするかもまだ決まっていない」


 こいつ、ついてくるつもりに違いない。でなきゃ、こんな細かい情報、必要ないだろう。母親と和解したとは言え、こいつは忙しい身だ。今日はまるまる放棄してしまったので、明日こそ働かなければいけないはずだ。だが、油断は出来ない。ここで情報を与えないほうが吉だろう。


「集合場所とか時間くらいは決まっているでしょ」

「それもまだだ」

「ふーん。そうなんだ」


 誤魔化しきれたのか?こいつのことだ、侮ることはできないが、何一つ情報を与えていない。おそらく大丈夫だろう。


 それからまたしても黙り込んだ亜子。それから車は滞りなく道路を快走し、十分ほどで俺の自宅に到着した。荷物を持ち、ドアを開け外に出ようとしたとき、


「あなた、まだあたしのことを理解できていないようね」

「は?」


 恐ろしい言葉を囁いたような気がした。気のせいだと信じたかったのだが、


「あたしのことを、あまり見くびらないことね」


 追い討ちを掛けられた。現時点で俺はこの真意を理解できなかった。



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