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旅立ちの誘い



 ハルブレッドの森からはるか北にあるエルフの国。ロランとは、古いエルフの言葉で『神の踊る地』の意味があった。太古の昔、神々の住む都であったともいわれるとおり、北方の地にありながら温暖で、危険な魔物も住みついていなかった。


 人族の間では、生涯を終えるときに神に呼ばれた者が暮らす、永遠の楽園『ヴァルハラ』と呼ばれ信仰の対象になっているほどだ。


 そのロランの中央にある宮殿に人族の集団が訪れていた。数年の時を経て、謁見までこぎつけたフレデリク国の外交官たちであった。これまでに国交がなく、苦労を重ねた成果に顔が上気している。


「使節どの、遠路ご苦労であったな。面を上げられよ。さて、御用の向きは?」


 武官と文官が並ぶ謁見の間で、国王の横に控える人物が声を掛けた。宰相のヴィルマルだ。


「はい、フレデリク王家より仰せつかりしこちらの信書を奉呈致したく罷り越しました」


 無言でうなづく国王は一言も話さない。使者は慣れているのか、脇に控えた侍従が差し出した銀盆に信書を預ける。


「確かに受け取った。確認の上返書をしたためる故、しばしロランに滞在願おう」


 ヴィルマルの告げた言葉で国王は退出した。数年の苦労も終わってみれば一瞬だが、ほっと安堵の外交官たち。


「これにて謁見は終了であるが、使者殿よ」


「はい、宰相殿」


「予てより、貴国から提案のあった交流の件ではあるが、此度送ることに決めたぞ」


「おお、誠にございますか」


「うむ、なかなかに歳周りの近い者が少なくて難儀したが、ちょうど良い人物が思い付いた」


 これまで国交がなかった国と友好を結ぶのは大変だ。特にエルフとなれば常識や習慣までかなりの違いがある。それをお互いが歩み寄るためには、人材の交流が大事になると、フレデリク王国から提案したのだ。


「では、どなたかご遊学していただけるのですね」


「そうだ、サーガの氏族の娘が産んだ子が歳周りも近い。王の血とも近い故、適材であろう」


「かしこまりましてございます」


「名を『アリゥス《・・・・》・ラーナ』という者だ。良しなに頼もう」


 この時、フレデリク王国の人間が少しでもエルフに通じていたのなら、この後の不幸は起こらなかっただろう。


 エルフの言葉で『アレス』は『アリゥス』と発音する。しかも、人族には聞き取りにくい音なので『アリス』と聞こえた。


 また『ラーナ』の意味を改めて聞き勘違いもしていた。


「『偉大なる森の女王』アリス・ラーナ様か……どんなお姫様なのだろう」


 一番間違ってはいけない性別を間違っていたのだから。



     




 エルフの国から使者がやってきたのは春を迎えてしばらくの時だった。


 王宮からの使いを名乗った一行は、遠く離れたロランから飛竜に乗って現れた。


「ミカル・イェスタフ・ルンドヴァルと申します」


 丁寧な挨拶と物腰からかなりの人物に見えた。聞けば、近衛の騎士で通常なら他国に赴くことは少ないらしい。


「アレスを留学ですか?」


「宰相のヴィルマル様は、見聞を広める機会は、今しかないだろうとお考えになられたようです」


 供の従士を連れて単身で山脈を超えてきた老齢の騎士は、差し出された暖かいスープを手に話し始めた。


「なるほど、フレデリク王国の魔法学校の噂は聞いたことがあります」


 クロフォード家のあるヴァルデマ国は、フレデリク王国との国交は無かったが、魔法学校は有名であった。優秀な魔導士を目指す若者は、ここの出身者が多いくらいは聞こえてくる。


「なにぶん、エルフでは歳周りが悪く、適当な王族では該当者が……ちと、少なくて」


 言いにくそうに言葉を濁しているが、理由は察しが付く。王族となる純潔のエルフでは年齢が合わないのだろう。見た目がアレスと同じくらいに見えても、年数は軽く数倍はある。中身は十分に成熟した大人なのだ。子供の中に入って留学など苦痛の何物でもない。


「たしかにアレスは一三ですが、見た目は少し幼いので……」


 リアが言葉を濁すように、アレスは同年代の少年にしてはかなり幼く見える。ぱっと見では十歳と言われてもおかしくないのだ。リアは前から外の世界を経験させてみたいと思っていた。ハルブレッドの森は安全だが狭い箱庭のようなもので、アレスの成長を考えれば絶好の機会と言えた。


