同期のサクラ
二月東京某所
「この会社で私Vtuberデビューするのか……」
あまりの非現実さに口から心の声が漏れ出てしまった。
東京の高く密集したビル群に圧倒されながら、その中で一番大きなビルに入っていく。
「すみません。この会社に行きたいのですが」
見上げるほどの高さがある天井に目を奪われつつ、私は事前に会社から渡された社員カードのような物をエントランスの人に渡した。
エントランスの人は内線を掛け八階にあるという旨を伝えられ、私は四基あるエレベーターの内一つを使って八階まで行った。
「秋津沙羅さんですね?」
「へっ? あっはい!」
突然私の本名を呼ばれ一瞬反応が遅れたがエレベーターを降りてすぐに真面目そうなOLさんが居るのに気がついた。
「お待ちしておりました。私、株式会社エクスペリエンスVtuberプロジェクトマネジメント課の瀧川と申します。まずは我社のタレントオーディション合格おめでとうございます。部屋を用意しています。立ち話もなんですので行きましょう」
言われるがままついて行き、会議室のような部屋に連れられた。
「まだこちらに着いていないタレントさんが一人いますのでこの部屋で少々お待ち下さい」
「分かりました……」
ぽつんと部屋の前で残された。
この扉の向こうに私と同じVtuberになる人が居るのか……。
期待と不安で胸が押しつぶされそうになるが意を決して扉を開ける。
部屋には二人が席に座っており、一人は私よりも幼くまだまだあどけなさが残る少女。もう一人は柔和な笑みを浮かべる女神のような少女だ。
「こんにちは。これからよろしくお願いします。秋津沙羅です」
私は席につき開口一番二人に挨拶をする。
「あらこんにちわ〜。私、百合草美香と申します〜。よろしくお願いします〜」
「あっ……えと……、鹿野彩由美です……。よっよろしくお願いします」
私が挨拶をすると二人も返してくれた。すかさず私は話を広げる。
「そう言えば二人共かなり若く見えますけど、歳いくつなんですか?」
「あなたも普通に若いですけどね〜。私今年で一五歳になります。四月からは高校生になります」
「えと……、十一歳です……。まだ小学六年生です」
「私は十四歳です。中学三年生ですね。にしてもお二人共凄く若いですね!」
てっきり二十代辺りから集められていると思っていたので驚いた。
「確かに不自然なくらいには若いですね〜。申し込んだ私もそうですけど企業戦略ですかね?」
「それは分かりませんけど個人的には年齢が近いほうが楽ですけどね」
それから三人で他愛のない雑談をしながら、もう一人が来るまで待っていた。
十分位待っただろうか? 最後の一人は予想もしない形で入室してきた。
「こんにちわー! 私の名前は新実茜。うぉー! 皆すごく若いね〜。これからよろしく〜!」
「「「よろしく……」」」
突然入り元気よく挨拶をする少女は私達が構築したコミュニケーションをたやすく破壊してきた。
「それでね! 私はさ〜」
これがコミュ強か……。
新実さんはズケズケと私たちの間に入っていき、圧倒的コミュ力で輪に馴染んでいた。
「皆はさ、何でVtuberになろうとしたの?」
「そうですね〜。私はここの事務所ではないのですが尊敬しているVtuberさんがいるのでなりましたね」
「んっ、私も百合草さんと同じような感じです……」
「沙羅ちゃんは〜?」
「えと、私は……」
突然の質問に私は解答に詰まってしまった。
「皆さん揃っていますか?これから説明を行います」
扉が開き瀧川さんが入ってきた。
そうして私達の最初の邂逅が終わった。
それから私達がデビューしてから二週間程たった頃に、メンバーの一人に異変が起こったのだった。
私たちはその後、 Vtuberとしてデビューして三週間が経ち、配信にも慣れてきた頃だった。
その時私は百合草さんと一緒に事務所の楽屋で話していた。
「百合草さん配信の方は順調ですか?」
「順調ですよ~。特に大きな問題は無いですね」
そういつもの柔和な笑みを浮かべて百合草さんは答えた。
「そうだ! 今度二人でコラボ配信でもしませんか?」
「良いですね~。二期生コラボは先週しましたし、是非やりたいです」
「ありがとうございます!」
まだ会話は何処かぎこちないが同期としての絆は着々と深まっていた。
「ちょっとトイレ行ってきますね」
私がトイレの為離席し、再び楽屋に戻ると百合草さん以外の言葉が聞こえてきた。
マネージャーさんかな?
