忍びの仕事に桜を添えて
「遅れてしまい申し訳ございません」
収録場所にいる人たちに百合草さんが謝罪する。百合草さんの謝罪に収録場所にいた殆どの人が許したが一人だけ声をあげた人がいた。
「ちょっと百合草さん、どうしてこんなにも遅れたんですか? マネージャーの私に連絡すらせずに一時間半も待たせるなんて一体何をしていたんですか?」
百合草さんのマネージャーが糾弾する。
「まあまあそんなに怒らなくていいじゃないか」
「しかし課長……」
「それよりも早く収録を始めようか」
収録が始まったのか廊下に音が微かに漏れている。
「お疲れ様」
「本当よ……、すごく走ったし……」
「いやーごめんね。私の俊足を持ってもあれはキツすぎたよ……」
役に立てず少し落ち込んでいる新実さんと合流した。
「それはご苦労様……。それで作戦の方は大丈夫なの?」
「それは準備万端だよ。こっちだって別に暇してた訳じゃないんだよ?」
「それは良かった」
「既に間者は仕込んでいるからね……」
そう言い新実さんは不敵に笑う。
「間者って……、それ滝川さんでしょ……」
「なんか間者って言ったほうがカッコよくない?」
「カッコいいって……。今そんな軽口叩いてる場合?」
「まあまあ落ち着きなさいよ。もうそろそろだよ」
「ちょっと! これは何なんですか!」
「ね?」
したり顔で作戦が成功していることを教えてくれた。
混乱に乗じて二人して会議室に入るとそこは地獄のような空間だった。
「これはどういうことかね?」
「いえ……、これは……」
「さっき流れた我社のタレントに対する侮辱とも取れる発言は何かねと聞いているんだ?」
さっきの中年らしき人がマネージャーを問い詰めている。
「何をしたらこんな事になるの……?」
隣にいる新実さんに耳打ちする。
「別に。あいつがよく居る喫煙室にボイスレコーダーを設置しただけだよ? そしたら凄いの撮れちゃってさ」
「凄いの?」
「それがさ、『俺が藤原リタを生み出した。だからあいつは俺に逆らえない。けどあいつ抵抗してくるけどもうすぐで俺の物になる』って同僚に喋ってたんだよね。それを収録の時に流す映像と共に流してみました」
「えぇ……」
想像の数倍はエグい事をやっていたようだ。
「それでね、沙羅ちゃんが話しまわっていた社員にも聞き込みしてあいつの素性とかがまあ出るわ出るわ。皆うんざりしてたのか愚痴るように話してくれたよ」
「それ私がやったほうが早くない?」
「それは違うよ。確かに沙羅ちゃんが話してくれたほうが早く終わったかもしれないよ」
「だったら……」
「でもね、今の状況見てみな?」
言われて改めて会議室を見ると、告発されたマネージャーが泡を食っている事以外特に見えない。後は口元に笑みを浮かぶのを堪えている技術スタッフ?
「え? 何であの人たち笑ってるの?」
今この状況で驚くことはあってもあんな笑いを堪えるような顔にはならないはずだが……?