 それでも不安は残る。


「なになに、こちらでも、万全の体制でお送りいたしますので、ご安心くださいますよう申し上げます」


 そう、胸を張って言われたリアだが不安そうな表情は晴れない。


「では、アレスに決めてもらいましょう」


「なるほど、お話しさせていただきましょう」



 この世界は斜めに傾いたひし形をしている。ローレンシア大陸とよばれ、古いエルフの言葉では『神聖なる思い出』だそうだ。ハルブレッドの森は北西に位置していた。


 だれが調べて書いたのか? 見たこともない正確な地図を眺めて唸る。


「うーん、遠い」


 指を広げて我が家から目的地を測ってみた。


「いち、に、さん……」


 床いっぱいに広げられた貴重な地図の上で、腕組みをしているアレスを見た騎士も黙っている。エルフ王家から、アレスあてに送られて来た地図はすでに敷物と化していた。


「ヴァルデマ王家でも持っていないお宝の上で座り込むなんて、家の末っ子は大物だなぁ」


 のんびりとした口調で感心しているのは、ベルンハルド。エルフの使者がやってくるとの連絡で、急遽呼ばれて帰ってきた。


「ここからヴァルデマの王都アンブールまでは一か月として、うわぁ! 七か月、いやもっとかかるし!」


 目的地の、フレデリク王国までの距離を測り、気が遠くなったアレス。ハルブレッドの森からヴァルデマ国の王都まで馬車で一月かかる。それを指で計ったアレスは魔法学校のある場所までと比べてみた。直線距離で七つ分なのだから、曲がりくねった街道を通れば、その数倍は掛かるのだ。


「よし! 絶対にいかない!」


 結論は出たとばかりに胸を張って宣言するアレス。


「それはダメよ! アレスはエルフなんだから」


 すかさず、リアが口を出すが、普段なら黙って従うアレスでも、譲れないものは譲れないと強情だ。


「嫌! 無理ったら! 無理! まったく迷惑な話だよ。なんで留学しないといけないの?」


 アレスを囲むみんなは困った顔をしている。


「そうは言っても……。こんなチャンス滅多にないのよ?」


 どことなく、アリシアも歯切れが悪い。自分は、遠く離れた地での寮生活が嫌で学校に行かなかったからだ。


「魔法学校なんて絶対に行かない! もう! 決めたの!」


「おちび! わがまま言わない! 生意気よ!」


「うるさい! カルねえはだまってて!」


「ふふふふ、良い度胸ね。誰にそんな口をきいてるのかしら?」


「もー! いい加減にしなさい! 使者の方もあきれているわ!」


「よろしいですか」


 まずは家族でと、傍観していた騎士が話し始めた。


「アレス様。お言葉ですが、少しばかりお耳を貸していただけませんか?」


 穏やかに話始める騎士を見て、アレスはうなづいた。


「まずは、留学の件ですが、お嫌ならばお断りしても良いかと思います」


「えっ、良いの?」


「もちろんです。次代のラーナ様とはいえ、他国のお子でありますから、王命などではないのですよ」


「そ、そうなんだ」


 ホッとした顔のアレスに優しく笑顔を向けながら続けた。


「けれど、いずれラーナになれば、他国はおろか森を離れることもかなわぬと聞きます」


「えっ! そうなの!」


「森を守るのは大切なお役目ですから、仕方わないとはいえ、世の中を知らないままでラーナを継がれることはお勧めいたしません」


「じゃ、どうしたらいいの」


 ちょっと冷静になって考え始めたアレス。


「そうですな。留学は五年程度とお聞きしました。故郷を離れてお寂しいのはご理解いたしますが、悲しいことばかりではありません。楽しいことや、そう! お友達もたくさん出来るかと思います」


「と、友達!」


 アレスのまわりには同年代の子供はいなかった。領都ならいざ知らず、住んでいるのはハルブレッドの森なのだ。近くの村も大人たちばかりで、赤子が少しいるだけだった。


「そうか……友達かー。えへへへ」


 どうやら興味を引いたようだ。


 それからいくつかの話し合いの後、少し前向きに考えてみようと決まった。



     



「嫌だ嫌だ! 絶対に嫌だ!」


 大人げない駄々をこねて騒いでいるのは、クロフォード家の居候聖霊のドリュアスだった。最初こそ威厳を見せていたが、すぐに底が割れた。元来の奔放な性格を隠すにはいい加減すぎて、今では魔法教師役をたまに務めるくらいで、ふらふらと遊び歩いていた。その割に食べ物には執着するので、面倒な居候扱いになっていたのだ。


