忍びの口伝
何してんだよ……。
せっかく茜に会えたのに何も出来なかった事に俺はひどい後悔を感じていた。
あいつに仲良くするように頼まれたのに、結局何も出来なかったじゃねぇか……。
仲良くするどころか余計に溝が深まったのをヒシヒシと感じてしまった。
どうすれば良いんだよ……。
もう何をすれば良いかも分からない。
『あきくんと茜ちゃんって似た者同士だと思うんだよね』
傷心しきっていたがさっき聞いた秋津さんの言葉が頭の中で再生された。
似た者同士か……。確かにあいつが傷つけられたら俺だってそいつと口聞かないな……。
我ながら笑いがこみ上げてくる。
そんなの当たり前だ、俺の立場なんてあの中じゃ異物もいいところだったのだ。推しに認知されたぐらいで自分の立場を弁えずに、まるで推したちと同等の立場にいると勘違いしていたのだ。それで対等にコミュニケーションなんて出来るはずがない。
俺はあいつの優しさに甘えていたんだ……。
そこからどのくらいの時間が経っただろうか。絶望の淵にいた俺の心に秋津さんに言われた言葉がもう一度思い浮かんだ。
『あきくんと茜ちゃんって似た者同士だと思うんだよね』
この言葉はさっきと違う感情を生み出してくれた。
俺はあいつから仲直りするように頼まれたんだ……。
こんな所で挫けてどうする?
考えるんだ、この状況を解決するために俺が出来る事を。
もし俺が茜の立場だったらどう言われたら納得する?
いや納得しなくてもいい、せめて今までの事を謝りたい。
そう思った俺はすぐにコンビニを飛び出した。すぐに辺りを見渡したが当然茜の姿は見当たらない。俺はそのまま旅館のある方向に向かって走り始めた。
「何だよこんな時間に……」
茜を探しはじめてすぐ、深夜なのに電話がかかってきた。
「もしもし……?」
「あきくんちょっと落ち着いて聞いて!」
「ちょ……、お前帰ったんじゃないのかよ……」
電話をかけてきた主は、さっき帰ったはずの秋津さんだった。
「今はその話は後! 今すぐ湯畑の方に行って! そこに茜ちゃんがいるから」
「は? 何でお前そんな事知ってるんだよ? てっ切れてるし……」
いきなり電話がかかっては切れたが、あの必死な声に何かあった事だけは分かった。
秋津さんの指示を無視した報いだろうか?
俺は今回こそ命令を無視せずに言われたとおり湯畑の方へ向かった。
「ちょっと! 私別に不良少女とかじゃないんだけど!」
「いやいや、今二時だよ? こんな時間にいるのにそりゃねぇよ?」
「俺たちも草津に観光してるんだ。どうかな? 俺たちのホテルに行かないか?」
「だから! 私は用事があってこんな時間にいるだけこれから帰る所なの!」
急いで駆けつけると、どうやらガラの悪い観光客に絡まれているらしい。
どうにかして帰ろうとしようとしているが、茜に絡んでいる観光客の男二人は一向に引き下がろうとしない。
これはどう動けば良いだろうか……。
一瞬躊躇いが生じた。しかしその躊躇いはすぐに振り払われた。
「ちょっといいか?」
「あん? んだよ……、ガキかよ」
「ガキで悪かったな……。それよりそいつを離してくれないか?」
「おい聞いたか? ガキが離してくれないかだとよ!」
「まじかよ? そりゃ傑作だな」
やっぱり駄目か……。
突っ込む所までは良かったが無策で行ったが為に既に手詰まりな感じが漂っている。
「お? 何だガキ? 俺が何しようと俺の勝手だろうが?」
「そんなわけ無いだろ! 明らかに困ってるだろ! お前は困ってる顔が……、ん?」
さっきまでいたはずの茜の姿が見当たらない。
「おいおいどうした? そんなだっせぇ顔になってよ?」
恐らく今俺は間抜けな顔になっているだろう。
「あ……、いや……、すみません……」
「は?」
「それじゃあさようなら!」
相手が呆気にとられている隙を突いてダッシュで逃走した。
旅館まで無様に逃げ帰ったが、慣れない下駄で走ったため途中で盛大に転んだ。
どうしてこうなった……?
