覚醒したら婚約者が豹変した件について
あんまり普段は感情表現しないけど、実はクソデカ感情持ちのヒーローが大好きなんです……
魔獣駆除や国境での小競り合いを担当する王国軍第二重装騎兵隊。
その中核を担う若き英雄であるレーム・カルンスト様が率いる一団が、本日任務から帰ってくる。
婚約者や夫を出迎えるべく、集まっていたご令嬢、ご婦人方。一団は帰還後の片付けもそこそこに皆んな彼女たちのもとに辿り着く。
出迎えの女性達は歓声を上げ、無事を喜んだ。
そんな多くの人が行き交いごった返す中、それでも私はかの人を見失わない。
彫刻のように鍛え抜かれた体躯、黒髪に神秘的な琥珀色の瞳、彫りの深い顔立ち。私の愛しい人。
トトト、と駆け寄り声をかける。
「レーム様、おかえりなさいませ…!あなたがいらっしゃらない間、一日千秋の思いでございました!ご無事で何よりです!!」
「ああ、出迎えご苦労」
レーム様は今回の一団を率いる責任者である。任務の残務処理があるからかまだ表情も硬い。私を一瞥したらそ のまま歩き出した。――いつものことである。
「レーム様、わたくしのお送りしたサシェ、まだ香りは残っておりますか?そろそろ中身の入れ替えをしたいのですが」
「残っているから交換は不要だ」
私は歩きながら話しかけ続ける。レーム様の歩調は緩まない。――これもいつものことだ。
「かしこまりました。本日は残務処理後そのままご帰宅されますか?父が時間があれば是非にと申しておりまして」
「閣下には明日伺うと伝えてくれるか、怪我人が出たので王宮の癒し手を申請する必要がある」
レーム様はお忙しい上に寡黙な方なので、必要な連絡事項はまとめて簡潔に。なるべく短文で返答できるように。――これもいつものことだ。
しかしあることを話したくてウズウズしていた私は、きっかけとなる話題が出た瞬間につい口走ってしまった。
「レーム様!わたくし、本日癒し手の啓示を授かりました!これからはお役に立てます、どんな時でもお側においてくださいませ…!」
「……は?」
──魔獣駆除や国境での小競り合いを担当する王国軍第二重装騎兵隊。
その中核を担う若き英雄であり、"私の婚約者"でもあるレーム・カルンスト様は、私の言葉に思わず足を止め、その美しい顔を思いっきり顰めた。
順を追って説明しよう。
私ことマリアンナ・ドゥームがレーム様の婚約者になったのは、私が6歳、レーム様が18歳の時だった。
言ってしまえば、王国軍の将軍である父による、未来有望な若者の青田買いである。
当時からレーム様はとんでもない美青年だったこともあり、幼女の私はコロッと恋に落ちた。
そこからはもう、黒歴史では?というくらいレーム様に傾倒していった。
暇さえあれば手紙を書き、羊肉が好きと聞けば父に頼んでレストランを予約してもらい、クッキーが好きと聞けば焼いて騎兵隊の詰め所に押しかけ、母の社交に無理矢理ついて行っては勝手にレーム様の素晴らしさを皆様にお話しし、出立と帰還には必ず顔を出し……
幼い頃すぎて、レーム様がどんな反応をしていたのか覚えていないのがせめてもの救いである。
さすがに分別がついた今ではそこまでやらかしはしないが、それでも手紙は毎月欠かさず書くし、魔除けに効くというハーブを使ったサシェを贈ったりしている。
レーム様もお優しいので、こんな歳の離れたちんちくりんな私相手でも任務の傍ら何回かに一回はお手紙を返してくださるし、お返事がなかった時は次お会いした際に「もう一度君の口から聞きたい」と仰る。
寡黙な方なのでいつも私が一方的に話し続けてしまうが、穏やかな表情で相槌を打ってくださるし、花園で見た薔薇が美しかったとお話ししたら後日届いた、薔薇を模した髪飾りは私の宝物だ。
