表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

92/383

92.六郎と城下視察 2

 隣でふらりと六郎が倒れて、私は慌てて手を伸ばした。

 腕を掴んで引っ張ったけれど、支えきれずに結局、一緒に倒れ込む。き、気を失ってる男の人ってすっごい重い。


「六郎!」


 大声で呼んでも、揺さぶっても返事がないし、顔も真っ赤で身体が熱い。そのくせ汗をかいてない。

 もう、熱中症の症状そのまんまだよ。だから「そんな恰好(かっこう)で暑くないの?」って言ったのに。

 とりあえず六郎の(わき)に腕を差し込んで、力いっぱい引き()った。でも非力な女の腕では全然動かせないし、助けを呼ぼうにも周囲には誰も居ない。


 そりゃそうだよね。炎天下だもん。


 何かないかと周囲を見回すと、置きっ放しにされた茣蓙(ござ)が目に入った。たぶん農民が、休憩する時に敷いているものだ。

 私はぜえぜえ言いながら畦へと走った。


 六郎を転がして茣蓙の上に乗せ、右手の森へと引っ張り込む。

 道端(みちばた)に居た方が助けを求めやすいけど、こんな情けない姿を領民に見られたら、六郎が切腹しかねないからね。武士の情けだ。



 草が生い茂った森の中は、茣蓙(ござ)が滑りやすいけれど、それでもやっぱり重い。

 ぜえぜえ言いながら茣蓙を引き()り、やっと小川のほとりに辿(たど)り着いた。


「六郎」


 もう一度呼んでみたけど、やっぱり返事はない。でも今はその方が都合がいいか。

 念の為、持ってきた手拭(てぬぐ)いを六郎の目元に()けてから、私は急いで小袖を脱いだ。



+++ 


「う……」


 低い(うめ)き声がして、六郎の目が開く。良かった、気が付いた!


「六郎、私がわかる? 大丈夫?」


 六郎の額に手を当てたまま、顔を(のぞ)き込んだ。

 ぼんやりとしていた六郎が、私を見て はっとした顔になる。


「まずは水を飲んで。吐き気とかない?」


 背中を支えて薄塩水の竹筒を渡すと、六郎が嫌そうに「でもこれは雪村様の……」と、もごもご反論した。


 こんな時まで私を嫌がってる場合か! 自分の命が掛かってるのに。


 面倒くさいので問答無用で竹筒を口に押し付けると、さすがに(のど)が乾いていたのか、あっという間に飲み干した。



+++


「……情けないところをお見せして……」


 水を飲んで一息ついた六郎が、謝罪を口にしかけて固まった。

 そしてまじまじと私を見た後で、おそるおそる自分を見下ろし、「キャー!!」と女の人みたいな悲鳴をあげて、女の人みたいに胸を隠している。


 まあ、びっくりするよね。六郎の上半身、はだけてるもん。


 おまけに首には()れた手拭いが巻かれていて、(わき)にも川の水で冷やした、小袖の(そで)が挟まれている。

 私の小袖から切り取ったものだ。手拭いが足りなかったから。

 気付いた後の反応が面白かったけど、とりあえず気づいてくれて良かった。


「私は一度城に戻って、馬を連れてくるよ。ひとりで大丈夫?」

「大丈夫です歩けます!」


 立ち上がりながら声をかけると、六郎は慌てて私の腕を引っ掴んだ。

 ふらふらと立ち上がったけど、白目を()いてまたコケる。


 全然 大丈夫じゃない。



 ***************                *************** 


「雪村様、こういった手当に慣れていますね」


 もそもそと六郎が(つぶや)いたので、私は気を使わせないように笑って返した。

 やっぱり大事(おおごと)にして、みんなに知られるのは恥ずかしいみたい。


「私も大阪で暑気(しょき)あたりをおこしたんだ。その時に、兼継殿に手当てして貰ってね、その時の真似だよ」

「兼継殿、とは……」

「兄上から聞いた事ない? 越後上森家の執政(しっせい)、直枝兼継殿。私は十歳から越後へ人質に出されていただろう? その時に私を世話して下さったんだ。とても博識(はくしき)で頼りになる方だよ」

「へえ……」


 六郎がちょっと面白くなさそうにそっぽを向く。同じ家老職としてライバル意識でもあるのかな? でもあっちは大大名なんだから張り合わなくてもいいと思う。

 上森が大企業なら真木は中小企業。私と六郎は、その支店の従業員だよ。


 そんな事を考えていたら、そっぽを向いていた六郎が いきなりがばりと私の方に向き直った。そして肩を掴んでがくがくと()さぶってくる。


「いやちょっと待って下さい。直枝殿に脱がされたんですか? 俺みたいに!?」


 赤くなったり青くなったり、忙しいな六郎。

 でもそれ以上に「脱がされた」なんて生々しい単語に仰天(ぎょうてん)して、私は慌てて首を振った。


「違うよ。脇と首を冷やすって事だよ。そうしたら身体が早く冷えるんだ。あとは塩を混ぜた水を飲む事だね。その方がただの水より身体によく()みる」


 そうですか、とは言っているけど、納得はしてなさそう。

 後で変な事を吹聴(ふいちょう)されても困るな。私は六郎に()んで(ふく)めるように念押(ねんお)しした。


「私は男だからね。例え兼継殿に同じようにされたとしても、別に何てことはない。六郎もだよ。手当ては手当て、それだけだ」


 大阪で暑気あたりした時は男だったんだから、変なこと言いふらさないでよ?

 あとこれはあくまで『手当て』。


「気を失ってる間に脱がされた」とか、誤解されそうな事は言わないように。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