「いつから間者が一人だと錯覚していた……?」
首を捻る私に対して新実さんがキッレキレのキメ顔で答え合わせをしてくれた。
「あいつはマネージャー職以外の人を馬鹿にしてたんだよね。だから他の技術スタッフとかからは大不評なわけ。それで同じマネージャーからは鼻に付くやつだと思われて会社ではいつも孤立してたらしいしね。だから後はその人たちを取り込んであいつの包囲網を形成したのだよ」
「昨日そんな事してたの……?」
「まあね。沙羅ちゃんじゃこういうの得意じゃないでしょ?」
「まあそうだけど……」
「まあそれで後は技術スタッフさんに収録で流す映像に細工してもらったりして今に至るのだよ」
「それだけ一人で出来るなら私が会社で話した意味ないじゃん……」
「そんなことないよ? 別に私だって沙羅ちゃんが会社であいつの評価聞き周ってなかったら一日でここまで根回し出来なかったしね。後沙羅ちゃんは私には出来ないことをやってくれたじゃん」
「それって?」
「え? 気づいてないの?」
「え?」
新実さんは顔に手を当て呆れたように「これだから鈍感主人公は……」と呟いていた。
「鈍感主人公って何なの?」
「はぁ……、なんでも無いよ……」
私の追求も無視して何故か呆れ返っていた。
「うゎぁぁぁぁ!」
談笑に夢中になっていたらマネージャーがこの状況に耐えられなかったのか急に発狂し、なんと百合草さんの方へ向かって行ったのだ。
あの錯乱具合では何をしでかすか分からない。とっさの出来事にこの場に居る全員の身動きが取れなかった。
「何してんの?」
一瞬の出来事だった。いつの間にかマネージャーのすぐ後ろへ立っていた。
「こんな事でぇー!」
「そんな興奮しないでよ。取り敢えず地面でも舐めて落ち着きなよ」
「うげぇ」
新実さんは自分より大きな人を一瞬で組み伏せてみせた。
「そんな醜く抵抗しちゃ駄目だよ。今更何したって遅いんだから」
「ぐぅぅぅぅ!」
取り押さえられたマネージャーは最早獣のような唸り声をあげている。
「あのさぁ……」
ため息一つ吐き、マネージャーに何かを耳で呟いている。そうすると観念したのか急にマネージャーが抵抗を止めたのだ。
「おい! 早くこいつを取り押さえろ!」
新実さんの次に部長が我に返り社員たちに命令を飛ばす。
次に部長が我に返り社員たちに命令を飛ばす。その後マネージャーは社員たちに連行されていった。
「ふー。これにて一件落着かな?」
「危ないじゃん! 怪我してない?」
私はすぐに新実さんの元へ駆け寄った。
「大丈夫だって。そんな心配しないでよ」
「心配ぐらいするよ! だっていきなり抑え込みに行くんだもん」
「いやー、流石にあれは想定外だったから体が動いちゃった」
「それでももう少しやり方があったでしょ……?」
「ごめんね?」
「もう……」
全く悪びれもしないような態度に彼女にどこも問題が無いことを示していた。
「というかさっき何をあいつに耳打ちしてたの? それ行った時からすごく大人しくなっていたけど」
「ああ、あれね。別に特別なことは言ってないよ。唯『これでお父さんに言えなくなったね』とだけね」
「どういう事?」
まさかこの程度あの厚顔無恥なマネージャーが収まる気がしない。
「あいつの逃げ道を徹底的に潰しただけだよ。法的に、感情的にもね」
「あれの音声そんなヤバいの?」
「勿論だよ。あんなのトラウマ物だよ? しかもあいつプライドだけはいっちょ前だからあんなの絶対に親に言わないよ」
「そんな物なの?」
「あんなにかっこ悪いこと親に言う奴なんていないよ」
「ふーん……」
追求しようとしたが新実さんの有無を言わさない雰囲気にそれ以上の追求はしなかった。
「あの……。これって……」
後ろを振り返ると百合草さんが立っていた。戸惑ったような顔にどうやら今の状況を飲み込めていないようだ。
「ん、今の? なんだろうね?」
あくまで新実さんはしらを切るつもりのようだ。
「えっと……」
「それよりさっきの流れた音声最低だよね! 本当あいつは見た瞬間から怪しいと思ってたんだよ!」
「ええ……」
「そんなことより近くのカフェでお茶しない? 私良い所知ってるんだよ!」
「いやでも仕事が……」
「こんな状況で仕事なんて出来ないよ。瀧川さん!行っていいよね」
新実さんの問いかけに瀧川さんは無言で肯定を返してくれた。
「それじゃあ行こうか。 ほら、沙羅ちゃんも行くよ!」
「仕方ないな〜」
そうして私たちは仲良く会社を後にしたのだった。
この一件以降、私たち三人の仲はグッと縮まった。
こんにちは作者の490です。
ついに四章完結です! 読者様、私書き切りましたよ……。書くのに二週間ちょっと経ってしまいましたけどね。
本編は結構雑な着地をしてしまったと作者自身思いましたが、私の作家力ではこれが限界でした……。いつかリメイクしたいなここ。 私的には茜を強調したかったのですが全部メインヒロインに吸われた気がするな……、てか絶対吸われた……。
まあ次章でなんとか頑張ります!(ヤケクソ)
この作品が面白かったらブクマ、評価、感想を付けてくれると作者が喜びます。
最後にこの物語を読んでくれている読者様に最大限の感謝を。




