60.屈辱的な命令(イダト視点)
「父上……き、急に呼び出してどうしたのですか……?」
イダトは半ば動揺しながら、自分を呼び出したアルタールを眺めていた。
以前、自分はドラゴンの討伐に失敗した。
もしも父上に直接報告すれば罵られるかもしれないと怯え、結局伝えることはなかっのだが。
ともあれ、そのようなことはアルタールにはバレているもので、今回呼び出した理由もおおよそそのことだろうとイダトでも想像はできた。
「ドラゴンの討伐に失敗したか……お前だけが私の誇りであったのに……!」
そう言って、アルタールは殺意のこもった目でイダトを睨み付ける。
イダトは震えた。
このような目を、父親に向けられたことがなかったからだ。
次第に自分がしてしまった失敗が、どれほど重かったのか理解し始める。
「た、たまたまで……! 僕はたまたま調子が悪かったから失敗しただけで……!」
だが、イダトは惨めにも言い訳をした。
これが《剣聖》のスキルを持つ者がする発言だと思うと、呆れて声も出ない。
「黙れ! お前はリッターとは違い、ドラゴンを討伐できなかった愚か者なのだ!」
「え……? リッター……? どうしてその名を今……?」
イダトは何故リッターという名前が父親から出てきたのか理解ができなかった。
それに、『リッターとは違い』だって?
その言い方じゃあ、まるでリッターはドラゴンを討伐できたかのように聞こえるじゃないか。
と思ったのだが、しかしアルタールは現実を更に突きつけてくる。
「リッターは家を出て行ってから、数多くの実績を残したようだ……そして、そのような人物を追放した私は『愚か者』『目が肥えただけのバカ』だと世間から言われている……! お主は知らないだろうがな……!」
「そ、そんな……嘘だろ……」
イダトは言葉が出てこなかった。
まさかあいつがそのような実績を残すだなんて思いもしなかったからだ。
これじゃあまるで、自分たちがバカみたいじゃないか。
「私がバカだった……お前に期待した私が愚かだった……」
「待ってくださいよ! 僕はもっとこれから実績を積みます! だから――」
「黙れ! お前に命令する! 今すぐリッターを連れ戻せ! 分かったか!」
イダトの発言を封じ、アルタールはこのような指示を飛ばした。
「いや! 僕がいるじゃないですか!?」
「これ以上反抗するなら、貴様を追放してもよいのだぞ!?」
「……そ、そんな」
何も言葉が出なかった。
これじゃあまるで、自分が無能みたいじゃないか。
だけど、今の自分には何もできない。
反論しようものなら、この家からも追い出される。
「分かりました……どうにか、します……」
自分が、この自分が。
リッターよりも優れているはずの自分が……!
「どうして……だよ……!」
イダトの口からこぼれた言葉は、誰にも拾われることなくただ霧散した。




