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Part.9


「さて。俺たちもそろそろ準備をするか。どこで見るか、場所を探そうか」

「そうですね。絶景ポイントは間違いなく展望台だと思うのですが、まああそこは譲ってあげましょう。特等席で見せてあげたいですからね」


 この公園は、丘の端に作られているため、崖にせり出してテラスみたいになっている場所がある。そこは港までの間に障害物が何もないため、まさに絶景になるだろうと思う。おそらく相馬優希もそこで見るために、ここを紹介してくれたのだと思うが、悪いな、今回はそこで見ることが出来ないようだ。


 公園内には、申し訳程度に遊具があるのだが、その遊具よりもっと目立たない場所にベンチがあった。ま、あそこでいいか。何かもう疲れたし、あそこからでも十分見えるだろう。俺はベンチに腰掛けると、大きくため息を吐いた。


「お疲れ様です。飲み物でもいかがですか?」

「ああ。悪いな」


 やけに気が利くな、と岩崎から缶を受け取ると、そいつは何とホットお汁粉だった。


「おい、何の嫌がらせだ?」

「嫌がらせなんてとんでもない。疲れたときは甘いものが一番ですよ」

「俺が甘いもの嫌いだと知っているだろう」

「あれ?そうでしたっけ?失念していました。すみませんね」


 とんでもない嫌がらせだ。たとえ俺が甘党だったとしても、真夏にホットお汁粉を飲みたがるとは思えない。どうやら怒っているらしい。何のことだろうか。さっき人質にして逃げたことか?それとも祭りを満喫できなかったことか?どちらにしても、俺のせいじゃないだろう。不可抗力ってやつだ。


「何怒っているんだ?」

「別に怒っていませんよ。ただ、結局主役は亜子ちゃんに持っていかれちゃったなー、と思いまして」


 何を言い出すかと思えば。理解不能だな。主役って何だよ。


「阿呆なこと言っていないで、座ったらどうだ?それに、花火大会はこれからが本番だぞ。今から楽しめばいいじゃないか」

「まあ、そうですけど……」


 どうしても不満があるらしいな。ま、どうせ俺にはどうにもできまい。こいつが怒っているときは、適当に無視するのが一番だ。怒っているのも今だけだろう。花火が上がれば、そんなことは忘れちまうに違いない。


 不満そうにしながらも、俺の言葉に従い、隣に腰掛ける岩崎。こいつの溢れんばかりのバイタリティーを持ってすれば、これくらいのことで疲れたりしないのかもしれないな。何に対して不満を抱いているか知らないが、俺としてはくたびれてしまってそれどころではない。


「せっかく二人で出かけたのに……」


 何やら呟いている岩崎を横目で見て、俺は少し思った。考えてみれば、これほど長い間一緒にいるのは久しぶりだ。今月はいろいろ事件が重なって、岩崎とは別行動を取っていた。先週久しぶりに会っていろいろ話したが、片付けなくてはいけないことがあったため、重い内容の話を延々繰り返していた。ふと思う。最近こいつとまともに話していないな。土日の部活には顔を出している。昨日も会った。だが、あまり話していない。別段深く考えているわけでもないが、そういえば、寮で暴漢まがいの行動を取ったことに対して、謝っていないな。できることがない、などと思っていたが、一番しなくてはいけないことを忘れていたな。


「悪かったな」


 いきなり謝罪の言葉を口にしてしまった。今のタイミングで謝るのは、どう考えてもおかしいだろう。しかも、何だか俺らしくない。何だ、これ。自分で言って笑ってしまいそうになった。


「悪かったって、あの……」


 案の定困惑している岩崎。当然だが、理解できないらしい。


「この前の事件のことについて、まだ謝っていなかったな。ずいぶん偉そうなことを言ってしまったし、無駄に怒鳴ってしまった。何より暴力を振るってしまった。今更ながら、反省したんだ。悪かったな」

「いえ!とんでもないです。あれは私が悪かったんです。成瀬さんは私を正しい道に導いて下さいました。むしろ感謝しています。あのとき、成瀬さんが叱ってくれなかったら、私は本当に後悔していたと思います。それに、」


 一旦言葉を区切り、岩崎は顔をうつむかせた。そして、


「嬉しかったです、私」


 何を言っているのかと思ったが、思い出した。あのとき、立ち去りかけた俺と姫に向かって、岩崎は何と言っていた?岩崎は、ありがとうございました、と言っていた。あのときは決別の言葉かと思っていたが、真実はこういうことだったらしい。


 俺はまだ、こいつのことを理解しきれていなかったらしい。計りきれていなかったらしい。何というか、本当に真面目なやつだ。あんな風に怒鳴った相手に対して、感謝や嬉しいなんていう感情、普通は生まれないだろう。


 そういった事実を踏まえて、改めて考えると、岩崎は今日を純粋に楽しみにしていたのかもしれないな。気まずい空気なんてものを感じていたのは、俺だけだったのかもしれない。要するに気まずい空気を発していたのは、俺の方だったのだ。岩崎が俺に気を遣っていたのは、俺が気まずい空気を発していたからだ。岩崎は普段どおりだったのだ。


