91.六郎と城下視察 1
「雪村さまぁ、六郎がまた「今日も俺が行く」って待ち構えてますぅ」
地図から顔を上げて、私と桜井くんは顔を見合わせた。ここ数日、こんな日が続いている。
根津子が来てスイッチが入った桜井くんが、『桜姫』に戻ってふふと笑った。
「ご家老様、張り切ってらっしゃるのね」
「そうですね。頼りになる家老です」
「あたしたちには無理しなくていいですよ雪村さまぁ。ね? 桜姫?」
『言ってる事は間違ってないけど、言いたい事はそれじゃない』って台詞を言うと、さらりと桜姫を巻き込んで、根津子が突っ込んできた。
こうなっては仕方がない。
「待たせては怒らせるので、行ってきますね」
薄塩水入りの竹筒を根津子から受け取り、私は重い腰を上げた。
*************** ***************
残暑厳しい日が続いていて、今日も夏みたいに暑い。
夏向けに薄く織られた小袖に、汗を拭く手拭いを袴帯に下げて、六郎と一緒に外に出た。六郎は形から入るタイプなのか、濃紺の小袖に肩衣まで付けている。
「六郎、暑くないの?」
「立場というものがあるでしょう」
ツンツン返されたけど、顔が赤くて無理をしているのが丸わかりだ。小介は、ラフな小袖一枚で『城代の振り』をしているけど。それは知っているのかな。
そもそも小介と一緒じゃないなら、こんな炎天下に出かける必要もないんだけど。
ふと周囲を見渡すと、右手に深緑の森が広がり、その奥は崖のような高台になっていた。さらさらと音がするのは、近くに小川でも流れているんだろうか。
風がないせいで いつも以上に蒸し暑い。
*************** ***************
「雪村様は今まで城下を巡って、何を感じられましたか?」
しばらく黙って歩いていると、そっぽを向いたまま六郎が淡々と聞いてきた。
相変わらず暑いねって話ではないよね、私はちょっと考えてから答える。
「ここは米より野菜の栽培が多いね。高台が多くて降水量が少ないせいかな。米の栽培には、ちょっと不向きな感じがする」
「だとしたら?」
「水利の開削が必要だと思う。利根川か山からの湧き水を村に引き込むような……その場合は普請役を求めないと駄目だろうが、ここは場所柄、戦が多い。私達はここに来たばかりだし、もう少し情勢が安定して、信頼を得てからの方がいいんじゃないかと思う」
「『信頼を得てから』ではありません。普請を通して『信頼を得る』んです。その為には?」
「領民の益になる普請をする。結局、人は利で動くから。その普請が自分たちの為にならないと、『信頼』は得られず『不満』になる」
ちらりと六郎がこちらに目を向け、また目を逸らす。
とりあえず、怒られない程度には答えられたかな?
実はこれは、小介と城下を回っていた時に気付いた事だ。領民の女の子たちが愚痴っていたんだよね。雨が少ないから、米の収穫量も少ないって。
だらだらナンパばかりしてると思ったら、意外と小介は、領民の生の声を拾うのが上手い。
でも水利の開削ってどうしたらいいんだろう? これが越後なら、神龍を使役するだけで解決なんだけど……
水を司る霊獣の使役でいいなら、僧侶や陰陽師がその役割を果たせそう?
確かゲーム中では富豊秀好が、『みんなが神力の恩恵を得られる 豊かな治世』を目指していたって設定だった。
それなら、その手は使えるって事に……
そこまで考えて、私は首を振って考えるのを止めた。あまり変わった政策をとると、最終的にここを治める事になる兄上が困る。変なことは出来ない。
それでなくとも今、この世界で力を持っている徳山家靖は、『人の世は人の手で』が信条で、神獣を使役する大名を目の敵にしているんだから。
前に「沼田は東条に取られる」って言ったけど、現世の歴史では北条氏に取られた後、小田原征伐後に真田氏に戻されるんだよね。だから高確率で、こっちの世界でもそうなるような気がする。
だから
『小田原征伐が発生する』なら沼田城-上田城間の軍備をメインに。
『発生しない』なら民政をメインに開発したいけど、そこがどうにも判断できない。
ゲームで『小田原征伐』が発生していたら確定だったけれど、基本『カオス戦国』は、桜姫の恋愛に関係ないところはスルーされるからなぁ。
考え事をしていたせいで、六郎の口数が極端に少なくなった事に、私は気付いていなかった。




