私は罪人(実話)
マスクの紐がぷちんと切れた。
まぁ10枚100円ぐらいで買った安物なので仕方ないか、とバッグに用意してあった予備を出す。
出した途端にまたぷちんと切れた。
ごはんを買いにちょうどコンビニに入るところだったのでマスクも買おうと思い立った。
チャラララ、ララーン
チャラ、ララ、ラン
見ると、高かった。
3枚300円もする。しかもごくごく普通のマスクだ。
こんなごくごく普通のマスクに300円は出す気にどうしてもなれず、まぁあとは家に帰るだけだし、とカップ焼きそばと高菜おにぎりとコーヒーだけレジに持って行った。
レジのお姉さんが犯罪者を見る顔で私の口元を見た。
カラーボールを投げつけられるかと思うほどの殺気だった。
その顔のままお姉さんはバーコードを読み取りながら、私に聞いた。
「袋は要りますか」
私は答えた。
「あ、いいです」
彼女は不愉快そうな顔で不本意そうに目を伏せながら、無言でカップ焼きそばとおにぎりとコーヒーを黄色い袋に入れた。
よく聞こえなかったのかな。
声が小さいからな。
車の中にゴミ袋がちょうど切れてたのを思い出し、まぁそれに使えばいいか、とされるがままになった。
お金は普通に受け取ってもらえた。
お釣りも手渡しでもらった。
ちょっとほっとして嬉しくなった。
車に入り、お湯を入れたカップ焼きそばが出来上がるまで、おにぎりをぱくついた。
雨と一緒に側溝にお湯を捨てて、車に戻ってさぁ食うぞ、とソースをかけて、気づいた。
箸がどこにもない。
バッグの中にあったかな、と探すもない。車の中の小物入れにあったかも、と探すもない。
レジ袋の中を3回見たけど入ってない。
おしぼりさえ入ってない。
店内に戻り、おそるおそるレジを見ると、お姉さんはいなくなっており、眼鏡のおじさんがいた。下を向いて何か仕事をしている。
私は自首しに来た人のようにかしこまり、マスクをしていない口で「すみません」とおじさんに声をかけた。
「はい?」と顔を上げたおじさんが薄笑いをしているように見えた。
「あの……。さっきこちらで……。その……。カップ麺を買ったんですけど……。その……。箸が入ってなかったんで……。もらえますか……」
おじさんが鬼の首を取ったように笑った。ビニールカーテンの向こうから手が伸びて来て、私は後頭部を掴まれ、カウンターの上に叩きつけられるかと思った。
しかし次の瞬間、おじさんは少しかがむと姿を一瞬消し、素早い動きで何かを取り出した。
割り箸と、おしぼりだった。
「はい、どうぞ?」
優しい笑顔だった。
私は車に再び戻ると、時間が経ちすぎて少しだけもっこりしたカップ焼きそばを啜った。
刑務所の中でメシを食うのはこんな気分だろうか。
まぁ、マスクをしていなかった私が悪いのだし。
日頃もマスクを着けると息苦しいので顎にマスクを装着しがちな私はレジのおじさんの笑顔を思い出し、あの笑顔の裏にあっただろうこれがインターネットなら容赦ない言葉で私をボコボコに叩いていたであろうその秘められた感情を想像し、消えたお姉さんは裏の休憩室かどこかでお釣りを返す時に私に触られてしまった手を憎しみを込めた顔つきでゴシゴシゴシゴシアルコール消毒していたのだろうか、と泣きたい気持ちになり、それでもカップ焼きそばを完食すると、雨降る町へ車を走らせた。
大きな工場の灰色が鉄格子の色に見えた。
私は、罪人だ。