年齢的に女性としてみるのは難しいだろうこんな小娘の相手をしてくださって感謝しかないのだが、それでも不満がないわけではなかった。
第二重装騎兵隊は任務柄どうしても外征が多く、レーム様に直接お会いできる時がそもそも少ないのである。
子どもの頃はそんなの知るかー!とばかりにレーム様にまとわりついていた私だが、今となってはさすがに申し訳なさが勝つ。次の任務までのわずかな時間を休息にあててほしい。
もっとレーム様のお役に立ちたい。できるならもっとお会いして、時間をかけて関係を温めていきたい。
どうにかお役に立ちつつ、お側に居られないかと悩んでいた15歳の誕生日。
我が国では魔法の使用が許可され、生まれた時に施された封印が解かれ、適性がわかる。精霊の啓示の日でもある。
ちなみにレーム様は五大元素全てに適性があるという破格の才能の持ち主だった。
イケメンで天才の超ハイスペックである彼を手に入れるため、父が私を婚約者にねじ込んだのも理解できるというものだ。
そんなレーム様にどうにか釣り合う適性が出ますようにと祈っていたら、奇跡が起きた。
癒し手……希少な回復魔法の才があったのである。
「癒し手であれば、レーム様のお役に立てます!修練を積んで、従軍を許されるよう精一杯努め、必ずやお役に立ってみせます…!」
ここはレーム様がお仕事で使っていらっしゃる、第二重装騎兵隊用の詰所の執務室。
啓示の内容を喜び勇んでお伝えしたところ、レーム様に執務室に連れられ今に至る。
レーム様は外套を外しただけで、旅装もほとんど解かないまま私の話を聞いていた。
「ああ……」
難しい顔をして私の話を聞いていたレーム様は、ため息と共に美丈夫と名高いお顔を手で覆ってしまった。
お顔が見えなくとも長い手足と鍛え抜かれた体躯が素晴らしいので眼福ではあるのだが、レーム様の琥珀色の瞳が好きな私としてはそれが見えないのは少しさみしい。
というか、いくら寡黙なレーム様とはいえ、この反応が芳しくないものなのは疑いようがなかった。
「レーム様…?その、差し出がましい申し出でしたでしょうか……?」
どんどん不安になってきた。どうして喜んでいただけないのだろう……?
癒し手は、いない訳ではないが珍しい魔法の才だ。将来は約束されたようなものだし、それを婚約者に持つレーム様のお立場も盤石なものとなる。
父のコネで婚約者になっただけで、齢も見てくれも何もかも釣り合わない、栗色頭のちんちくりんな私が、ようやく胸を張ってお役に立てることなのに。
──私に任務先でも付きまとわれるのが嫌……?
ドクン、と心臓が嫌な音を立てた。
「マリアンナ」
気が付くと、レーム様が私のすぐ隣に来て手を握ってくださっていた。
真剣な琥珀色の瞳が、まっすぐ私を向いている。
婚約した18歳の頃に比べ、27歳となったレーム様はとても逞しい美丈夫となった。
漆黒の絹のような美しい髪色と、神秘的な琥珀色の瞳。彫りの深いはっきりとした顔立ちが、年齢を重ねるごとに男性的な魅力を引き上げている。
いつ見ても惚れ惚れするこの人の瞳に映る自分の、なんと見劣りすることだろう。
大した特徴のない栗色の髪と地味な顔、お母様譲りの若草色の瞳だけはちょっと気に入ってるけど、眼鏡のせいで活かされない。
必死にオシャレを学んでも美容に気を遣っても全く釣り合わない。ただでさえ年も離れているのに。
これ以上ご迷惑になりたくなかった、この力があればようやくレーム様のお役に立てると――
「結婚しよう、マリアンナ。そしてすぐ契ろう。それしか方法はない」
「……は、い……???」
あまりに唐突なレーム様の発言に、思考が止まってしまった。
えーと、えーっと??いまレーム様は?なんて???
