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作戦開始! 

「んっ……。最悪の目覚め……」


 朝日に目を刺激され起きたが服は外着のまま、お風呂は入ってない、到底目覚めが良いとは言えなかった。


 取り敢えずお風呂場に行き、シャワーをさっと浴びる。


 いつも熱いシャワーでリフレッシュしたるするのだが、その日はこころのモヤモヤがとれることはなかった。


「おはよう。昨日は晩ごはん食べて無いけど大丈夫?」


「おはよう……お母さん。大丈夫……、ちょっと仕事で疲れただけ」


「そう? 少しやつれてない?」


「大丈夫だから。後今日の朝ごはんは大丈夫だから」


 心配そうにしている母をよそ目に自分の部屋に戻る。


 昨日から着ている服をそこら辺に脱ぎ捨て、クローゼットから新しい服を出そうとする手が止まる。


 何着ようかな……?


 しばし迷ったが私の手は色とりどりの服たちではなく、クローゼットの奥底にある黒い服を取り出した。


 この服久々に着るな……。


 久々に見た謎に思い入れのある黒コーデに袖を通し黒のマスクを付け、棚から黒いつば付きの帽子を手に取る。長くそのままにしてあったせいかホコリを被っている。表面にあるホコリを手で払い目深に帽子をかぶる。


 部屋にある立て鏡を見るとこれから銀行強盗でもやるのかと言うぐらい不審者な自分が立っていた。そんな自分に苦笑いしつつ着てしまったのはやはり昨日の事があるからだろう。


「いってきます」


 そう短く言って外に出て社会の雑多の中に紛れていく。


 そうして一時間電車に揺られ本社に来てしまった。


「はぁぁぁ……」


 今日一のため息を吐き出し本社に入る。


 公式番組と言っても私たちには先輩たちのように3Dモデルなんて大層な物は用意されていないので、いつもの配信のように2Dモデルを用いた簡素なもので収録と言っても本社の少し広い面接室を使う事になる。


 いつもどおり事務所のある階にエレベーターで行く。エレベーターの中でもモヤモヤとした気持ちを無視してどんどんとエレベーターは上へ上へ昇っていく。


「おはよ。てっ、不審者?」


「おはよう新実さん……。まあこれは気分の問題だから……」


「気分の問題ね……。まあいいや、じゃあ始めようか」


「了解……」


「でも一つ問題があるんだよね……」


「何かあったの?」

「いやそれがさ、昨日それとなく百合草ちゃんに連絡を取ったんだけど連絡が返ってこないんだよね。いつも律儀にレスしてくれるのに、しかもまだここに来てないらしいね。何かあったのかな?」