「はいはい」


 すでに誰も敬語も使っていない。本人も気にしていないのでアレスが適当に相手しても大丈夫だった。


「僕の扱いが酷い!」


「そうですねー」


「ドリュアス様。ちょっと忙しいので後にしていただけます」


 アリシアもいつの間にかこの調子だ。


「アリシアたんも! 酷い」


 普段はもう少し相手をするのだが、いまはアレスの留学準備で忙しいのだ。


「てか! 僕の話聞いてる!?」


 ドリュアスがごねているのは付いていきたいと騒いでいたのだ。


「先生って森から離れられないって言ってたよね? 離れたらおかし食べられないけど良いの?」


「うっ、まあ……本体があの木だから難しいかも」


 森の中に突然現れた大木は、精霊界と結ぶ世界樹の若木で、ドリュアスの依り代に使っていた。聖霊なので依り代が無くても存在できるが、今みたいに食べたり飲んだりは当然できなくなる。


「でも! 時々は見に行くからね」


 やっぱり、来るのかと思ったが、諦めて頷くアレス。


 結局、魔法学校への留学を決めた。アレス自身、何でもない様子を装っているが、友達はやっぱり欲しかったのだ。


「本当に一人で大丈夫なの?」


 家族のみんなが心配するが、実はアレスの実力は確かなものだった。


「それについては大丈夫だよん」


 ドリュアスが自信をもって断言する。


「まあ、僕も本気で教えたからね。アレたんの上級魔法もかなり上達したから大丈夫」


 最近使い始めた、おかしな言葉づかいではあるが、アレスを鍛えたのは事実だった。初級、中級は属性すべてを教え、上級もかなりの練度で覚えさせた。元々、空間魔法まで素質のあったアレスを面白がって、どんどんと教え込んだのだ。


 しかも、妙な知識も付けさせられた。


 数学から始まり、化学とか言うのも教わった。他にも錬金術や鍛冶、料理まで及んだのだ。


 いまのアレスは知識だけなら、すでに高位の魔導士を超えていた。覚えただけで使ったことは無いので、どこまで生かせるかは未知数なのだが。


「魔道具も持たせたし、知恵袋があるからサバイバルでも生きていけるよん」


 聖霊の力なのかエルフの知恵なのか、リアたちでは理解できない事をアレスにこそこそ教えていた。


 その中に知恵袋と呼んだ、魔道具があった。


「知りたいことが有って、質問したら答えてくれるよ」


 なんとも不思議で奇妙な魔道具は、手の平に乗るようなサイズの黒板で、アレスが質問するとエルフ文字で答えを出す。


「ふふふふ、それ、作るの苦労したんだ。異世界スマホはやっぱり必要でしょ?」


 ひゃははと変な笑いをしながら、どや顔で胸を張るドリュアスは置いておいて、確かに便利な魔道具だった。


 過保護ともいえるドリュアスの好意は、半分も理解できてないが、とりあえず使い方が分かるので問題は無かった。


「先生、ありがとうございます」


 だからアレスは素直にお礼の言葉を伝えたのだった。


    




 それからしばらくして、エルフの国からは入学の許可証が届けられた。魔法学校の校長のサインの下には、エルフ文字で国王の署名まで入った正式なものだ。


「へー、懐かしいな。これ、エルフ文字だ。王族しか書けないんだぞ」


 ドリュアスはどこか遠くを見つめるようにエルフ文字を指でなぞった。


 王族が文字を使う風習はエルフにはない。すべて、魔法文字で記すのだ。奇妙な文字とは思えない不思議な記号。一文字に沢山の意味があって、それ自体が魔法の発動に優れているという。


 それを見たアレスは、ちょっと魔法陣みたいでかっこいいなと思った。



     




 アレスの出発の日、ハルブレッドの森は祝福するように空は青かった。



「くれぐれも気を付けるのよ、いくら魔法が使えても、アレスはまだ小さいのだから」


 リアは抱きしめてそう言った。


「大丈夫だよ。マルコと一緒だから」


 アレスはちょっと恥ずかしかったが、順番に抱きしめてくる家族に笑顔で別れを告げた。



 旅に慣れていないアレスのために、衛兵のマルコが送ってくれる。とりあえずは領都オルヴォーへは馬で向う。その先は、馬を維持するのは大変なので、商隊に同行させてもらうか乗合を探す事にしていた。


 家族には言ってないが、街道をゆっくりと歩くのもよいだろうと思っている。



「アレスぅ、ぐすっ、何かあったら精霊に告げるんだよ」


 涙どころか鼻水まで流してドリュアスはアレスに抱き着いた。


「ははっ、ありがとう。大丈夫です、僕は聖霊の教え子だから」


 アレスは苦笑しながらそう言った。


「さあ! 出発だ!」


 目的地まで道のりは長いけれど、準備は充分に整えた。


 春先の暖かい日差しを受けて小さなラーナは外の世界に旅立った。


 


そう、冒険に旅立ったのだ。


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