「先ほど閣下には明日お伺いすると言ってしまったが事態は一刻を争う。
このまま君の家に一緒に行こう、いいね?」
「は、はい」
レーム様は伝言係の方に私のお父様…ドゥーム将軍への先触れを頼むと、遠征用の装具など最低限のものを整えてすぐに廊下に出て歩き出した。
「急ぐから抱えていくが、揺れが激しかったら言いなさい。馬車まで絶対に降ろさないからそのつもりで」
「え?は、ええぇぇえ!?」
いわゆるお姫様抱っこをされて、廊下を進む。歩く速度はさっきよりも速いがレーム様は息一つ乱さない。
ふわり、と私が渡したサシェの香りがした。
身に着けてくださっていたのはとても嬉しいのだが、私は現状の恥ずかしさの方が勝り思わずうつむいてしまう。
馬車に乗ったら降ろしてもらえるのかと思ったら、膝の上に座らされて卒倒するかと思った。
「レ、レーム様!?こ、これはいったい……?」
あまりの急展開に涙目になってレーム様を見上げると、それに合わせてこちらに向いた琥珀色の瞳と視線がカチリと合う。
その瞬間、レーム様は完全な無表情で、ひたり、と私を見た。
見つめあったのは実際はほんの1秒程度だろうが、永遠にも感じられる不思議な時間だった。
「……マリアンナ、馬車内も揺れる。このまま座っていなさい」
このまま事情を説明しよう。とおっしゃるレーム様の言葉を聞きながら
先ほどの琥珀色の瞳は、まるで猛禽類のようだったなと何故か感じたのだった。
──馬車でレーム様がお話してくださったのは、こういうことだった。
少し前まで、癒し手は珍しいがそこまで希少というほどではなかったそうだ。
それこそ父が前線で現役だったころは、毎年1〜2人くらい、多い時には10人程度いた年もあったらしい。
しかし、ここ十数年パッタリと癒し手が現れなくなった。
貴族も平民も、誰からも癒し手が現れない。
癒し手の高齢化に伴い、外征などの過酷な任務の担い手不足と、癒し手そのものの奪い合いが水面下で始まりかけたタイミングで念願の若い癒し手……つまり私が現れたのである。
「今、王国を支えている癒し手は一番若くて30代半ばだ。今後癒し手が現れないなら王家が血の存続を謳って抱え込もうとするだろうし、もしまた少しずつ増えるようなら将軍の娘である君が後継者筆頭として過酷な目に遭うのは目に見えている」
レーム様は冷え冷えとした表情で、吐き捨てるようにそう語った後、私の方を見た。
私の良く知る、穏やかな表情のレーム様である。
「君を手放す気はないし、過酷な目に合わせるつもりもない。啓示の内容を早めに知れてよかった。婚約の白紙撤回の王命が下る前に、式は後回しにして早々に婚姻を結んでしまおう。白い結婚では意味がないからそのつもりで」
「私を……手放したくない……?」
信じられなくて思わずつぶやいてしまった。
もちろん聞こえていたレーム様は、訝し気な……もっと端的に言ってしまうと「何言ってんだこいつ」みたいな顔で私を見た。
「当然だろう、うぬぼれでなければ君は私を愛しているし、私も君を愛している。なによりここまで良好な関係を築ける女性に、君以外生涯出会うことはないだろうと私は思っているよ」
「あ、い……っ?!も、もちろん私は、ご存じの通りレーム様のことをお慕いしておりますが、あの……」
頬が、全身が熱い。汗が吹き出しそうである。
レーム様は寡黙で、必要なことしかおっしゃらない。
逆に言えば、必要なことなら言葉を惜しまない方なのも私はよく知っている。
しかし、自分に対して初めて向けられるそれに、私は完全に参ってしまっていた。
「あの……レーム様……?」
熱で浮かされた頭を素通りして、口から言葉が勝手に出ていく。
「し、白い結婚ではないということは、レーム様は、わたくしのこと、女性として見てくださっていましたの……?」
ああ、聞いてしまった。
さっきまでまでは幼すぎる婚約者、よくて妹分扱いかな、と思っていたのだ。
白い結婚にはしない、とか今すぐ、契る、とか、本当にできるの?と疑問しか感じない。
レーム様は問われた内容に驚いたようにしばらく目を瞠っていたけれど、ふ、と笑み崩れた。
国中の美姫が寄って集っても敵わないんじゃないか、というくらいのとんでもない蠱惑的な笑みで、私の腰からカクン、と力が抜けた。
「ははは、腰が抜けたのか。マリアンナ。これからもっとすごいことを君にするのに」
腰を支えるように私を抱えなおしたレーム様の瞳は、やっぱり猛禽類のように輝いていて、私の頭はさらに沸騰していく。
「ああ、楽しみだなマリアンナ。ようやく君と一緒になれる。今までずっとずっと我慢していたんだ、どうか受け止めておくれ」
そうおっしゃったレーム様の瞳がわからなくなるくらい近づいたと思ったら、唇にかみつくようなキスが降ってきた。
豹変というか、クソデカ感情の片鱗を見せたあたりで終わってしまいました。
これからも精進します…!