9.消滅
施設で寝ていれば、いつか回復するかもしれないと思った俺の身体は、回復することはなかった。
逆に、粗末な食事で体力を消耗していき、やがて、目を開けることすら面倒に感じるようになっていった。
もう何年経ったのだろう。
もしかしたら、何十年経ったのだろう。
いつしか俺は、心の中で、誰ともわからない存在と問答しているのだ。
『どうして、俺はこんな世界に生まれたのだろう。
どうして、俺は冒険者として頑張っても、成長できなかったのだろう。
俺にも、魔法やチートスキルが使えたら。
俺にも、魔法やチートスキルが使えたら』
【しかし、お前には、何も使えなかった】
『そう。俺は何も使えなかった。
だからと言って、実社会で生きていくための才覚があるわけでもなく、運にも恵まれなかった』
【そう。お前は、何にも恵まれなかった】
『どうして、こんなに理不尽なんだよ!
どうして、こんなに不公平なんだよ!
おい、答えてみろ!」
【お前にとっては、理不尽かもしれない。
お前にとっては、不公平かもしれない】
『そうだ! なんで俺だけ、こんな目に遭うんだよ!』
【しかし、それがお前の人生なのだ。
世界は、お前のために在るのではない。
お前にとっては理不尽で不公平でも、別の者にはそうでないかもしれない】
『じゃあ、何だ!
俺はちっとも楽しくなかったよ!
こんなクソみたいな世界に生まれて、ちっとも楽しくなかったよ!』
【世界は、お前が楽しむために在るのではない。
もちろん、お前を楽しませないために在るのでもない】
『そう訳が分からないことを言って、はぐらかすのも、いい加減にしろ!
現に、俺はこうして苦しんでいるんだ!
絶対に許さないからな!
お前みたいなヤツは、偉いか何か知らないが、絶対に許さないからな!』
【……では、そうして死後の世界でも、我を呪い続けるか?】
『そうだ、呪ってやる! お前みたいなヤツは、絶対に打倒してやるからな!』
★
ある日、福祉施設の職員が見回りをすると、大男は、ベッドの上で息絶えていました。
身体は痩せこけていましたが、顔は憤怒の表情で、白目のまま、天井を睨みつけていました。
職員はため息をつくと、同僚を呼び、大男の遺体を片付けたのです。
一方、冒険者ギルドでは、魔王の配下の一人を討伐したとされるパーティが、冒険者を引退する際のセレモニーで、インタビューに応じていました。
パーティの中核メンバーとされる勇者と僧侶は、既に中年とされる年齢でした。
インタビューを受けながら、2人の頭には、かなり昔に一緒に冒険をした大柄の男の事が浮かびましたが、今となっては、もはや遠い過去なのでした。
~ 終わり ~