「イタタタた……」
結局何も出来なかったがまあ茜は助けられた? から今日はもう寝るか……。
「二つの意味で痛そうだね? あき?」
「あ……? うるせぇよ……茜……」
重い足を引きずりながら自室へ戻ろうとしたらあの時いなくなっていた茜がいた。
「てか何でいなくなってたんだよ……。一人で逃げられるなら俺が助けた意味が……」
「いやー、何かあきが突っ込んでくれたから目線が逸れた隙に逃げられたよ」
「そのせいで俺があいつらのヘイト全部引き付けたんだぞ……。忍者かよ……」
「忍者ですけど」
「そうだったな」
コンビニのときとは違い、険悪な感じでは無くなっていた。
「茜」
「ん? どうしたの?」
「すまん、俺が悪かった。ただでさえ部外者なのに輪を乱すような事をして」
「ふーん。まあ分かれば良いんだよ分かれば」
「本当にすまん。それじゃあ俺は寝るから。今日はありがとな」
そう言って俺は部屋に戻ろうとした。
「ねえ、あき」
「どうした?」
「いや……、ちょっとぐらいは話聞いても良いよ?」
「え……?」
俺は茜が言っている事を理解するのに少し時間がかかった。
「だから! 話ぐらい聞いてやっても良いよって言ってるの!」
「あ、いや……突然だったから驚いただけだ」
「何よ突然って……。私だって少しぐらい話は聞くよ」
「さっきは話すら聞かなかったくせに……」
「何か言った? 私今眠いんだけど」
「理不尽だ……」
何故か態度を一変させ、茜は俺の言葉に耳を傾けてくれるようだ。
「とまあこんな感じだ……」
「ふーん」
茜が話を聞きたいと言ってから十数分が経っただろうか、茜は静かに俺の話を聞いてくれた。
「アリスと言ってる事一緒だね。アリスが嘘をついているとは思わないから話を盛っていると思ってたけど事実のまんまなんだ」
「そうだよ。茜が頑なに事実を認めなかったからここまで話がこじれたんだぞ……」
「いやだってあんな話が本当だとは思わなかったし……。てか何そのオタクが好みそうなストーリー?」
「何か一心不乱に行動してたらこうなってた」
「えぇ……。もうちょっと考えて行動しよう?」
「仰るとおりです……」
正論を言われていしまい俺は頭を下げることしか出来なかった。
「あきのそうやって何も考えないで感情だけで動くの本当に嫌い……」
「そういう茜は理論でしか動かない堅物だな」
「そういう所だよ?」
茜は少しムッとしたような顔で指摘する。
「それは悪かったな」
「はははは。本当あきって素直だね」
「笑うことはないだろ!」
「ごめんごめん」
謝りながらもツボに入ったのかなかなか笑い止まない。
「大丈夫か?」
「もう大丈夫。最後に一つだけ言いたいんだけどいいかな?」
「何だ?」
「あきがそこまで極悪人じゃないことが分かったけど、これだけは守ってほしいんだ。アリス……、アリスをしっかりと守ってよね? もし傷ついていたら私どうにかなっちゃうから……」
「おう! 絶対に守ってやるよ。心も体も」
俺は茜の約束に力強く同意した。
「それさえ守れればもう私はあきに敵対しないよ。これからは仲良くしていこ?」
「そうしてくれるとありがたいよ。もうに茜と争うのはこりごりだからな。それじゃあ今度こそ寝るは。おやすみ」
もうかれこれ深夜三時を周ろうとしており流石に耐え難い眠気が襲ってきている。
「あっ、あきちょっといい?」
「あ? まじで眠いから手短に――!」
その瞬間耐え難かった眠気が全て吹き飛んだ。
「ごちそうさま。それじゃあおやすみー」
事を終えた茜は逃げるように自室へ戻っていった。
茜にキスされた頬は茜の柔らかい唇の感触をやけに鮮明に記憶していた。
おはようございます! 作者の490です。
5章完結でございます。本章はかなり短め目な章になりましたがどうでしょうか? 個人的には結構上手くいったと思っています。
さて本作品は次話で完結いたします。本当にここまで来たのは読者様のお陰です。本当にありがとうございます。 次話は近い内に出すので待っていてください!
最後にこの作品が面白かったらブクマ、評価、感想を付けてくれると作者が喜びます。
この物語を読んでくれている読者様に最大限の感謝を。