 その言葉を聞いた瞬間私の体は凍りついた。


「あ……、いや……」


「ん? どうしたの?」


「ごめん……」


「ちょっと!」


 混乱してこの場から逃げようとしたら腕を新実さんに掴まれた。


「急にどうしたの? 腕震えてるじゃん」


「ごめなさい……ごめなさい……ごめなさい……」


「ちょ……、急にどうしたのさ?」


 新実さんは泣いてしまった私を近くの会議室の椅子に掛けてくれた。


「落ち着きなよ。これで涙拭いて」


 泣きじゃくる私にハンカチを渡してくれた。


「うぅぅ……」


 貸してくれたハンカチを顔に当てた。


 それから何分経っただろうか。


「落ち着いた?」


「ごめん……」


「それよりさ、百合草ちゃんと何かあった?」


 察したかのように放たれた言葉に私は小さく頷いた。


「そう、何かあったか話せる?」


「うん……」


 そうして辿々しく昨日の出来事を吐露した。


「あんたさ……。でも傷つけくて言ったわけじゃないよね?」


「そう……。でも感情的になってあんな事を言って……」


「そんな顔しないの。今から探しに行くよ?」


「え……?」


「ただのすれ違いでしょ? だったら誤解を解かなきゃ」


「でも……」


「でもは無し。ほらもしかしたら近くにいるかも知れないでしょ。行くよ、それとも誤解を持ったままにする?」


「それは嫌だ……」


「そうでしょ? それなら行かなきゃ」


 その時私は手を差し出してくれた新実さんが自分を救ってくれる救世主に見えた。私はその救世主に手を引かれ会社を後にした。




「取り敢えず最寄り駅とその周辺を探すよ。私は最寄り駅のホーム、沙羅は駅周辺をお願い」


「分かった」

出勤中のサラリーマンを逆らうように駅の方へ向かって行く。


 会社の最寄駅は近くに商業施設が多く建ち、昼夜問わず人が行き来する活気のある駅だ。しかし今はそれが災いし見渡しても人で埋まっていて人を探すこともままならない。この中からいるのかも分からない百合草さんを探すのは砂漠で一本針を探すようなものだ。


 カフェ、本屋、ファストフード店、他にも大小様々な商業施設を一人で探すにしてはあまりにも無謀と言える程探索範囲が広いが私は一縷の望みをかけて一つ一つ一つ見ていく。しかし、私の思いとは反対に百合草さんは見つからない。あんなに多いと思った捜索範囲も後は片手で数えるほどだ。


 捜索範囲を狭めるに連れて、比例するかのように私の鼓動は締め付けらるてるかのように大きくなっている。


 ん……? 確かにさっきから心臓がバクバクいってるが何か違和感が……?


 違和感に胸に手を当てると、鼓動とは違う人工的な振動に気づいた。胸ポケットを漁ると着信が来て振動しているスマホが出てきた。スマホを見てみると新実さんから電話がきていた。


「もしもし? 百合草さんは見つかった?」


 最早縋るような気持ちで電話に出た。


『見つかった……よ……』


 やけに息が上がっている新実さんが答える。


「本当! 場所は? 私も今すぐそっち行くから」


『いやさ……ちょっと問題が……』


「え? 何かあったの……?」


『ごめん……、百合草ちゃん自分とは反対のホームにいたんだけど、私の姿見た途端逃げちゃった……』


「逃げったってこと……。電車で……?」


『いや……電車じゃない。ホームを降りただけ。というか早く改札で出待ちして……。私は限……界……』


「え? ちょっと!」


 スマホからは何も返信はない。


「もう!」


 新実さんの努力を無駄にしないように私は改札までダッシュで向かった。

 出来る限り早く改札に着いたが、さっきも見た出勤中の人たちでごった返す風景があるだけだ。


 本当にいるのかと疑問に思ったが同期の言ったことを無下にはできない。私は蟻一匹も見逃さないつもりで改札を凝視する。傍から見ると怪しい服装に身を包んだ素顔もよく分からない人が改札を見ているもんだから、これから無差別殺人を起こすかの誤解されそうなレベルだ。


「見つけた!」


 必死の監視の甲斐あり改札を出てくる百合草さんの姿を見つけた。しかし百合草さんはすぐに人の波に呑まれてしまった。


 私は人の波を掻き分け百合草さんが向かった方へ歩を進める。しかし百合草さんが向かったのは事務所があるビルとは反対方向なのが気がかりだ。


 百合草さんを所々見失う時もあるが何とか姿だけは捉えている。だが一向に距離が縮まる様子は無く、町並みはどんどんとオフィス街から下町へと変わっていっている。百合草さんは目的も無く彷徨っているいるわけではなく何か目的地でもあるかの如くズンズンと下町を進んでいく。

