99.領地運営模索中1
短い棒を両手に持った根津子が、柔軟体操をしながら口を開く。
「古流柔術はぁ、甲冑をつけた相手を抑え込んだり投げたりするんですけど。雪村さまは型の基礎は出来ていても非力ですからねぇ。甲冑つけた男を投げるなんて無理! だと思います。それより雪村さまは、普段から男に抑え込まれないように、注意した方がいいですよぉ?」
根津子のセクハラ発言も、聞き流せるようになってきたな。私はこくんと頷く。
「わかったよ。でも今は非力だからこそ、覚えておきたいんだ」
「わかりましたぁ」
にっこり笑って、左手に持った棒を差し出してきた。
根津子はほっこりした外見に似合わず、柔術に長けている。どこで武術を習ったのか聞いたら、六郎から基礎を教わったそうだ。
「いじめっこなんか、ぎっちょんぎっちょんにしてやれって。六郎が」
うふふと笑っているけど、笑って聞ける内容じゃない。
六郎って、私にはえらく厳しいけど、友達思いだよね。
「六郎が友達で良かったね」
「雪村さまは、まだ解ってないんですねぇ。六郎は面倒くさいですよぉ」
六郎を褒めたのに、根津子は友達っぽくない事を言って、口を尖らせた。
……うん、それは私もうっすら解りかけてきたよ。この前、兄上のとこにいきなり行って、一晩中一方的に愚痴って帰ったって、兄上から愚痴の文がきたもん。
「でもそうやって、遠慮なく言い合える関係って羨ましいよ」
「ええ~……ホントにそう思ってますう??」
そういえば私、六郎に遠慮なく言われまくって閉口していたんだっけ。
しょっぱい顔になった私を見て、根津子が大笑いしながら棒を構えた。
「それじゃあ始めましょー! まずは小具足をお教えします。脇差を使いますから、六郎や小介に仕掛けると死にますよぉ?」
ほっこりと構えた根津子は、にっこりと物騒な台詞を吐き出した。
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「雪、すっげー疲れてるだろ? 悲鳴がここまで聞こえたよ」
お饅頭をひとつくれながら、桜井くんが苦笑する。
ありがたくお饅頭をいただきながら、私も苦笑いした。
真木家の人たちは、私が桜姫の部屋に行ったら、人払いをしなくても二人きりにしてくれる。兼継殿も『雪村は桜姫の事が好き』だと誤解しているけれど、ここの家臣たちもそう思っているっぽい。
「根津子から、古流柔術を教わっているんだけどね」
「古流柔術? 柔道みたいなもん?」
「うーん、少し違うと思う。ほら、今の時代は戦があるでしょ? 武器が折れたら、素手で何とかしなきゃならないから、その術。大立ち回りの出来ない室内で刃傷沙汰になった時に、脇差や素手で凌ぐ技って感じ、かな? 根津子は六郎に教えて貰ったらしいけど、どこかの流派って訳じゃなく、自己流っぽいよ」
今日は脇差を使って敵を凌ぐ『小具足』って技を教えて貰うはずだったのに、いつの間にか『寝技の外し方講座』になっていて。
「ほらあ! 抑え込まれたら早く外さないとこんな事に!」
「ぎゃああああ!!」
寝技ついでに思いっきり胸を揉まれ、くすぐったいやら根津子の体重で重いやら、技が決まり過ぎて全然外せないやらで、何だかものすごく疲れた……
ここ、18禁乙女ゲームの世界ではあるけれど。
攻略対象の武将達より、モブの、それも女の子の根津子が一番のセクハラキャラってどういうことだ……
そういえば、一番イイ雰囲気で恋愛イベントを起こしてきたのも、モブの安芸さんだった。雪村の恋愛イベントなんて、いつも事故みたいな感じで発生するのに。
この世界、モブが頑張りすぎる。
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げっそりしている私を励ますように、桜井くんが苦笑しながら提案してくれた。
「根津子、強いからなー。ああ俺、空手なら少し教えられるよ? 中学で辞めたからそんなに強くないけどさ」
抑え込まれたりしない分、柔術より空手の方が何とかなりそうかな?
こうして見ると周りの人たちは、みんな役に立つスキルを持っているのに、私だけ全然だよ。
じゃあ今度お願いするねと桜井くんに返しながら、私は少し自己嫌悪に陥った。
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評定が終わって部屋から出ると、六郎が声を掛けてきた。
熱中症で倒れてからは少し大人しくなったけど、喧嘩腰な態度は全然変わらない。
「評定の席で、考え無しな発言をするのはお止め下さい。水利の開削も隠し湯の採掘も、簡単な作業ではないのですよ!?」
「それは解っているよ。ただどっちも地下水脈を探し当てる必要があるなら、一緒に提案しておいた方がいいかなと思って」
怒られるかなぁと思ったけど、やっぱり怒られた。
さっきの評定で「石高を上げるために水利の開削と、領民を癒す隠し湯の採掘」って提案した時の六郎の顔、凄かったもん。
こっちの世界の『水利の開削』は、川から水を引き込んだり、崖に横井戸を掘って地下水脈から取る、って方法がある。地下水脈は土中の『水気』を探らなければならないけれど、簡単には見つからない。
人間には無理でも、霊獣なら出来る。水を司る越後の『神龍』なら、地下水脈を探し当てるなんて簡単だ。
でも神龍は雨雲を呼ぶ事も出来るから、『水利の開削』なんて必要ない……。
まあ、それはともかく。
簡単に言うな、という六郎の言い分もわかるけど、『石高を上げる』事を考えるのは領主の基本じゃないかな。
温泉だって『地下水脈が熱ければ温泉』な訳だから、水脈を探すついでに熱溜まりもチェックしとけば見つけやすい。
……あれ? 水を司る神龍が水脈を探れるなら、火を司る炎虎は、火山の熱溜まりを見つけられるんじゃない?
水場の近くで見つけられたら、温泉の可能性が高そう??
「ありがとう六郎、何か閃いたかも!」
私はまだ怒っていたらしい六郎を置いて、走って逃げた。