私はそう思い深くは考え無かった。
「この前のお誘い受けてくれますか?」
「え……?」
楽屋の壁は薄くよく楽屋から声が漏れるのだが、その会話内容に自分の耳を疑った。
「あの……、私は何回も言ってますが私と貴方は演者とマネージャーの関係です。そのようなお誘いは辞めて下さい……」
「え? どうしてダメなんですか? 貴方は私の推薦が無ければ君は書類選考で落ちていたんですよ。このくらいの誘いぐらいは受けて当然だと思うのですが」
「貴方の推薦には感謝していますが、そういうのは受けられません。すみません……」
「すみませんじゃなくてさぁ……。明後日までには受けてくださいね? それじゃあ」
そう言って彼は楽屋から出て行った。
私は咄嗟に物陰に隠れた。
「百合草……さん……、さっきの何なんですか……」
「え? あっ……。秋津さん……、もしかして聞いてました……?」
そう言う彼女の目は涙ぐんでいるように見えた。
「うん、バッチリ。それでさっきの人誰なの? マネージャーさんなの?」
「はい……。実はあの人とは色々ありまして……」
そう言って百合草さんは自分が元々他の配信サイトで配信者をしていたこと、そして通話相手は配信者時代のリスナーだということを教えてくれた。彼は事務所の社員だったようで、百合草さんがVtuberオーディションに参加しているのを知ったその人は、事務所に推薦という形で面接だけで済ませてくれるように取り合ってくれたようだ。
勿論推薦と言っても彼女の配信スキルが低くは無く、百合草さんの配信は面白くて十分ここに居るのに値する。
ここだけだったらファンと配信者の交流で終わったのだが、彼はデビューした百合草さんへ執拗に会いたがり今は半ばストーカーと化しているらしい。
「酷いね……、その人」
「はい……、私はいつもいつも断っているのにあの人は必要に持ちかけてきて……、正直怖いです……」
「当たり前だよそんなの! 事務所には相談したの?」
「いえ……。彼から言ったら事務所にはもう居られなくなると脅されまして……」
「酷い……」
私は言葉を失った。
「ごめんなさい。愚痴みたいになって……」
「そんなことないよ! 取り敢えず私のマネージャーさんに言ってみるよ。だから安心して?」
「ありがとうございます……」
そうして私は事件解決の糸口を模索し始めた。
あけましておめでとうございます!!まあ正月はとっくにくれましたが・・・。
新年早々ロースタートを決めてしまいましたが私は元気です!!(ゴリ押し)
今回から第四章のスタートです。とは言ってもヒロインの過去話ですので次か次次話で終わらせる短い章になりますがヒロイン目線の物語もお楽しみ下さい。
今回の話は読んでいて分かった人もいるかも知れません。この話はとある有名Vtuberさんに起こった事件を元にしています。
私はファンでは無いですが、なかなか活動が再開せず心配していました。しかし、元気に復活した姿を見れてとても安心しました。
現実ではどうやって解決してるのか分かりません。なので私が個人的解釈と共に本作に物語として落とし込んでしてみました。楽しんでもらえると幸いです。
最後にこの物語を読んでくれている読者様に最大限の感謝を。
※一月十四日
作品の設定を一部変更いたしました。詳しくは活動報告にてご確認下さい。