 そうして下町に囲まれるようにある小さな公園にたどり着いた。


 遊具はブランコが一台だけと少々寂れた公園だ。そのブランコに百合草さんは腰掛けている。


 ここは話しかけるべきだろうか? それとも新実さんを呼ぶ? 二つの考えが浮かんだ。


 自分で起こした事を他人任せで解決させるような薄情な人にはなりたくない。どんな顔をすればいいか分からないけど同期をここで見捨てたくは無い……。


 だから、私は……――。




「百合草……さん」


 どんな顔をして会えばいいか分からない。けれど私は百合草さんと話しかける方を選んだ。


「来てたんですね……」


 私がここにいることに対して特に驚く事様子さえ見せない。それどころか憔悴しているようにも見える。


「えっと……、昨日のことなんだけどね……」


「ああ、昨日の……。別に気にしてませんよ」

「気にしてないって……。そんなふうに言われても説得力無いよ」


「ふふふ。そうですね〜……」


 声だけ聞くといつもの百合草さんだが、今の彼女は何か大切な何かが抜け落ちてしまったかのように見える。


「今の百合草さん何か可怪しいよ……」


「可怪しいですか……、まあそうですね。お仕事もほっぽりだしてこんな場所にいるんですからね」


「だからさ……、私が言うのも何だけど……。一緒に事務所行かない……?」


「そんな気分ではないんですよね〜。何だか力が湧かないといいますか、ここに来たのも惰性みたいなものですしね〜」


「えっと……」


「まあ、これから何をするかも分からないですけどね……」


 会話が噛み合わずもどかしい気持ちが私の心に残る。


「分からないって……、ならどうしてここに来たの?」


「あ〜、聞いちゃいます? まあ言っても別に減るものでもないですし言っちゃおうかな〜」


「聞かせてくれる……?」


「いいですよ〜。同期の言うことですしね〜」


 百合草さんが言った気力のない同期という言葉がチクリと自分の胸に刺さった。


 今自分のせいでこうなってるんでしょ……。こんなになってる百合草さんの前で自分は……、同期って何なの……。


 そんな私の思いとは裏腹に百合草さんは語りだした。

「私の家庭って、下に弟が二人と妹一人の家庭なんですよね。上は中学一年生、下は小学四年生でかわいい年頃です。両親は共働きで家に帰ってくるのいつも夜遅くで弟たちのお世話は私がやってるんですよ。清掃とか洗濯と食事とか……、大変ですけど忙しいながらも幸せでした」


「そうなんだ……。私なんてまだ自分の事すら満足に出来てないのにすごいね」


「ありがとうございます〜。そんな多忙な日々で唯一の休日といえば祖父母の家に遊びに行くときでした。その日だけは祖父母に弟たちを預けて自分は羽を伸ばしていました。そんな中おじいちゃんが電気屋で急にノートパソコンを買ってくれたんですよね、理由を聞いたら『中学校の入学祝いだよ』って、まだ自分も若くてパソコンについてなんにも知らなくて急に渡されても操作方法も知らないのにね……」

「おじいさん優しいんですね……」


「そうなんですよ……。今はもう天国にいってしましたが……」


「あっ……」


「ああ、別に気にしてないから大丈夫ですよ」


「ごめんなさい……」


 百合草さんを気遣うどころか自分が気遣われてしまった。


「まあそのパソコンで私は配信というものを知ったんですね。最初の方なんて十分間無言で真っ黒な動画を量産してましたね〜。それからは配信でリスナーさんとお話したり、時々お悩みとかも聞いたりして。家で心休まる時なんて無かったのに、配信が私の居場所をつくってくれたんです」


 今話しているのは百合草さんの魂、前世と言うものだろう。藤原リタの原型はその中学生時代の配信で培われたのだろう。

「まあそこで例の彼と出会ったんですけどね……」


 百合草さんの表情に影がさす。


「私これはチャンスだと思ったんです。自分の家は貧乏では無いけど決して裕福でもないですし、彼が言うにはVTuberの方が儲かるって言って、家庭の助けに少しでもなってくれたら良いなって……。だけど……、もうどうでも良いんですよね。まだやって三週間ですけど私って本当に……」


