93.六郎と城下視察 3
あれから数日後。私と桜井くんは額を寄せ合って、広げた地図を検証していた。
「上野はこのあたり? 現代で言ったら群馬だな。沼田も聞いたことある。河岸段丘で有名なとこだろ」
「そうなんだ? すごいね桜井くん。私、全然解らないよ」
「これ地理の授業で習った。雪は歴史を選択してたんだろ? なら解んないよ」
桜井くんが地図を指差したまま苦笑する。私は社会の選択教科で日本史を選択していたけど、桜井くんは地理を選択していたそうだ。
私の地理知識だと、旧国名と現代の県を結びつけるのも覚束ないから「桜井くんすげえ!」としか思えない。
「俺も群馬は詳しくないけど、上田と沼田の中間あたり、ここら辺の山近くに草津があるよ。あーでもなー、温泉を作っても、戦国時代に観光業ってのは無理があるか」
『ここを統治するとしたら 何が出来そうか』
桜井くんの知恵も借りて、今はそれを考えているところ。
でもやっぱり群馬といえば、真っ先に浮かぶのは草津温泉になってしまう。
「観光はともかく、温泉は城の近くに作ってもいいよね。現世の歴史でも『武田家が使っていた隠し湯を、真田家に整備させた』って、歴史の副読本か何かで読んだ気がする。こっちの世界でもやっていたかも知れないから、兄上に聞いてみるよ」
温泉を掘るノウハウが真木家にもあれば、こっちの世界でも楽に作れるよね。
桜井くんがちょっと考えて顔を上げる。
「いいんじゃない? 『真木の隠し湯』ってのはありでしょ、こっちの奴だって怪我はするんだし。それに足湯が使える休憩所くらいなら、間者の心配もいらなくね?」
「今の時代に温泉を観光地化すると、他国の間者が出入りしやすそう」って言ったのを覚えていてくれたみたい。
桜井くんの話で思い出しかけて、私は記憶を探った。
「現世でも、真田の隠し湯ってあった筈だよ。何処だっけ……別所だったかな……」
「別所ならこの辺。上田城下ってとこか。別に現世の温泉地にこだわんなくていいと思うよ。こっちの世界は現世とは違うんだからさ」
そっか。ここは昔の日本じゃないんだし、歴史が少し違うみたいに、温泉地も違うかも知れないよね。
「なるほど。桜井くんが居てくれて助かるよ、ありがとう」
「じゃあ今度、探索に行こうぜ。ここ、山の位置は現世と一緒だ。これが浅間山、ここが榛名山でこっちが赤城山。活火山だらけだしさ、きっとイイ温泉を作れるよ」
「あ! じゃあ一度、浅間山に行きたいな。兼継殿がね、『霊獣を祀るといい』って言ってたから、浅間山に祠を作ったんだけど、私、まだ新しくなってからお参りしたことないんだよね」
ほむらの祠は、一度作り直している。
私がこっちに来た頃は まだ出来上がってなくて、ほむらの宝玉は、雪村の部屋に置かれていた。
桜井くんが意外そうに目を見開いた後で、合点がいった顔になる。
「へえ、ほむらは浅間山か。そういえば越後でも、神龍を水辺に祀ってるもんな」
そこまで話したところで 縁側から足音が聞こえてきて、私と桜井くんは一気に『戦国』モードに引き戻された。
「では姫、今の話は次の評議にかけたいと思います。何か他に希望などはありますか?」
「そうね。わたくし、柿が好きなの。冬のおやつに干し柿が食べたいわ」
咄嗟にそんな適当な事を話していると、障子の外から声が掛かり、次いで根津子が顔を覗かせた。
「雪村さまぁ、今日も小介が行くそうです! 私が呼びに行く前にもう準備が済んでましたよぉ!? 雨が降るから笠を持って出てくださいぃ」
根津子は、急に六郎が行かなくなった事に驚いているみたいだけど。きっと六郎は、嫌いな上司に弱みを握られた気がして、気まずくなったんだと思う。
「では桜姫、出掛けてきます」
秋が近づいて、やっと涼しくなってきた昼下がり。
私は塩が入っていない竹筒を受け取って、桜姫にお暇の挨拶をした。




