92.六郎と城下視察 2
隣でふらりと六郎が倒れて、私は慌てて手を伸ばした。
腕を掴んで引っ張ったけれど、支えきれずに結局、一緒に倒れ込む。き、気を失ってる男の人ってすっごい重い。
「六郎!」
大声で呼んでも、揺さぶっても返事がないし、顔も真っ赤で身体が熱い。そのくせ汗をかいてない。
もう、熱中症の症状そのまんまだよ。だから「そんな恰好で暑くないの?」って言ったのに。
とりあえず六郎の脇に腕を差し込んで、力いっぱい引き摺った。でも非力な女の腕では全然動かせないし、助けを呼ぼうにも周囲には誰も居ない。
そりゃそうだよね。炎天下だもん。
何かないかと周囲を見回すと、置きっ放しにされた茣蓙が目に入った。たぶん農民が、休憩する時に敷いているものだ。
私はぜえぜえ言いながら畦へと走った。
六郎を転がして茣蓙の上に乗せ、右手の森へと引っ張り込む。
道端に居た方が助けを求めやすいけど、こんな情けない姿を領民に見られたら、六郎が切腹しかねないからね。武士の情けだ。
草が生い茂った森の中は、茣蓙が滑りやすいけれど、それでもやっぱり重い。
ぜえぜえ言いながら茣蓙を引き摺り、やっと小川のほとりに辿り着いた。
「六郎」
もう一度呼んでみたけど、やっぱり返事はない。でも今はその方が都合がいいか。
念の為、持ってきた手拭いを六郎の目元に掛けてから、私は急いで小袖を脱いだ。
+++
「う……」
低い呻き声がして、六郎の目が開く。良かった、気が付いた!
「六郎、私がわかる? 大丈夫?」
六郎の額に手を当てたまま、顔を覗き込んだ。
ぼんやりとしていた六郎が、私を見て はっとした顔になる。
「まずは水を飲んで。吐き気とかない?」
背中を支えて薄塩水の竹筒を渡すと、六郎が嫌そうに「でもこれは雪村様の……」と、もごもご反論した。
こんな時まで私を嫌がってる場合か! 自分の命が掛かってるのに。
面倒くさいので問答無用で竹筒を口に押し付けると、さすがに喉が乾いていたのか、あっという間に飲み干した。
+++
「……情けないところをお見せして……」
水を飲んで一息ついた六郎が、謝罪を口にしかけて固まった。
そしてまじまじと私を見た後で、おそるおそる自分を見下ろし、「キャー!!」と女の人みたいな悲鳴をあげて、女の人みたいに胸を隠している。
まあ、びっくりするよね。六郎の上半身、はだけてるもん。
おまけに首には濡れた手拭いが巻かれていて、脇にも川の水で冷やした、小袖の袖が挟まれている。
私の小袖から切り取ったものだ。手拭いが足りなかったから。
気付いた後の反応が面白かったけど、とりあえず気づいてくれて良かった。
「私は一度城に戻って、馬を連れてくるよ。ひとりで大丈夫?」
「大丈夫です歩けます!」
立ち上がりながら声をかけると、六郎は慌てて私の腕を引っ掴んだ。
ふらふらと立ち上がったけど、白目を剥いてまたコケる。
全然 大丈夫じゃない。
*************** ***************
「雪村様、こういった手当に慣れていますね」
もそもそと六郎が呟いたので、私は気を使わせないように笑って返した。
やっぱり大事にして、みんなに知られるのは恥ずかしいみたい。
「私も大阪で暑気あたりをおこしたんだ。その時に、兼継殿に手当てして貰ってね、その時の真似だよ」
「兼継殿、とは……」
「兄上から聞いた事ない? 越後上森家の執政、直枝兼継殿。私は十歳から越後へ人質に出されていただろう? その時に私を世話して下さったんだ。とても博識で頼りになる方だよ」
「へえ……」
六郎がちょっと面白くなさそうにそっぽを向く。同じ家老職としてライバル意識でもあるのかな? でもあっちは大大名なんだから張り合わなくてもいいと思う。
上森が大企業なら真木は中小企業。私と六郎は、その支店の従業員だよ。
そんな事を考えていたら、そっぽを向いていた六郎が いきなりがばりと私の方に向き直った。そして肩を掴んでがくがくと揺さぶってくる。
「いやちょっと待って下さい。直枝殿に脱がされたんですか? 俺みたいに!?」
赤くなったり青くなったり、忙しいな六郎。
でもそれ以上に「脱がされた」なんて生々しい単語に仰天して、私は慌てて首を振った。
「違うよ。脇と首を冷やすって事だよ。そうしたら身体が早く冷えるんだ。あとは塩を混ぜた水を飲む事だね。その方がただの水より身体によく滲みる」
そうですか、とは言っているけど、納得はしてなさそう。
後で変な事を吹聴されても困るな。私は六郎に噛んで含めるように念押しした。
「私は男だからね。例え兼継殿に同じようにされたとしても、別に何てことはない。六郎もだよ。手当ては手当て、それだけだ」
大阪で暑気あたりした時は男だったんだから、変なこと言いふらさないでよ?
あとこれはあくまで『手当て』。
「気を失ってる間に脱がされた」とか、誤解されそうな事は言わないように。




