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森の精霊様



 クロフォード家の子供たちはエルフと人間の間に生まれている。けれど、子供のころからアレスだけを特別と呼んだ。



「特別?」


「そうだよ、アレスは精霊の声が聞こえるんだろう?」


 ベルンハルドがそう言えば、アリシアがアレスは『ラーナ』だものね」と笑う。


 その度に「ラーナってなぁに」というのが幼いころの日常だった。



 アレス自身は、姉や兄も一緒なのに「耳がとがっているくらいで普通だよ」と言い張るが、クロフォード家ではリアとアレスのミドルネームが『ラーナ』でその他の家族は『フォン』が付く。


 時々、よその貴族がアレスの名前を聞くと庶子と間違えることがあった。『ラーナ』は平民の女性が良く使う名前だから、母親の身分が低いと勘違いするのだ。


『ラーナ』とは、エルフの古い言葉で『偉大なる森の女王』という意味を持つ。代々受け継がれていく名前で、次代はアレスが継ぐのだという。


 これはアレスがエルフの特徴を持って生まれてきたからで、珍しいことでもあった。妖精に近いエルフは人間と子を生すことは出来るが、多くは人間の子供だからだ。



 姉や兄は人間の血が濃い。だからよく聞かれた。


「精霊の声が聞こえるって、どんな感じ?」


「わちゃわちゃ言ってる」


「わちゃわちゃって、うふふ、なにそれ? 可笑しいのね」


「森に行くと、うるさいくらい集まってくるから」


 アレスがハルブレッドの森に行くと、そこら中から精霊が集まってきた。ほとんどは幼い精霊で、石や木の枝などに宿って普段は過ごす。


「私もお話してみたいな? ねえ、こんど森に行くから言葉を繋いでもらえる?」


 アリシアは精霊を見たことがあった。


 子供たちはハルブレッドの森で、隠れていない精霊を見ることがあった。その姿はふわふわとした淡い光に見えるのだ。


「そうだね。僕もふわふわした精霊が何を考えているのか聞いてみたいよ」


「でもさー、妖精なら大丈夫なんだけど、あいつら言葉になってないんだよね」


「言葉になってない?」


「うん、何となく感じるだけ」



 もしも、この場にエルフが居たら驚いたことだろう。精霊と意志を繋げるのは契約が必要なのだ。誰でも結べるものではない。優れた精霊魔法の使い手が、長い時間と労力を費やして初めて成すものである。


 ましてや生まれたばかりの幼い精霊など、意思など無いものと思われていたのだから。



     



 雨の日を除いて森に行くのはアレスの仕事だ。危険はないので、よほどのことが無ければ一人で出かける。


 その日も妖精たちとたわむれ、ときどき生まれたばかりの精霊たちに魔力を吸いだされた。


 けれど、その日はどこか違った。何かに呼ばれたようにアレスは感じたのだ。そして、ふらふらと誘われるまま森の奥までやってきたのだが。



「こんな木あったかな?」


 見たことも無い、一本の木がそびえ立っていたのだ。


 ハルブレッドの森は不思議なことにつつまれている。季節に関係なくいつも暖かいのもそうだが、とつぜん地形が変わったり花が咲いたりした。たいていは妖精の仕業で、アレスを驚かせようと悪乗りした結果だった。


 また誰かのいたずらかなと、首を傾げていると、足が勝手に大木に向かった。


「あわわわ!」


 アレスは吸い寄せられるまま、抵抗も出来ず、気が付けば大木の下にいた。


 見上げてみれば、空いっぱいに枝葉が茂り、凛とした佇まいは澄んだ威厳を感じさせた。



「おや、久しぶりに下界に赴いてみれば、小さなラーナを見つけた」


「……えっ?」


 とつぜん声をかけられてびっくりするアレス。驚きすぎてそれ以上声が出ない。


「ふふふ、小さきものには姿が見えないのかな?」


 笑い声がどこからか聞こえ、きらきらとした光が枝葉から降り注いだ。


「えっえっ、えぇえええええ!」


 光の中から現れたのは目元が涼しげで、きらきらな衣装に身をつつんだエルフの男性だった。


「あはは、そんなに驚かなくても、さて、小さきラーナよ。名を聞かせてもらえるかな」


「あ、ああ……名前? あっ、はい。えぇと……。アレスです」


 ぺこりとおじぎするアレスを見て。ころころと笑う。


「礼儀正しきことは良いことだけれど、アレス、名はそれだけかい?」


「えっ? なまえ……」


「そう、正しき名を名乗るのが礼儀であるよ」


「あっ、はい。わかりました。ボクのなまえはアレス・ラーナ・クロフォード。アルノルト・フォン・クロフォード伯爵の第六子で、母はリア・ラーナ・クロフォードです」


 前に習った礼儀作法を思い出して、胸に手を当てて軽く会釈した。これはエルフ式だ。


 男性は「うんうん」とうなずくと、好ましいものを見る顔でにやりと笑う。


「良いだろう、アレス。わが身はドリュアス」


「……。ええとぉ……」


 もじもじしているアレスを見て。


「もしや? ラーナなのに知らないとか?」


「はい、ごめんなさい」


「ぬう、不敬とするのも意味が違うし、まさか……僕を知らないなんて。……まあいいよ、僕はドリュアス・ラーナ。初にして唯一の『偉大なる森の女王』森のラーナとは僕の事だ!」


 何だかよく分からないが、不思議な威圧感で思わず平伏するアレス。


「まあ、今は聖霊をしてるんだけどね」



 けらけらと笑ったドリュアスの言うことには、元はエルフで最初のラーナだったそうだ。


 死んだ後、気が付いたら聖霊になっていたという。


「精霊界でしばらく、ぶらぶらしてたんだけど、何かに呼ばれて気が付いたらアレスがいたのさ」


 聖霊は精霊と明確に違う存在で、本人もよく分かっていないようだ。


「男なのに森の女王って名前変だよね? 普通はさあ、王で良いのにさ、何考えて付けたんだろう? って昔は悩んだものさ。まあ神様の考えることは、良く分からない事が多いから、気にしないようにしてるけどね」


 そう言うとけらけら笑った。なんとも気さくで良く話す聖霊だと思った。



「さて、アレスにお願いがあります」


「はい、何ですか?」


 ひとしきり愚痴をこぼして満足したのか、きりりとした顔でアレスに頼みがあるという。


「君が持っている石の事です」


「ん? これの事」


 肌身離さず持っているラピスラズリを取り出した。


「そうそう、その子の事なんだ。大切に育ててくれてるけど、そのままじゃ生まれないよ」


 ラピスラズリに眠っている子は、とにかく手間暇がかかるそうで、魔力を与えるだけでは生まれないそうだ。



「その子は変わっていてね。不思議とか目新しいものに目がない子の生まれ変わりなんだ」


「不思議?」


「うん、元々は色んなものを集めるのが好きな子でね。眠りにつく前に『やりつくしたー!』って満足してたから、普通にしてても起きてくれないと思う」


 好奇心の塊のような幻獣を、眠りから目覚めさせるためには気を引く何かが必要と言う。


「まあ、頑張ればそのうち何とかなるかも。大変だろうけど」


 アレスに「頑張ってね」と、遠い目をしたドリュアスは、しばらくはこの森で過ごすらしい。



「遊びにきてねー」と言って消えていった。


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