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98.【番外編】六郎帰還5 ~side R~

 その日の夕刻。城に戻った俺たちを見て、小町や小介を含めた家臣一同が、一斉(いっせい)にざわめいた。


「雪村様になんて恰好をさせてんだ! てめえは男なんだから小袖くらい貸せよ!」


 ずかずかと近寄ってきた小介が、俺の掛襟(かけえり)を掴み、押し殺した声で(すご)む。


 俺は声も無く 小介を見返した。

 そうだ、何故俺は、そこに気が回らなかったんだろう。最初に見た時は俺だって、肌が出過ぎていると思ったじゃないか。

 そんな姿のまま城下を歩かせるなど……!


「待って!」


 俺と小介の間に割って入った雪村様が、小介の手にそっと触れる。


「違うんだ小介、私がやめろと言ったんだよ。だって家老が小姓に小袖を貸すなんておかしいじゃないか。そもそも袖を破いてしまった私が悪いんだから」

「……雪村様が 仰るなら」


 小介は手を放したが、俺は小介も雪村様も見返せずに(うつむ)いた。


 雪村様は、俺が倒れた事も、主君の手を(わずら)わせた事も黙っていた。

 単に気が回らなかっただけの俺を(かば)ってくれた。

 そこまでさせておいて、俺は本当の事を話さずに黙秘だんまりを決め込んでいる。


 俺は、最低だ。


「ごめん、六郎」


 伸ばされた雪村様の手を振り払い、俺は思わずその場から逃げ出した。



 ***************                ***************


 気が付くと、俺は上田に戻ってきていた。

 とにかくあそこに居たくなくて、闇雲(やみくも)に馬を走らせた結果だ。

 だが今、宇野の邸に帰って事の次第(しだい)を話したら、親父殿は何て言うだろう。


 ……不味いな、「 切 腹 」の二文字しか浮かばない。


 だが今、俺が切腹して果てたら。

 雪村様の記憶には『偉そうにするばっかりで、自分の失態(しったい)は隠す、卑怯者の家老代理』としか残らない。

 いや、それならまだ……良くはないがいいとして。

 万が一にも『胸を隠してキャー! と悲鳴を上げた家老代理』と記憶されてしまったら、俺は安らかに成仏出来ない。


 もう少し恰好(カッコ)いい記憶を雪村様の脳裏(のうり)に刻むまで、死ぬことは許されないのだ。

 宇野家の名誉の為にも そこは勘弁(かんべん)してくれ親父殿。


 一日のうちに、主君二人に迷惑を掛けるのも何だが仕方がない。

 俺はよろよろと、真木邸へ馬首を(めぐ)らせた。



+++


 真木邸、信倖様の自室にて。


「こんな遅くにどうしたの六郎。何かあったの?」


 先触(さきぶ)れもなく突然訪れた俺に、信倖様は当然、驚いたようだった。

 幼い頃から変わらない 穏やかな顔を見ていると、気が(ゆる)む。

 俺は、半べそになりそうな気持ちを(ふる)い立たせて、がばりと平伏した。


「信倖様、()()ってお願いがあります。俺に雪村様の近侍(きんじ)は無理です。こちらに戻して下さい!」


 床に額を叩きつけたまま、俺は信倖様からの沙汰(さた)を待った。



「うん、いいよ」


 至極(しごく)あっさりした答えが返り、俺は床スレスレから信倖様を見上げた。

 まさか速攻で許可されるとは思わなかった……。二の句が()げずにいる俺を、信倖様は安心させようとしているのか、気楽そうに笑う。


「沼田に行った家臣たちからも言われてたんだ。六郎に家老職は、まだ荷が勝ちすぎているってね」


 いや、笑いごとじゃない。俺を立ててくれていると思っていたあの古ダヌキどもめ。影では俺をひよっこ扱いした挙句(あげく)に、信倖様にチクっていたのか。


「いやあ良かったよ。六郎にどう伝えようかと迷っていたんだ。宇野の腰も良くなってきたし、交代させよう」


 ほっとした顔の信倖様を見据(みす)え、俺はがばりと身を起こした。

 冗談じゃないぞちくしょう。こんな事で辞めさせられるなど、男が(すた)るじゃないか。


「そのような訳には参りません信倖様。父との交代など無用。一度与えられた職務は、すべからく全うすべきかと存じます!」


 俺は、前言撤回も(はなは)だしい宣言をぶちかまして()()り返った。


「え? ちょ、六郎? じゃあここに何しに」

「月を(さかな)に夜語りなどと思って参りました!」


 鼻息荒く居直ると、信倖様は細く息を吐いて目を(つむ)った。


「……うん。じゃあ酒を用意させるよ」

 

 ……ホントすみません、信倖様。




 ***************                ***************


「だいたい何なんですか!」


 呑み干した椀を(ぜん)に叩きつけ、俺はふごおと(うな)った。

 暑さで倒れた身体に酒はよくまわり、少しの酒でぐてんぐてんに酔っ払った。

 酔って自制が効かなくなると、愚痴はついつい雪村様の事になってしまう。


「あの人は昔からそうだ! 小さい頃から信倖様にだけ、兄のように(なつ)いていた!」

「兄だからね」

「俺には他人のように接していたのに!」

「他人じゃないか」

「今だってそうだ。同じ家老でも、越後の執政にはずいぶんと懐いているじゃないですか!」

「兼継は雪村を苛めないからだろ」

「だって雪村様は、俺には全然本心を言ってくれないんです。小介と遊んでいると思っていた件が城下の視察だったなんて俺は聞いてなかったしそういうのは家老の俺に最初に相談すべきで」

「小介ほど親しみを感じてないんじゃないの?」

「じゃあ親しくなればいいんですね!? ……雪村様は知恵も回るし、領民にもお優しい。居なくなられては困る。誰かに持っていかれる前に俺にください」

「雪村は男だってば。くれって何だよ」

「あんたもそんな事をいってんですか! どこからどうみても女子(おなご)でしょこの盆暗(ぼんくら)兄弟が!」

「六郎、酔った上での事だから聞き流すけど、僕は当主だからね?」


 もしも素面(しらふ)に戻った時にこれを覚えていたら。……俺は二度目の切腹をしなければならない事態を引き起こしている、気がする。



 ***************                ***************


 翌朝、陽が昇る前の暁七ツ(午前四時)

 寝不足気味の目を細めて、信倖様が軽く手を上げる。


「じゃあ雪村をよろしく頼むね。頼りにしているよ」

「解りました。お(まか)せ下さい!」


 信倖様とは対照的に、酔いつぶれてぐっすりと眠った俺は、馬の上から元気に()()った。


 愚痴って、気持ちの整理がついたのかも知れない。

 何を話したのかはよく覚えていないけれど。


 これからは視察は小介に任せよう。奴は『城代の影武者』なんだから。

 その代わり、俺は内政をしっかりやればいい。それが『家老代理』だ。

 信倖様も(おっしゃ)っていたじゃないか。


「あまり気負(きお)わなくていいんだよ。うちには家老が二人いるんだから。何かあったら矢木沢(やぎさわ)と相談しなよ。何のために筆頭家老をそっちに付けたと思っているの」と。



 朝焼けのなか、俺は元気に沼田へと出発した。


「六郎ってちょっと面倒くさいでしょ。ごめんね雪村、押し付けて」


 信倖様がぽつりと(つぶや)いたのを、俺は知らない。



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