M一三 浮き沈み
「次はテニス部を見に行こっ」
舞衣が言うと、
「ごめんね、結局私に付き合ってもらう事になって…」
先刻の事で申し訳なく感じている絵里が返した。
「だから気にしないで、私も楽しいから」
舞衣は本心から楽しんでいた。というよりこれからが舞衣にとって楽しくなる時間だ。式の最中からずっと楽しみにしていた事がこの後現実になるのだから。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「ここがテニス部ね」
二人はグラウンドから少し上った丘の上にあるテニスコートに着いた。テニス部は人気があるのか?二人の他にも既に何十人もの新入生が見学に来ていた。
「うわっ!凄い人」
テニスコートに群がる新入生たちを見て絵里が驚く。
「人気あるんだねテニスって…バドミントンなんて見学者居なかったのにね」
「・・・・・・・・・」
「舞衣?」
返答のない舞衣に再度絵里が話しかけた。
「え?」
「どうしたの?キョロキョロして」
「え!なんでもないよ。ただ人が多いなぁと思って…」
「だから人多いねって言ったのに」
「あ、あぁ!多いね…」
(ここって女子のコート?)
絵里の問いかけにも半分上の空で、目の前のコートをキョロキョロ見ている舞衣。
「絵里、ちょっとごめん…」
「え?うん」
急に舞衣がその場を離れようとした。その舞衣の態度を見た絵里はトイレにでも行くのだろうと理解した。
しかし舞衣がむかった先はトイレではなく男子のテニス部が練習するもう一つのテニスコートだった。先刻から楽しみにしていた事を実行に移したのだった。
(多分、絵里は変に思ってるだろうな…)
自分の状況を把握しながら舞衣は女子テニス部のコートを離れ、コートの奥に見えたもう一段高くなっている丘を目指した。
「あ!」
二十段程の階段を駆け上った舞衣の目にもう一つのテニスコートが飛び込んできた。
(やっと、先輩をこの目で見れる!)
舞衣は逸る気持ちを抑えきれず小走りで男子が練習するコートへ急いだ。
男子テニス部は女子の練習しているコートの近くにある一段高くなったメインコートで練習していた。もちろん初めてこの場所に来た舞衣はその場所を知らなかったが、自分の位置から見える人だかりがそれであると直感で悟っていた。
その人だかりの間から男子のテニス部が練習しているのが確認できた。
(やった!)
その光景を見た瞬間舞衣は歓喜の心情を抱いた。
男子テニス部もまた人気が高く大勢の見学者で溢れていた。中には見学目的以外の女子も何人か混ざっていた。
(先輩どこ?)
舞衣はごったがえす人だかりの隙間を縫い何とか前列まで漕ぎ着け、練習中の男子テニス部員を確認した。
(あれ?)
コートの隅々まで見渡す舞衣。それでも目的を達成できない舞衣は再び溢れる見学者の間を移動しテニスコートの周りをウロウロしはじめた。
「女子のコートはあっちだよ」
急に声を掛けられ驚く舞衣!
声がした方を振り向くとそこにはテニスウェアを着た上級生の男子が立っていた。
「あ、あの…」
舞衣は背に腹は替えられないと思いその上級生に対しもじもじと口を開いた。
「ん?」
「柊先輩はどこですか?」
勇気を振り絞り、舞衣はその上級生に訊ねた。
「ヒイラギ…?あぁ、柊ね。あいつならテニス部辞めたよ」
「え!やめたんですか?」
思いもしない返答に舞衣は絶句しそうになった。
「あぁ、去年の秋に」
「そうなんですか…どうもすいません」
上級生はまだ何かを付け加えようとしていたが舞衣はそれを無視して言った。今まで昂っていた気持ちの反動から一気に舞衣の気分が沈んでしまった。
「あっそうだ、オレ、あいつと同じクラスだから、用があるなら伝えといてあげるけど」
「いえ、いいんです…すいません、邪魔しちゃって…」
言って、トボトボと歩いて行く舞衣。
「あっ!おい」
「伴城キャプテ~ン」
上級生は舞衣を呼び止めようとしたが、逆に他の部員に呼ばれてしまった。
「…すげ~カワイイコだったなぁ…」
ゆっくり遠ざかっていく舞衣の後姿を見ながら男子テニス部キャプテン・伴城武士は小声で呟いた。
(先輩、テニス辞めちゃったんだ…)
憧れの先輩を一目見るというこの日最大の楽しみをいきなり奪われてしまい、意気消沈する舞衣。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
その後舞衣は、絵里に悟られない様に明るく振舞い、その日の残りを憂鬱を抱えながら過ごした…。