49.どうしてだよ(イダト視点)
「なんで僕が……! どうして僕が……!」
イダトはボロボロになりながらも、必死でアルタール伯爵家へと帰ってきた。
ドラゴンにやられた傷が痛くて仕方がない。
それこそ、パッと見の文字の並びとしては歴戦の剣士のようなものだが、中身は圧倒的実力差による敗走によって付けられた傷だ。
恥ずかしくて言えたものじゃない。
「そこの召使い! 僕に手当をしろぉ!」
近くにいた召使いに声を荒げる。
召使いは一瞬緊張した様子を呈したが、イダトだと気がつくと呆れた表情を浮かべた。
それもそうで、彼はイダトがドラゴン討伐に出向く前に大声で怒鳴っていた召使いだったからだ。
やっぱり予想通り、負けて帰ってきたか。
召使いが抱いた心情というのは、これだった。
「ドラゴンなど簡単に討伐するのではなかったのですか? この様子では、負けてきたように見えますが」
冷酷に尋ねる。
イダトは唇をぐっと噛みしめ、睨めつけた。
しかし召使いは動じない。
今更イダトなど怖くもないのだ。
「お前……! あまり舐めたことを言っていると、父上に言ってクビにしてやるからな……! いいのか……!?」
「構いません、ご自由にどうぞ。叱責されるのは私ではなく、イダト様でしょうから」
正論であった。
父上は父上で追い詰められているのだ。
追放したリッターが様々な功績を残しているからである。
それによる責任問題も、周囲からアルタール伯爵は追求されていた。
見る目がない無能、無駄に肥えた意味のない目。
なんて言葉がアルタール伯爵に降り注いでいるのだから。
しかし、その事実を今のイダトは知らない。
だが、召使いの発言から何か異変は感じ取ってはいた。
「……てめえ!」
「はい。なんでしょう」
「っ……」
冷淡に返された言葉に、イダトは言い淀む。
明らかに自分が下だと思われている事実に狼狽する。
「手当て……をしてくれ……頼む……」
イダトは怒鳴ることもせず、ただ悔しそうに言った。
これ以上召使いに言っても、自分が苦しい思いをするだけだと分かったからだ。
召使いは大きく息を吐いた後、治療箱を取りに向かった。
ただ残されたイダトは唇を噛む。
「なんで……どうしてっ……!」
イダトは悔しさで胸がいっぱいになった。
自分に強気で逆らってくる召使いが憎くて仕方がなかった。
僕が何をしたって言うんだ。
何もしていないだろう!
と、何度も何度も胸の中で呟くが、誰にも届くことはない。
なんせ全ては自分のせいなのだから。




