表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

97/383

97.【番外編】六郎帰還4 ~side R~ 【挿絵あり】

 額がひんやりとして気持ちがいい。

 氷みたいに(とが)っていない、淡雪が触れるみたいに じわりと()み込むような……


「う……」


 自分の(うめ)き声で意識が戻り、俺は薄く目を開けた。

 頭上では葉擦(はず)れがさざめき、先刻までは全く無かった風がそよりと鼻先を(かす)める。頭に(もや)がかかったようにぼんやりとしていて、何が起きたかが分からない。


「六郎、私がわかる? 大丈夫?」


 (そば)で柔らかな声が聞こえ、(しゃ)が掛かった視界に 雪村様の顔が見えた。

 額の冷たさは、雪村様の手のようだ。


 この人、夏なのに随分(ずいぶん)と手が冷たいな、身体も冷たいんだろうか。

 ……抱きしめてみたら、もっと涼しくなるかも知れない。


 手を伸ばしかけてはっと我に返り、俺は雪村様を見返した。

 

 俺は何を考えていたんだ?

 この人は主君だ。いや違った主君の弟……か妹かどっちかだ。

 いくら暑いとはいえ、冷やした胡瓜(きゅうり)西瓜(すいか)と同列に扱って良い訳がない。


「まずは水を飲んで。吐き気とかはない?」


 内心慌てている俺に気付く事なく、雪村様は俺を起こして背を支えながら、今度はいつも使っている自分の竹筒を差し出してきた。


 いつも雪村様が使っている竹筒を使えと? い、いや、男同士なら回し飲みくらい普通だが、ホントにそれでいいのか!? 


 俺はもごもごと「でもそれは雪村様の」使っている竹筒でしょ後で女子たちと普通は遠慮するよねやだ信じられなーいとか陰口言わないで下さいよそう約束できますか、と(つな)げようとしたら、最初の九文字を言った辺りで竹筒を口に突っ込まれた。


 水は 涙みたいな味がした。



 ***************                ***************


 気付かなかったが随分(ずいぶん)(のど)が渇いていたらしく、水を飲んでやっと意識がはっきりしてきた。

 意識がはっきりしてくると、忠告も聞かずに(いき)がって暑苦しい恰好(かっこう)をした事も、偉そうな口をきいた事も、何もかもが恥ずかしい。

 小町の忠告が効いて、嫌味を(おさ)え気味にしていた事だけが唯一の救いだ。


「……情けないところをお見せして……」


 もそもそと呟いた俺は、目の前の雪村様を見て固まった。


挿絵(By みてみん)


 今まで気づかなかったが、雪村様のほっそりとした腕が あられもなくむき出しになっている。小袖の袖が肩口から切られていて、広く開いているのだ。

 袖を落とした薄物の小袖は、身体の線をやたらと強調していて、俺は凝視(ぎょうし)すべきか目を()らすべきか一瞬迷った末に 目を逸らした。


「雪村さまいくらご自分で男だと言い張ったところで実際は違うでしょう何を考えて俺の前でこんな破廉恥(はれんち)な姿を(さら)して」


 視線を彷徨(さまよ)わせたまま苦言を(てい)した俺は、俺自身に違和感を覚えた。

 俺自身も、やたらと涼しい。


 おそるおそる見下ろすと、そこには (わき)()れた袖を(はさ)んだ ()っ裸の上半身。


「キャー!」


 

雪村様以上に卑猥(ひわい)な姿をした俺の姿に、俺は情けなく悲鳴を上げた。




 +++


 雪村様は、暑さに当たって倒れた俺を介抱(かいほう)してくれたらしい。

 眼福(がんぷく)なお姿……いや、袖が無かったのも、俺の身体を冷やす為に切り取ったそうで、俺はもう弱みを(にぎ)られたどころか、命の恩人として雪村様を(あが)(たてまつ)らなければならないくらいの借りを作ってしまった。

 ……もう 偉そうな態度は取れない。



「雪村様、こういった手当に慣れていますね」

「私も大阪で暑気(しょき)あたりをおこしたんだ。その時に、兼継殿に手当てして貰ってね。その時の真似だよ」


 気まずく(つぶや)いた俺に、雪村様は気にした様子もなく、笑って返してきた。


 兼継殿?


 雪村様の口から出た知らない男の名に、つい興味を引かれて聞き返す。

頭のどこかで、やめておけと警鐘(けいしょう)が鳴ったが、興味の方が勝った。

 本当に俺は馬鹿だ。


「兄上から聞いてない? 越後上森家の執政(しっせい)、直枝兼継殿。私は十歳から、越後へ人質に出されていただろう? その時に私を世話して下さったんだ。とても博識(はくしき)で頼りになる方だよ」


 雪村様はにこにこ笑いながら、それはそれは嬉しそうに()めそやした。

 他人を手放しで褒められるのは美徳だろうが、何だか面白くない。


「……へえ」


 そっぽを向いた俺は、ふと聞き捨てならない台詞が(まぎ)れ込んでいた事に気が付いた。


「雪村様も暑気あたりを起こして」、「直枝殿に手当てして貰った」。

 そして「その時の真似をした」!?


「いやちょっと待って下さい。直枝殿に脱がされたんですか? 俺みたいに!?」


 肩を(つか)んで揺さぶると、雪村様はさっと頬を赤らめて 違う と否定した。

 そしてその後、すぐに表情を改めて俺を見据(みす)える。


「私は男だからね。例え兼継殿に同じようにされたとしても、別に何てことはない。六郎もだよ。手当ては手当て、それだけだ」


 突き放したように念を押す雪村様を、俺はぼんやりと見返した。


『男だから、直枝殿になら同じ事をされても別に構わない』


 ……なら先刻の動揺は何だよ? 一瞬でも、あんなに照れた雪村様なんて 今まで見た事がない。

 男だと言い張ったところで、全然説得力が無いじゃないか。


 ああそうか。


 興味本位で聞いた事を、俺は死ぬほど後悔した。

 それだけで解ったから。


 雪村様は、『兼継殿』がお好きなのだ。



 自覚と同時に失恋か。今更(いまさら)気づくのも馬鹿なんだが。

 小町。お前の忠告は 少し遅かったみたいだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