29.過信(イダト視点)
「父上! 僕はドラゴンを倒すことにしました!」
「ほう……そうか……」
イダトは嬉々として、アルタール伯爵にドラゴン討伐をする旨を伝えに行った。
しかしアルタール伯爵の反応というのは、決してよくはなかった。
イダトは一瞬違和感を覚えるも、しかしすぐに忘れてしまった。
自身がこれから作るであろう伝説に胸を躍らせていたのだ。
「ドラゴン討伐をするならば、必ず倒してこい。決して負けるな」
「もちろんですよ父上! 僕は必ず討伐してきます!」
「……頼んだぞ」
どうしてアルタール伯爵はこのような反応なのか。
それは、リッターがドラゴンを討伐したという話が自分の耳にも入ってきていたからだ。
当然である。自分の領地内で発生した大事くらい、アルタール伯爵は把握している。
それも……リッターが討伐したのはただのドラゴンではない。
Sランク――いやそれ以上の可能性だってあるデルタ・ドラゴンという魔物だったのだから。
「それでは父上! 行って参ります!」
そうして、イダトは家を飛び出した。
もちろん当てもなく飛び出したわけではない。
この辺りでドラゴンが生息している場所は把握している。
イダトはさながらプレゼントを貰ったばかりの子供のような表情を浮かべ、走っていった。
◆
アルタール伯爵領内でドラゴンが生息している場所へ、イダトは休むこともなく向かった。
そこは大きな山の頂上である。
レッドドラゴンというドラゴンの中では中級くらいの魔物が生息している場所だ。
「そろそろかな……!」
イダトは草をかきわけ、レッドドラゴンを探す。
情報通りならそろそろ……なのだが。
「うおっ……!?」
進んでいると、突然咆哮のようなものが聞こえてきた。
耳をつんざくような音に、イダトは体を震わせる。
ゆっくりと声がした方に体を進めると――。
「いた……!」
そこには、巨大な体躯を持ったレッドドラゴンの姿があった。
イダトは更に胸を躍らせる。
これから自分はあのドラゴンを討伐し、伝説を作るのだ。
あれほど小馬鹿にしてくる召使いも、これから何も言えなくなる。
自分が帰ってきたら、頭を必死に下げて「イダト様イダト様!」と媚びを売ってくるのだ。
「やってやる……! やってやる……!」
イダトは興奮していた。
今すぐにでもドラゴンを殺したい。
しかし……イダトは分かっていなかった。
なんせ彼はまともに魔物と戦ったことなんてなかったのだ。
自分の実力をあまりにも過信しすぎていた。
彼はこれから地獄を見ることになる。
現実は……非情だということを思い知らされる。