「悪かったな」

「ですから、私は……」

「あー、いや、今日のことだ。こんなことになってしまったのは、俺の責任だ。楽しみにしていた花火大会を台無しにして悪かった」

「え?全然気にしていないです!というより、別に成瀬さんのせいではありませんし、私は十分楽しかったですよ!私こそ、すみません。わがまま言ってしまって……。十分楽しかったのですが、望んでいた楽しさと、少し違ったものでつい……」


 思い切り恐縮し始めた岩崎を見て、俺は思わず笑ってしまった。構ってほしくて、怪我をした、という嘘をついたところ、本気で心配されてしまって、かえって申し訳ない気持ちになった子供のような、そんな微笑ましさがあった。そんなに必死になるなよ。謝られることに慣れていないのか?それとも俺が謝っているという事実が、岩崎を必死にさせているのだろうか。確かに俺は滅多に心から謝らないが、そんなに恐縮されると、おかしくてしょうがない。


「え?え?」


 俺が突然笑い出したため、自分が粗相をしたのでは、と慌てふためく岩崎。俺は、何でもない、と手を振って、


「どんな楽しさを望んでいたんだ?間に合うなら、今からでも手伝うぞ」

「え?ど、どんなって言われても……。ええと、口では説明できないと言いますか……。ほ、本気ですか?」

「もちろん本気だが、あんたは違ったのか?」

「わ、私はもちろん本気ですが……」


 言葉を濁したまま、岩崎は黙り込んでしまった。この薄暗い街灯の下でもはっきり解るくらい、顔を赤くしている。何だか知らないが、俺は空気を読めない発言をしたらしい。岩崎にとって、触れられたくない事実だったようだ。


「あの、成瀬さん」


 と声をかけてきた岩崎だったが、その後言葉が続かず、またしても黙り込んでしまった。何だか嫌な空気だな。俺としては、ようやくわだかまりが消えたと思っていたのに、またこれだ。とても嫌な感じだ。居心地の悪さを感じる。




 二人が供に黙ったまましばらく時間が経過した。こいつ相手に気を遣うのがバカらしくなった俺は、途中からこの空気を受け入れ、自分から話しかけるのを諦めた。岩崎はというと、ずっと何かを言いたそうにしていた。周りから見たら、妙な空間になっていたと思う。ま、周りから見ていたやつなんていないのだが。


 そんなことを考えていたら、一人の男性が慌てた様子で公園にやってきた。


「あ、亜子ちゃんのお父さんですかね?」


 ここぞとばかりに声をかけてくる岩崎。


「そうだろうな」


 こんな公園に慌てた様子で来る人なんて、早々いないだろう。


「…………」


 亜子と母親に駆け寄る父親と思しき男性をずっと眺めていたのだが、同じ空間にいるはずの俺たちと、三人の家族が作り出す空間がどうも同じには感じられなかった。


「やはり、家族なんだな」


 当たり前のことだが、どんなに心が離れていた時期があったとしても、同じ時間を共有できていなかったとしても、それは誤差でしかなかったようだ。再び心が通じ合うようになれば、すぐに昔のような楽しい暮らしが出来るのではないか。しばらくはぎこちない日々が続くかもしれないが、それは過去にあったことを忘れないようにするための苦い良薬だと思って、頑張ってもらいたいね。


「そうですね。いくら亜子ちゃんと仲良くなれたとしても、本物の家族には敵わないみたいですね。少し寂しいような気がします」


 何暗くなっているんだ。さっきも言ったが、メインイベントはこれからだぞ。ほぼ一日、このために動いていたんじゃないか。着慣れない浴衣まで着せられて、暗くなられたんじゃ割に合わないぞ。


「何言っているんだ。今日は二人で来たんだ。要するに元の状態に戻っただけだぞ。不満なのか?」

「い、いえ!不満なんてありません、むしろ希望通りです」


 希望通り?


「だったら何も問題ないだろ。連中は連中で楽しくやるだろうから、こっちはこっちで花火を満喫すればいい」

「そ、そうですね。解りました。あ、成瀬さん、飲み物要りますか?」


 そわそわするな、鬱陶しい。それに、もう一本同じ物を買ってこられたら、敵わないからな。まだ残っているし。


「いいからじっとしてろ。もう始まる時間だ。一発目見逃すぞ」

「は、はい」


 何だか、岩崎の雰囲気が変わったな。どうにも落ち着きをなくしている。キョロキョロしたり、髪をいじくったり、自分の浴衣を気にしたり。鬱陶しいことこの上ないな。どうやら何か言いたいことがあるようだ。俺としては、この真夏の夜を静かに堪能したいのだが、隣でせわしなく動かれると、気が散ってしょうがない。


「何か言いたいことでもあるのか?」

「え?え?」


 俺が声をかけると、とても驚いた様子で声を上げる岩崎。しばらく待っていると、やがて意を決した様子になる。そこまで真剣になることとは一体なんだろう、と考えていると、岩崎がおもむろに口を開いた。