「そんなことないって!」


 彼女の言葉を私の言葉が遮る。


「あのさ……、昨日言いたかったけど、どうしてそんなに一人で今詰めてふさぎ込んでるの……?」


「ええ? 私はそんなつもりはないですが?」


「そんな所だよ……、いつも私たちを面倒見よくみてくれるけど自分の事なんて二の次。どうして……? どうして自分の事を大切に出来ないの?」


 私はそう問いかける。


「私は……、私は身の回りの人が笑顔になってくれれば良いと思っているんです。確かに自分が疲れたり、傷ついたりしますけど、貴方が笑顔でいてくれれば良いんですよ」


 微笑むように、しかしどこか悲壮感を伴うものだった。


「そんな悲しい顔しないでよ……。私が笑顔になっても百合草さんが悲しそうじゃ何も嬉しくないよ! 何で? 何で私たちを頼ってくれないの? 私をもっと頼ってよ!」


 私が心に秘めていた気持ちを百合草さんにぶつける。


「でも……、そうしたら私って一体何なのですか? それを抜いたら私に何が残るんですか? 私……、怖いんです……。自分のアイデンティティが崩れて、その後に何も残らなくなるのが……」

 一層悲しそうな顔で体も震えている。


「確かに怖いよね……。自分を変えたらそれに伴って人が離れていくってさ。でもその程度で百合草さんのアイデンティティは消えないよ」


「え……」


「だって私って百合草さんの事すごく尊敬してるんだよ? 面倒見がよくて、みんなを笑顔にしちゃう所とかね。それが百合草さんのアイデンティティだとしたらそんなの大間違いだよ。もし百合草さんが豹変しても私は付いてくよ。どうしてか分かる?」


 百合草さんは首を横にふる。


「それはね。私は百合草さんの魂が好きなんだよ」


「魂……?」


「そうだよ。たとえ百合草さんが変わっても私は受け入れる。そんな表面的な事だけで人は離れないよ。だって私、百合草さんの魂が大好きなんだよ?」


「そんなので良いんですか……? そんな魂なんて曖昧な物なんかで……」


「曖昧な物なんかじゃないよ。だってそれが私と百合草さんを繋いでいるんだから。勿論リスナーさんもね」

「私の魂……ですか……」


 しばらく迷う素振りを見せていた。


「まだ私の魂は理解出来そうに無いです……。けどその私の魂を好いてくれる人たちの為にまた頑張ってみようと思います」


 そう言う百合草さんはいつも見せる笑顔を見せた。




「それじゃあ会社行きましょうか、仕事ほっぽり出してしまいましたしね」


「そうだね。その前にちょっといい?」


「なんですか?」


「えっと……。これから百合草さんの事、ゆりゆりって呼んでもいいかな……?」


 百合草さんは少し驚いたようだが。


「いいですよ。それなら私からもお願いなんですけど、これからはもっと甘えててきてくれませんか? 秋津さんを見てるとなんだか甘えたくなるんですよ」


「やったー! そんじゃお言葉に甘えて」


 早速私は百合草さんの胸に飛び込んだ。


「うーん。温かいよゆりゆり。これが母性なんだね……」


「よしよーしですよー」


 百合草さんが私の頭を優しく撫で、しっかりと百合草さんの胸を堪能した。


「ありがとう。最高だったよ」


「それは良かったです」


「改めてこれから同じ同期としてよろしくね!」


「はい!」


 そうとびっきりの笑顔で答えたのであった。




『やるじゃん』


 これは余談だが、あの後新実さんに連絡を取ろうとDiscordを開くとメッセージがきていたのだが、『やるじゃん』とはどういう意味だろうか?


 しかし結局今でも聞く機会は無くそれは記憶の奥底に眠っている。

こんにちは! 作者の490です。


今回は豪華に二本仕立てです! 久々に6000文字も書いて正直驚きました。個人的には結構心理描写に力を入れたのですがどうでしょうか? 

まあ自分もまだ人生経験が浅い身、そこら辺は多めに見てください……。


最後にこの物語を読んでくれている読者様に最大限の感謝を。 

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