「あ、あの、成瀬さん!」


 と岩崎が何やら言いかけたと同時に、一発目の花火が、轟音とともに夜空に咲いた。


「…………」


 夜空いっぱいに咲き誇る花火。心もとない街灯だけだった公園が、大きな花火によって光に包まれた。なるほど。相馬優希が絶賛するわけだ。ここまで大きな花火を、余すことなくすべて見ることが出来る場所は早々あるまい。ここは丘の上だから、あまり無理な体勢で見上げる必要がない。思い切り見上げて首を痛める心配もないし、人ごみもない。絶景ポイントとは、正にここのことだな。


「うわぁ……」


 感嘆の吐息が口から漏れる岩崎。先ほどみたいな様子は消し飛んでしまったらしい。ま、帰りにでも聞けばいいだろう。聞き逃しても、いつか聞けるときが来るだろう。それより、今は花火を堪能したい。俺も黙って、夜空を見上げることにした。





「あの、成瀬さん」


 時間にして、三十分くらい経っただろうか。まだ花火は続いているのだが、隣にいる岩崎が声をかけてきた。何事だろうか。視線を移動させると、岩崎はまだ花火を凝視している。俺の気のせいかと思ったのだが、


「一つ、お願いがあるのですが、」


 どうやら気のせいではなかったようだ。まだ花火は続いている。むしろ、中盤を向かえ、一層盛り上がりを見せているような雰囲気があるのだが。


「何だ?」

「花火きれいですね。私、何だか目が離せなくなってしまいそうです。こうやって真っ暗な中にいるからでしょうか」


 これのどこがお願いなのか、全く理解できないのだが、しばらく話を聞いてみることにした。


「子供のころ、両親と花火大会に行ったときにも感じたのですが、こうやってじっと花火を見上げていると、花火に魅せられて、どこか知らない世界に連れて行かれてしまうような気になりませんか?」


 全く意味が解らないのだが、何の話だろうか。何言っているんだ?の一言で一蹴してしまってもよかったのだが、いつになく真剣な様子だったので、一応少しだけ考えてみることにした。


 ここはかなり暗いし、花火は眩しいくらい光を放っている。人は暗いところより明るいところのほうが好ましく思うのは当然であり、光り輝く物体に思いを馳せるのは、ある意味本能と言える。


「まあ、そう思えない事もないかな」


 この言い回しを結構使っているような気がしないでもないが、どんな答えを望んでいるのか解らないため、この答えであっているのだ。実際、どんな返事を返したところで、関係なかったような気がするね。


「私は今、そんな感じなんです」


 俺に聞いたのは、会話を成立させるためだけだったのだろう。別にそのことに関しては何ら文句ないのだが、そろそろ内容をはっきりさせてもらいたい。結局何が言いたいんだ?


「怖かったんです。子供のころは本気でどこかに連れて行かれてしまうと思っていました。そのことを両親に言ったら、優しく微笑んで、手をつないでくれました」

「そうか」

「そうなんです」


 そう言って、またしばらく黙り込む岩崎。一体何なんだ?何だ、この会話は。理解できない状況に会話だったのだが、俺から話しかけようにも、一体どんな話題を振ればいいのか解らないため、俺も黙り込む。


「それで、お願いなのですが、」


 ここでようやく本題か。何かとても長かったな。長い前置きをする場合、たいていその後に続くのはお願いしにくいお願いだったりする。おそらく岩崎もその手のお願いなのではないか。俺は覚悟を決める。心を鬼にして、断ろう。


「お願いなのですが、手を、繋いでいただけないでしょうか」

「は?」


 拍子抜けだった。何だ、そんなことか。気を張って損したな。


「あの、ダメでしょうか……」

「いや、ダメじゃない」


 今までただの一度もこちらを向かなかった岩崎だったが、驚いたような反応を見せ、こちらに顔を向けた。


「あの、いいんですか?」

「そんな頼みごとでいいなら、いつでも受けてやる。だから、これからは面倒ごとに巻き込むのは控えてもらいたいね」

「あ、はい。善処します」


 絶対と言わないところが、いやらしいな。ここで宣言してもらいたかったが、未来は誰にも解らないのだから、絶対なんて言ってもらっても信じられないのだが。


「で、では……」


 おずおずと手を差し出してくる岩崎。そんなに緊張した雰囲気で手を差し出されると、俺としては何となくいやーな気分になる。そんな、腫れ物を触るような雰囲気出すなよ。俺の手は別に汚くないし、触っても何もうつらないぞ。たぶん。


 差し出された手を、下から支える。何となく、ダンスパーティーで誘いを受けたような様子を思い浮かべる俺。


「あ、ありがとうございます」

「いや、別に」


 こんな意味不明な空間を作り出している最中も、花火はがんがん打ち上がっていた。繋いだ手をじっと見つめる岩崎。柔らかく微笑んでいる。しかし、俺に見られていることに気付くと、慌てた様子で視線を移動させ、今までのように花火を見上げた。顔が紅潮しているように見えたのは、光の加減だろう。


 なぜだか知らないが、俺たちは花火が終わるまでずっと手を繋いでいた。






次回で最終回です。

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